1937年にフィンランドで設立。女性のエンパワメントをブランドのコアに持ち、再生資源の採用や人材育成、伝統技術の継承と技術革新に力を注ぐカレワラ(Kalevala)。コペンハーゲンファッションウィークで発表した最新コレクションのお披露目に来日したCEOのキルシ・パーッカリ(Kirsi Paakkari)とクリエティブディレクターのアイノ・アールネス(Aino Ahlnäs)に、会場となった同郷のインテリアブランド、Artek Tokyo Storeで話を聞いた。

75%の大地が森林に囲まれたフィンランド。冬にはオーロラが夜空にゆらめき、そびえ立つ山々が描く雄大な自然環境から数々の美しいデザインが生まれてきた。その名が民族抒情詩に由来する「Kalevala」が1937年に「Kalevala KORU OY」として設立するに至ったのは、作家のエルサ・ヘポラウタが「女性たちを讃える記念碑創立のための資金を集める」ことを目指したのが始まりだった。順調に資金は集まったが、戦争が勃発したため、集まった資金を戦争の被害にあった人々のために使うことを決め、記念碑(銅像)創立の計画を一度ストップした。
戦後、古代装飾品をモチーフに展開し高い知名度を誇っていた「Kalevala KORU OY」。78年に公開された映画『スター・ウォーズ 新たなる希望』ではレイア姫が「Space Silver」コレクションを着用して注目を浴び、ナショナルブランドとしての地位を揺るぎないものにした。しかし、歴史あるブランドに共通するようにさまざまな変遷を歩み、そして30年以上を経た現在、コロナ禍中の2020年に、キルシ・パーッカリをCEOに迎えて「Kalevala Koru Oy」として再スタートを切った。2023年には、クリエイティブ・ディレクターにアイノ・アールネースが加わり、多様なアーティストを迎えて郷土の自然から得たインスピレーションとブランド精神をデザインに溶け込ませたコレクションを発表している。

創立当時から常に女性がCEOを務めてきたKalevalaは、戦争をはじめ、時代ごとに訪れる困難な直面においても、正義へのヴィジョンを掲げ続けている。自然環境や地域へと直接的に貢献し、ビジネス界における男女平等のロールモデルとして常に新しい挑戦を続けている。来日した2人の行き方は、まさに現代を生きる女性史だと言える。

──今回、Artek表参道でのポップアップで発表された、「ITUコレクション」はコペンハーゲンで発表された新作です。パールやゴールドのテクスチャが特徴的ですが、どのようなコンセプトがあるのでしょうか?
アイノ・アールネス(以下アイノ)「『Itu(イトゥ)』とはフィンランド語で『芽』を意味しています。ありのままの自然が持つ力強さと、種から芽吹く新しい命をコンセプトに、デザイナーのMartin Bergström(マルティン・ベルグストロム)が、自然の土や根、朽ちていくものから着想を得て、彫刻的で有機的なフォルムを生み出しました。素材には100%リサイクルされたシルバーとゴールドコーティングのシルバーを使用しています。アクセントとなっているパールは、夜空に輝く月を表現したもので 、ヘルシンキで手作りされた高品質のムラーノガラス製です。チャームを自由に組み合わせて、ユニセックスで楽しみながらパーソナルな表現ができるのも特徴です」
──「生命の創造」には、人生の様々な瞬間やターニングポイントへの示唆も含まれているのでしょうか。
アイノ「そうですね。お子さんが生まれた時の記念や新しい門出に、特別な意味をもたせられるよう刻印を入れることもできます。このジュエリーが人生の様々な瞬間に寄り添い、大切に次の世代に『受け継がれていく』ような、意味深い存在であってほしいと願っています」

──ITUコレクションをデザインしたマルティンさんはどのような人柄なのでしょう?
キルシ・パーカリ(CEO、以下キルシ)「彼は、美術やデザインのさまざまな分野で活動し、多彩な表現を手がけるアーティストです。私たちのジュエリーが“身につける彫刻”といえるように、彼の表現は私たちの理念とも深く共鳴します。彼とのコラボレーションは非常に実り多いものであり、工房のスタッフも皆、彼の愛らしい愛犬にすっかり魅了されています。また、彼は自然をこよなく愛し、その感性はデザインに豊かな生命力を吹き込んでいます。Itu コレクションにおいても、その自然観と創造力が見事に表現されています」
──彼の美学とKalevalaの哲学はどのように溶け合う事ができたのでしょう。
アイノ「彼はスウェーデン在住ですが、フィンランドにルーツがあり、祖母がフィンランド人です。ですから、彼の血の中にもフィンランド女性の強さが受け継がれているのだと思います。彼が強い女性たちに育てられたことは、その作品にも表れていると感じます。それに、マルティンは森へ行ってキノコ狩りをするのが大好きなんです。そういった意味で、私たちとは非常に良いつながりがありましたね」
──若手から著名な方まで、非常に幅広いデザイナーと協業されています。それは、ブランドにとってどのような意味をもたらすのでしょう。
アイノ「私たちには長い伝統があり、長年一緒に仕事をしてきたデザイナーもいます。彼らのアプローチや知識を尊重し、新しい世代に伝えていきたいと思う一方で、新しい才能を迎えることは、常に新鮮な空気と新しいアイデアをもたらしてくれます。90年の歴史を持つ私たちのような企業にとって、若いデザイナーを雇用し、彼らのキャリアアップを手助けすることも、ある意味での責務だと考えています」
循環型に向かうひたむきな姿勢

──バイオ素材で作られた「Nolla」コレクション、は挑戦的な試みだったと思いますが、どのような手応えがありましたか?
アイノ「このコレクションの要点は、100%リサイクルシルバーと、フィンランドで開発された植物由来のバイオマテリアルという新しい種類の素材を探求し、カレワラにとって初めてその世界の扉を開くことでした。現在も、そして将来的にも可能性があることを示す、素晴らしい出発点になったと思います。サステナビリティというテーマは非常に幅広く、素材もあれば、サーキュラー(循環型)という側面もあります。フィンランド由来で、役目を終えた時に何の痕跡も残さない新しい素材を使った、非常に良い経験でした。貴金属だけを扱ってきた私たちのような会社にとって、これは新しい一歩でした」
キルシ「新しいことを試すのは重要ですが、同時に、そのすべてが商業的に成功するわけではないことを認識することの大切さを学びましたね。将来的には、貴金属以外の素材も見つけ、それらを組み合わせていくことになる可能性を見出すことができました」
──工房では、親方と弟子のような制度で技術を伝承していると伺いました。技術を継承していく上で起こる課題にどのように対応していますか?
キルシ「専門学校で基本的な技術を学ぶことはできますが、カレワラの90年近い歴史で培った独自の方法を習得するには時間がかかり、それには実践しかありません。これまではベテランの金細工職人が若い職人を助けるという、非公式な形で技術を伝承してきましたが、現在は、金細工職人ではない従業員もそのプログラムを通じて職人へと成長できる、公式なプログラムを創設しました。これは、工房の少ないフィンランドの地域全体において、従業員に新たなキャリアパスを拓く機会を与える、私たちなりの方法でもあります」

──工房で使われる電力は、風力や屋上に設置された太陽光パネルを使用していますね。使用する水はすべて浄化し、一部を再利用するなど循環の仕組みが徹底しています。さらに、ジュエリーに使用する資材はかなり高い割合で循環資源を採用していらっしゃいます。循環の重要性と今後新たに取り組む循環型サービスについて教えて下さい。
キルシ「ゴールドは、世界で最も早くから循環利用されてきた素材の一つですが、私たちが使用する金は100%リサイクルされたものです。そしてシルバーも99%以上がリサイクル素材です。 私たちはこの循環型ビジネスを強く信じており、フィンランドでは『Preloved(プレラブド)』というコンセプトを立ち上げました。これは中古のカレワラジュエリーを買い取り、本物であることを鑑定し、必要であれば部品交換などの修繕を施して、新品同様の状態で再販するサービスです。マーケティングに大きな投資を行っていないにもかかわらず、このサービスは50%の成長を遂げています。私たちは、今後プリラブドジュエリーのビジネスが世界的に大きなトレンドになると信じています。私達が立ち上げた独自のコンセプトは、世界的に見ても他に類を見ないものであり、私たちはセカンドハンドの分野で世界のリーダーになれるかもしれないと考えています。現在はフィンランド国内のみでの展開ですが、年内に日本のウェブショップでも開始する予定なんです」
アイノ「この考え方は、新しいコレクションにも通じているんですよ。去年買ったものや、お母さんが40年前に買ってクローゼットに眠っているもの、それらすべてを私たちの元に持ち寄ってくだされば、新しいコレクションの一部として循環させることができるのです。私たちのデザイン戦略は、一過性のものではなく、時の試練に耐えうるものであるべきだと考えています」
──利益の3分の1を慈善活動や従業員に還元されていますが、その活動がどのように始まり、現在、そして未来にどのようにつながっていくのか、最新の取り組みについて教えてください。
キルシ「私が2019年2月に入社して最初にしたことは、全従業員と話し、会社で最も価値を置くものは何かと尋ねることだったんです。サステナビリティとクラフトマンシップが非常に重要だという社員の声に基づいて、利益の3分の1を慈善活動と従業員の福利厚生に充てることを決定しました。
最初に始めたのはケニアでの活動です。最も弱い立場にある女性たちに教育を提供したいと考え、『カレワラ・トレーニングセンター』を計画しました。教育こそがより良い人生への道だと信じ、2020年のコロナ禍にこの教育センターを立ち上げ、現在まで5年間で617人の若い女性が卒業し、そのうち78%が就職したり、自身のビジネスを始めたり、あるいは学業を継続したりと、その影響は絶大です。
その後、フィンランド国内でも活動を始め、2022年からは障がいを持つ女性と少女のための協会『Rusetti』と協業し、彼女たちが情報交換や自己表現をするためのオンラインメディア設立に寄付を続けています。また、ピンクリボンとの協力は今年で11年目になり、毎年新しいジュエリーを発表し、その収益をがん協会に寄付しています」
アイノ「こうした活動はすべて、1937年の会社設立のルーツに由来します。当初はフィンランドの女性を称える像を建てるために資金が集められましたが、第二次世界大戦が勃発すると、その資金は女性を助けるという、より大きな目的のために使われることになりました。これが私たちのレガシーであり、今日の活動につながっています。会社で働く私たち全員にとって、これは最大のモチベーションの一つです。私たちが良い業績を上げるほど、より多くの良いことができるのですから」
キルシ「つまり、私たちが成長し、より多くの利益を上げれば、より多くの善を分かち合うことができる。これはポジティブな循環です。私たちのオーナーであるカレワラ女性協会も文化活動を行っており、デザインとファッション、そして文化が相互に連携しているのです」
リニューアルから5年。ヴィジョンに導かれてよりよい未来へ

──キルシさんが、2019年にCEOとしてカレワラに入社される前は、ブランドに対してどのようなイメージをお持ちでしたか?
キルシ「ブランドにはすでに、強い価値観、豊かな歴史、そして魅力的なデザインといった要素がすべて揃っていました。ですが、私はそこに新たな刷新と、その強みをより大胆に表現することが必要だと感じたのです。こうした気づきが、私たちにブランドイメージを一新し、ターゲット層に向けたコミュニケーション戦略を策定するきっかけとなりました……。私自身がターゲット層ではなかったため、新しいコレクションの情報も届いていなかったのです。しかし、それが逆にブランドイメージを刷新し、ターゲット層に届くコミュニケーション戦略を練るきっかけになりました。2020年に新しいカレワラの世界観を打ち出し、オンラインストアからビジュアルまですべてを変えました。そして2023年にアイノが加わってから、さらにビジュアルを磨き上げ、今のブランドのスイートスポットを見つけたと感じています。時代の変化に合わせて進化し続ける一方で、私たちのルーツを尊重すること。この両立こそが、私たちが注力していることです」
──ブランド変革の際に、ベンチマークにした企業はありますか?
キルシ「特定の企業を強くベンチマークすることはありませんでした。むしろ、多くの調査を行い、D2C戦略を最初から重視し、消費者と直接つながることを目指しました。成長市場として日本、特に東京を選んだのもそのためです。 もちろん、サステナビリティの伝え方ではパタゴニアを参考にしたり、他のフィンランドブランドのCEOからアドバイスをもらったりはしましたが、基本的には消費者調査から得られた学びに基づいて戦略を構築しています」
アイノ「ブランドやデザインの観点からは、他社をベンチマークしすぎない方が良いと考えています。自分たち自身のインスピレーションを見つけ、現代の消費者が何を価値あるものと考えるかを感じ取りつつも、自分たちのレガシーやデザインアプローチを信じることが、私たちの成功要因だと考えています」
──オンライン上の幅広いコミュニティの意見はどのように活用されていますか?
アイノ「オンラインストアやSNSが主な交流の場となり、活発なコミュニケーションをしています。各地、母国語でコミュニケーションが取れることも重要だと考えて開発してきています。現在、ロイヤルカスタマープログラムを開発中で、これはお客様とより深い対話を持つための重要なステップです。まずはフィンランドで開始し、近いうちに日本にも拡大する予定です。これにより、お客様に特別な提案をしたり、ご意見を伺ったりすることで、より良いサービスを提供できるようになります」
キルシ「2022年10月に東京でカレワラを立ち上げた際、ターゲット層の方々との対話を始めました。6名の方にご協力いただき、オンラインページの良い点や改善すべき点、彼らの好みやブランド情報の入手方法などについてお聞きしました。1年半にわたるこの対話から多くを学び、非常に価値のあるものでした。私たちはこのチームを『アドバイザリーチーム』と呼んでいます。消費者との対話は、私たちのチャネルやブランドビジュアル、そしてコレクションを開発する上で常に非常に重要です」
──日本市場にどのような可能性を感じたのでしょうか?
アイノ「デザインの観点から、日本とフィンランドにはつながりがあるように感じるんです。美意識や、どこか似ている風景など、お互いのテイストを尊重し合える関係だと思います」
キルシ「そして、両国とも手仕事が高く評価されていますよね。戦略を練る上で、私たちのレガシーである『女性のエンパワーメント』というストーリーが、日本の人々の心に響くのではないかと考えました。また、日本は十分に大きな市場であり、たとえ小さなシェアであっても、私たちに大きな成長をもたらしてくれると考えました。私たちのデザイン、大胆なジュエリー、そしてサステナビリティや女性支援といった背景にあるストーリーを愛してくれる女性たちが、必ずいると信じていたのです。当初はサステナビリティという側面がこれほど重要視されるとは予想していませんでしたが、日本のメディアの方々からも多くの質問をいただき、女性のエンパワーメントと同じくらい大切な要素だと気づきました。私たちはストーリーを作っているのではなく、90年近くにわたって生きてきた真実を語っているのです。消費者から学び、それに応じて戦略を変化させていくことが、私たちの強みです」

──フィンランドは女性の社会進出が進んでいますが、その精神はどのようにして築かれ、人々に根付いているのでしょうか?
キルシ「少し難しい質問ですが、戦争が大きなきっかけになったと考えています。男性が皆、戦争に行っている間、女性は家事だけでなく、男性がこれまで担ってきた全てのことをこなさなければなりませんでした。第一次・第二次世界大戦の数十年間が、フィンランド女性の地位の基盤を築いたのだと思います。
フィンランドでは、大学まで無償の教育制度も重要です。これにより、女の子も望む限り高い教育を受けることができます。そして、家族を持ちたいと思った時には、質の高い保育制度があります。金銭的に余裕のない家庭には補助が出るため、すべての家庭が利用できます。このような環境で育った男性たちも、男女が公平であるという考えを受け入れることを学んできたのだと思います。私の夫も、アイノの夫もそうですが、家事や育児を分担するのはごく当たり前のことでした。私たちはお互いにキャリアを築いてきました。これらの要素が組み合わさった結果だと思います」
アイノ「私も幼い子供がいますが、働くことができています。家族かキャリアか、どちらかを選ぶ必要がないのです」
──日本は2025年になっても未だ、ジェンダーギャップ指数で118位と、残念ながら遅れをとっています。日本の女性の地位向上のためにアドバイスをするとしたら?
キルシ「世界が国際化した今、日本の若い世代は他の国にも目を向けています。女性が設立し、率いるスタートアップに目を向け、メディアがそうした女性たちのストーリーを積極的に取り上げ、彼女たちの活動を可視化することが重要です。
そして、やはり保育制度は不可欠です。日本の女性がキャリアと家庭の選択を迫られるのは不公平です。女性のキャリア支援や保育にもっと予算を投じるという動きがあると聞いています。ビジネスだけでなく、アートや文化など、さまざまな分野で女性のロールモデルが必要だと思います」
Kalevala POP UP
2025年8月6日にコペンハーゲン・ファッション・ウィークで発表された新しい「ITU」をARTEK TOKYO STOREで展示販売。自然の美を凝縮したコレクションに加え、伝統が詰まったKalevalaの全コレクションを実際に見て、試すことができる。会期中に購入すると、ARTEKを象徴するファブリック「シエナ」を使用したリボンに、カレワラのヘビチャームが付いた特別なラッピングも。
会期/9月3日(水)~9月29日(月)※火曜定休
時間/11:00〜19:00
住所/東京都渋谷区神宮前 5-9-20
URL/www.kalevalashop.jp/pages/pop-up-info
Interview & Text:Yuka Sone Sato




