
2025年に入り、国内外で大スケールの展示や企画が続いている現代美術家の加藤泉。今月は故郷でもある島根の県立石見美術館の20周年企画として過去最大規模となる個展「何者かへの道」が始まった。内覧会の場で語られた加藤の言葉などから、彼のアートについて考える。
展覧会では加藤のシグネチャーである「人がた」のモチーフができるまでの軌跡も含めた約200点が一堂に会し、中には初公開となる高校時代に制作された油彩も展示されている。タイトルの「何者か」とは現在、海外で最も活躍する日本人作家のひとりとなった彼自身を指しているとも考えられるが、加藤によれば「人間とは何者か、という大きな問いでもあるし、僕がいつも描いている『人がた』とは何者か、という意味もあります。作品は自分の死後にも残る可能性があって、人間の遺伝のように、いつの日かどこかの誰かに届くかもしれない。そんな出口のない問いをずっと考え続けること自体、とても人間らしいことだとも思っています」という。

美術館のある益田市は島根でも西端に位置するが、加藤が生まれたのは県東で出雲地方にある安来(やすぎ)市。出雲国風土記によればその昔、スサノオノミコトが訪れ、こころ安らかになったことから命名したと言われる土地だ。「いつも雲が低く垂れ込めているような山陰の田舎ですくすくと育ったので、特別に意識はしていなくてもどこかプリミティブというか、自由な感じが作風としてあるとは思います」。

キャンバスに描かれた平面の作品から布を使ったタペストリー、木彫やソフトビニール、鋳造による立体作品まで、多彩な素材で表現された数百体の「人がた」たちはまるで島根の地に宿る八百万の神々のようにも見えてくる。「人がた」の正体について加藤はいつも「観る人に解釈を委ねたい」とするが、今回設置された作品群は、特に神秘性を帯びて見えてくるようにも感じられた。

一方、京都では加藤が数年にわたり京友禅の老舗・千總と協働制作してきた着物作品などを展示する「絵と着物」展が開催中。今年470周年を迎える千總の歴史に加藤のコンテンポラリーな感性がミックスされた、稀有なコラボレーション企画として話題になっている。創業以来、京都の中心地・烏丸三条で商売を続ける千總だが、今回はその本社工房に加藤が何度も赴き、着物生地に「人がた」を伝統的な友禅の手法や道具を用いて描いた。着物職人以外の手が生地に入ることは、長年の千總の歴史でも極めて珍しいことだそうだ。

千總は明治時代には日本画家と協業し、当時としては斬新なデザインの柄を発表するなど常に業界をリードする新たな伝統の形を提案し続けてきた。ただ、昨今の着物業界を取り巻く環境はやさしいものではなく、特にコロナ禍を通じて多くの職人たちが廃業するなど状況は深刻だという。加藤は「絵も、人間がずっとやっている伝統芸能みたいなところがあって、正直もうやり尽くされているようなメディアなんです。それでも今、自分が生きているこの世の中でそれを続けていくには、言葉にできない理由がけっこうあって、問題点は着物業界と同じだと思うんです」(『加藤泉×千總:絵と着物』図録より抜粋)と語る。

展覧会では着物の形になった6点のほか、約12mの反物2点、わずかな傷などにより製品としては基準に満たない白生地を使った作品など23点を展示。会場では加藤と交流の深い表現者たち──桂南光(落語家)、南果歩(俳優)、槇原敬之(シンガーソングライター)による着用写真も掲示されている。
秋には2月にミラノファッションウィークで発表されたアンテプリマとコラボレーションしたカプセルコレクションが発売になるほか、9月13日からは国際芸術祭「あいち2025」にも参加する。日々、止まることなく制作を続ける加藤の生きざまはどこかアスリートのようでもある。「スポーツ選手も単に走っているだけじゃ速くはならない。0コンマ何秒を縮めていくにはきっと色々工夫をしながら練習すると思うんですが、アートも一緒。ただ描いているだけじゃなくて1点1点しっかり考えながら作るというルーティンになっています。それを日々続けているとある日、ちょっと記録が伸びる、みたいに作品が展開していく」。アートの先人たちで想定しているのはゴッホや伊藤若冲とか。「たぶん彼らと同じくらいの域にはいけると思うし、あわよくば越したい」とも。
加藤泉 何者かへの道
会期/2025年7月5日(土)〜9月1日(月)
会場/島根県立石見美術館
住所/島根県益田市有明町5-15
開館時間/9:30〜18:00(展示室の入場は17:30まで)
休館日/金曜日(8/12は開館)
料金/¥1,300(一般)、¥600(大学生)、高校生以下は無料
URL/https://www.grandtoit.jp/museum/exhibition/izumi_kato_road_to_somebody_iwami/
加藤泉×千總:絵と着物
会期/2025年2月27日(木)〜9月2日(火)
会場/千總ギャラリー
住所/京都府京都市中京区烏丸西入御倉町80 千總本店
開館時間/10:00〜17:00
休館日/水曜日(8/12-16は夏季休業)
料金/無料
URL/https://www.chiso.co.jp/lp/izumikato/index.html
Text:Akiko Ichikawa
