古代より、人は身の回りに文様を描き、装飾を施してきた。人はなぜ「飾る」のか。ケルト芸術文化やユーロ=アジア文明の生命デザイン史を研究している多摩美術大学の鶴岡真弓名誉教授に聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年11月号掲載)
──ご専門の芸術人類学では、装飾をどのように定義していますか。
「芸術とは人類が築いてきた文明そのものですね。芸術人類学は人類を創造するヒト、『芸術人類(マン・オブ・アート)』として捉えます。人間とは大いなる自然に生かされている存在であり、その生命の循環のなかで美的な創造を続けてきた。いくら科学技術が発展しても、その歩みは変わりません。ではなぜ技術(=テクネ)に留まらず芸術(=アルス)を創造するのか。自らの命を輝かせ、この宇宙に感謝を捧げ、森羅万象と一体化したいと願い『再生への祈り』をこの地上に徴(しるし)していくためではないでしょうか」

──なぜ人々は飾り続けるのでしょうか。
「文様の『文』という漢字は、太陽や月などの天体から、蔓草(つるくさ)、水の渦に至るまで、この宇宙の文(あや)なすありさま、森羅万象を表します。ギリシャ語で夜空の星々の宇宙の調和を『コスモス』と呼び、それがラテン語を経由して英語の『オーナメント(ornament)=文様』になった。人類最古のデザイン『文様』は花や光となって衣や室内や街に満ちる。文様の芸術は複雑にして計り知れない奥行き、いろいろに変容していく呪力を秘めている。だからこそ文様には、人間が身に着けたり衣食住を飾ることで邪悪なものから身を守る『護符』としての役割があります。
護符は英語で『チャーム(charm)』、『魅力・魔力』とも訳されます。人間は時にミステリー小説のような怪しく危険な世界に魅力を感じますが、そこは生と死の境界にある領域であり、だからこそ人々を魅了してやまないともいえるでしょう。『装飾』という美の創造は日々の生活の中で自分自身の心身そのものを再生させる。と同時に、厳かな神秘的な儀礼でもあります。『装飾』の『装』は優美に『纏う』の意。『飾』は神々の前に畏敬の念を抱き、共に宴(うたげ)し、『浄め、祓う』という行為です。
装飾芸術は、生命の輝きを物質に吹き込み、文明を築いてきました。20世紀の効率的な技術で生産性を高めると、人間の悲しみや喜びを見つめるポエジー(詩-情)の匠たる芸術・アートは軟弱とみなされ、文明発展にとって『飾る行為』は不要とされた。しかし1925年のパリ万博で産業と装飾が出合いアール・デコ(装飾芸術)が世界に広まりました。
服やジュエリーやインテリアの美は効率主義からこぼれ落ちる生の喜びを人間に纏わせてくれるのです。装飾の主役『文様(オーナメント)』は森羅万象を映し出し、それをアート&デザインを通じて、人間の身心にミクロコスモスを創造する。例えば私が研究するヨーロッパ文明の古層でアイルランドなどに伝わる『ケルトの美術』は、文様を霊的で神秘性を湛える表現にまで高めたことで知られます。特に『渦巻』文様はユーラシア大陸が起源でヨーロッパへも日本へも伝わり、西洋文明ではケルトの工人が真っ先に受容した。なんと日本の神社の三つ巴文様と(写真下)同型です。それは『生命の循環』を祈る聖なる徴であったのです。

ケルトでも日本でも神話は絵空事ではなく、今なお大きな力を放っています。現代人は最先端の技術や社会の仕組みを完成された不変なもののように思い込んでいますが、神話や詩において人間は動物や天体に姿を変え、可変的に再生しながら循環していく。文様や装飾はその表れであり、ただ余白を埋めるだけのものではないどころか、生命の輝きを絶やさない最強の美の『術』だったのです」
──装飾や文様は日常のなかでどんな変化を遂げてきたのでしょうか。
「地球上のさまざまな文化において、人間は出産や誕生日、成人式など、人生の節目を装飾空間で祝います。しかし文様の効果は『ハレ(晴れ)』の日に限らず、日常の『ケ』を心地良く過ごすため衣食住からケガレを祓う術として根付きました。AIが進歩しても装飾はなくならないでしょう。命の限りを知る人間こそがこれからも再生への祈りを装飾美に託していくはずです。
何より装飾や文様は、世界の人々とその文化文明のつながりを再発見させてくれます。世界遺産の縄文遺跡のある、青森県の青森県立美術館の開館20周年企画展『装飾する魂(仮称)』(2026年夏期)では西はケルトの装飾写本から東は日本列島の土偶や衣装の装飾まで横断し、私も監修で携わる予定です。津軽の『こぎん』の衣と北方ユーラシア諸民族の衣装も並ぶ。分断や対立の時代だからこそ、世界中の歴史的な装飾に共通点を見いだすことが人々を美で結ぶ新たな鍵になるのではないでしょうか」

『渦巻の芸術人類学 死と再生のスパイラル』
著者/鶴岡 真弓
価格/¥4,840
発行/青土社
私たち人類は「死からの再生」と吉祥を願い、渦巻文様を土偶・金工・聖書写本・建築・アニメまでに刻み続けてきた。「生命循環」の象徴としての渦巻文様に秘められた祈りと創造力の画期的考察。
Interview & Text:Keita Fukasawa Edit:Mariko Kimbara


