松尾貴史が選ぶ今月の映画『入国審査』

移住のために、スペインのバルセロナからニューヨークの空港に降り立ったディエゴ(アルベルト・アンマン)とエレナ(ブルーナ・クッシ)。二人は入国審査でなぜか別室へと連れていかれ、問答無用の不可解な尋問が始まる…。映画『入国審査』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年9月号掲載)

空港でもたらされる分断
近年、「日本人ファースト」というスローガンを、一部の政治家が恥ずかしげもなく声高に叫ぶようになりました。それを諌(いさ)める形で、「人間にファーストもセカンドもない」と反論してくれる人もいて少しは安心するのですが、たとえばこの国が数十年にわたって衰退し続けているせいで、他に敵や差別の対象者をつくって優位に立ったふりをすることで自慰的に安心感を得ようとするのかもしれません。「日本ってすごい」的なテレビ番組がなくならないのも、そういったコンプレックスの裏返しなのでしょう。
アメリカには先住民がいますが、多くの移民たちによって成長、拡大していった国です。現在のアメリカ大統領もその移民の子孫ですが、それを忘れたかのように移民の排斥の先頭に立っているようです。つまりは、これもアメリカが衰退下にあることの証左でしょう。

海外に行ったことのある人ならば誰でも感じたことがあるイミグレーションカウンターでの不安は大いに共感を呼ぶ状況だと思います。日本に帰ってきた時ですら、外務省職員であろう彼らの高圧的な態度に憤ふんまん懣を感じる人も多いのではないでしょうか。
ディエゴとエレナはスペインのバルセロナからニューヨークの空港に着いて入国審査のカウンターで入国手続きをしようとして、なぜか別室に連行されてしまいます。何が原因なのか、当人たちにも事情が飲み込めません。お互いが把握しなかった事実なども掘り起こされ、無神経かつ差別的な質問の数々によって二人の間に不信感の種が蒔かれていきます。

外国人に対する敵意や排斥の態度は社会に癒やしがたいダメージを与えるものですが、ここに登場する審査官たちにそんな自覚は微塵もないようです。「内」と「外」を区別することで不信感や対立が生まれ、社会全体の機能が弱まるのは中学生にでも理解できる話ですが、疲弊した社会においては大人たちからも冷静な判断力すら奪ってしまうのです。
外国からの渡航者には、異議申し立てのすべがなく、「言いなりにならざるを得ない権力の一方通行」は、理不尽以外の何ものでもありません。荷物の全てを開けさせられたり、携帯電話の中身まで読まれたり、並大抵の屈辱でないことも多々あるのです。

共同監督の一人、アレハンドロ・ロハスは本作が長編映画監督デビューで、これまではテレビのドキュメンタリーやプロモーション動画などを手がけてきたそうですが、実は自身がベネズエラからスペインに移住した時に実際に体験した出来事にインスピレーションを受けてこの作品を生み出しました。そのリアルさに覚えた私の苛立ちは相当なものでした。
『入国審査』
監督・脚本/アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス
出演/アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシ
公開中
https://movies.shochiku.co.jp/uponentry/
配給/松竹
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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito
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