松尾貴史が選ぶ今月の映画『グランドツアー』

映像の魔術師ミゲル・ゴメスが4年の歳月をかけ完成させた最新作『グランドツアー』が全国公開中。1918年、ビルマのラングーン。大英帝国の公務員エドワードと結婚するために婚約者モリーは現地を訪れるが、エドワードはモリーが到着する直前に姿を消してしまう…。本作の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年11月号掲載)

逃げる男と追う女、100年前の旅
第77回カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞した作品です。シカゴ国際映画祭でも監督賞と編集賞を獲得しています。ポルトガルの鬼才ミゲル・ゴメスが4年がかりで製作した作品だそうですが、いかんせん私はこの監督を存じ上げませんでした。100年前が舞台の物語と、現代の風景が行ったり来たりするのですが、現代はカラーで、主人公たちが登場するシーンはモノクロで描かれていて、すこぶるわかりやすいのです。

ところが、登場人物の心象や感情が、どうにも謎めいています。主人公の一人、エドワードは婚約者のモリーという女性から、この7年間、逃げ続けているのです。なぜ逃げるのかはわからないのですが、とにかく追って来る彼女から逃避するばかりなのです。
ここで不可思議なのは、そんなに長きにわたって婚約者が自分を避けているにもかかわらず、彼女の結婚の意志は固いということです。登場人物たちの口から、彼女を表する言葉として「頑固」が何度も出てきますが、彼女は意に介さず、エドワードを追い続けます。

しかし、物語の中で彼と彼女は分断されていて、それぞれが旅先で多くの冒険をすることになります。100年前の旅というものは、現代と比べると桁違いに大きな代償を払い、労力をかけ、時間を費やしたと思いますが、彼は逃げ続け、彼女は執念ともいえる粘り強さで追い続けるのです。
イギリスの植民地だったビルマのラングーン(現ミャンマーのヤンゴン)で、7年ぶりに婚約者と会うために花束まで用意して待っていたのに、エドワードは突如、シンガポール行きの船に乗ってしまうのです。

面白いのは、行く先々に「もう直ぐ着くわ。M」と記された彼女からの電報が届くことです。バンコク、サイゴン、大阪、京都、岐阜、上海、重慶、四川……。まるで居場所が察知されているかのようですが、そのカラクリも話の中で判明します。
そこに、それぞれの国や地域の伝統文化や大衆娯楽のイメージ映像が挟み込まれ、まるでドキュメンタリーを見ているかのような錯覚に陥ります。ナレーションも、それぞれの国の言語で挟み込まれ、「語り継いでいる」ような感覚にもなります。実は、俳優たちの場面はほぼセットでの撮影で、そこに現代の風景が挿入されているのですが、主人公たちに肩入れしようという視点で見ると、当てが外れるかもしれません。これは映像のアート作品で、時間と空間のコラージュだと思うと、楽しさが大きくなるような気がします。

彼が逃げた理由をあれこれと想像してみました。ひょっとすると彼女の「ある感情」の表し方なのではないかと個人的には密かに想像するのですが、あなたはどう思われるでしょうか。ともあれ実際にご覧になってお確かめください。
『グランドツアー』
監督:ミゲル・ゴメス
出演:ゴンサロ・ワディントン、クリスティーナ・アルファイアテ
全国公開中
https://mimosafilms.com/grandtour/
© 2024 – Uma Pedra No Sapato – Vivo film – Shellac Sud – Cinéma Defacto
配給/ミモザフィルムズ
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito
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