女性イメージの変革者、プシュパマラ Nの個展「Dressing Up: Pushpamala N」@シャネル・ネクサス・ホール
Art / Feature

女性イメージの変革者、プシュパマラ Nの個展「Dressing Up: Pushpamala N」@シャネル・ネクサス・ホール

シャネル(Chanel)がこの春〜夏にかけて開催する展覧会に、インドの女性アーティスト・プシュパマラ Nが登場。文化的なシンボルを自ら演じ、緻密に再現するフォト・パフォーマンスの手法によって、女性を取り巻く抑圧の構図をあぶり出す。歴史を疑い、物語を塗り替える“イメージの変革者”の軌跡がここに。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年7・8月合併号掲載

「ナヴァラサ スイート」シリーズより。インド古典芸術の感情理論「ラサ」をテーマに、リアリズムよりファンタジーや物語性を重視し、近代化に影響を与えてきたインドの写真史に光を当てる。『「Shringara/恋情」The Navarasa Suite from the series Bombay Photo Studio』2000-03年 © Pushpamala N
「ナヴァラサ スイート」シリーズより。インド古典芸術の感情理論「ラサ」をテーマに、リアリズムよりファンタジーや物語性を重視し、近代化に影響を与えてきたインドの写真史に光を当てる。『「Shringara/恋情」The Navarasa Suite from the series Bombay Photo Studio』2000-03年 © Pushpamala N

「ナヴァラサ スイート」シリーズより。『「Bhanyanaka/恐怖」The Navarasa Suite from the series Bombay Photo Studio』2000-03年 © Pushpamala N
「ナヴァラサ スイート」シリーズより。『「Bhanyanaka/恐怖」The Navarasa Suite from the series Bombay Photo Studio』2000-03年 © Pushpamala N

プシュパマラ N インタビュー:演じられた姿が映す世界

人々の頭に刷り込まれた象徴的なイメージに扮し、物語の意味を塗り替えていく——。己の身を懸けた表現の理由、現代を生きる女性たちへのメッセージが語られる。

「ヴァスコ ダ ガマの到来」シリーズより、インド新航路の“発見者”として王と謁見するポルトガルの探検家を描いた19世紀の西洋絵画を再現した作品。プシュパマラいわく「貢ぎ物が乏しく謁見は許されなかった史実を歪めた、西洋人優位の作り話です」。『The Arrival of Vasco da Gama (after an 1898 oil painting by Jose Veloso Salgado)』2014年 © Pushpamala N
「ヴァスコ ダ ガマの到来」シリーズより、インド新航路の“発見者”として王と謁見するポルトガルの探検家を描いた19世紀の西洋絵画を再現した作品。プシュパマラいわく「貢ぎ物が乏しく謁見は許されなかった史実を歪めた、西洋人優位の作り話です」。『The Arrival of Vasco da Gama (after an 1898 oil painting by Jose Veloso Salgado)』2014年 © Pushpamala N

「母なるインド」より。19世紀に始まるインド独立運動の象徴として広まった女神「バーラト・マータ」の図像を通して、女性を取り巻く理想と現実のギャップを問うシリーズ作品。本作は画家アバニンドラナート・タゴールによる絵画に扮したもの。『Bharat Mata (After 1905 Painting by A. N. Tagore)』2005-2018年 © Pushpamala N
「母なるインド」より。19世紀に始まるインド独立運動の象徴として広まった女神「バーラト・マータ」の図像を通して、女性を取り巻く理想と現実のギャップを問うシリーズ作品。本作は画家アバニンドラナート・タゴールによる絵画に扮したもの。『Bharat Mata (After 1905 Painting by A. N. Tagore)』2005-2018年 © Pushpamala N

「母なるインド」より。戦いの女神カーリーが大英帝国の暗喩である白いシヴァ神を征圧した様子を演じた作品。『Kali (after 1908 Calcutta Art Studio print)』2014年 © Pushpamala N
「母なるインド」より。戦いの女神カーリーが大英帝国の暗喩である白いシヴァ神を征圧した様子を演じた作品。『Kali (after 1908 Calcutta Art Studio print)』2014年 © Pushpamala N

「母なるインド」より。インドの窮状を老婆になぞらえ、男児を若き象徴とした絵画の批判的再現。『Bharat Bhiksha(after 1878-1880 Calcutta Art Studio print)』2018年 © Pushpamala N
「母なるインド」より。インドの窮状を老婆になぞらえ、男児を若き象徴とした絵画の批判的再現。『Bharat Bhiksha(after 1878-1880 Calcutta Art Studio print)』2018年 © Pushpamala N

フェミニストの視点からインドのイメージを解体する

4月12日〜5月11日に開催された「KYOTOGRAPHIE 2025 京都国際写真祭」京都文化博物館 別館での展示風景。日本では初となる個展を、インドの文化的・国家的記憶に切り込んだ3つのシリーズ作品で構成した。 © CHANEL
4月12日〜5月11日に開催された「KYOTOGRAPHIE 2025 京都国際写真祭」京都文化博物館 別館での展示風景。日本では初となる個展を、インドの文化的・国家的記憶に切り込んだ3つのシリーズ作品で構成した。 © CHANEL

──4〜5月は「KYOTOGRAPHIE」(※1)、そして6〜8月には東京のシャネル・ネクサス・ホールと、日本では初となる個展が続きますね。

「今回展示するのは自分にとって代表的な作品シリーズです。京都ではインドの歴史や神話を題材とした作品を中心に発表しました。西洋人としてインドへの新航路を“発見”したとされるヴァスコ・ダ・ガマの姿を演じた作品、現在も進行中のプロジェクト『母なるインド』、そして古代インドの叙事詩『ラーマーヤナ』に登場する女性たちを演じたシリーズです。東京で発表する三つのシリーズは、インドを代表する映画産業で知られるムンバイで撮影した、アーバンかつフィルム・ノワール的な世界観の作品です」

(※1)参考記事:Numero.jp「KYOTOGRAPHIEがまもなく開幕!2025のテーマは「HUMANITY」」

「『ラーマーヤナ』より3人の女性の物語」シリーズ。古代インドの叙事詩において、男性に拉致されるなど脇役として扱われがちな女性像に焦点を当てる。『Avega~The Passion, Abduction / The Mist』2012年 © Pushpamala N
「『ラーマーヤナ』より3人の女性の物語」シリーズ。古代インドの叙事詩において、男性に拉致されるなど脇役として扱われがちな女性像に焦点を当てる。『Avega~The Passion, Abduction / The Mist』2012年 © Pushpamala N

──いずれの作品シリーズからも、インドに深く根付いた家父長制を女性の立場から解体していくような意志を感じました。

「私の作品はすべてフェミニストとしての意志を持ったものです。インドでよく知られるキャラクターやイメージを題材にしていますが、インド文化において誰もが同じように想像できるものを、いかに解体するかをテーマにしています。

私が活動を始めた1970~80年代は、世界的に古い価値観や政治に対する反逆精神、あらゆるものを打ち壊そうとする気運にあふれた時代でした。フェミニズム運動も盛んで、数多くの団体が設立され、フェミニズム文学や雑誌が出版されました。そうしたものを読みあさり、周囲の人と対話を重ねたことが、私のスタンスに大きな影響を与えています。美術大学に進学した頃にはすでに、フェミニスト的な作品を作ろうと決めていました」

「ファントム レディ あるいはキスメット」シリーズより。映画やテレビシリーズで人気を呼んだキャラクター「怪傑ゾロ」やアメリカンコミック『Phantom』、ボリウッドの人気アクション映画などにインスパイアされたオリジナルキャラクター「ファントム レディ」が、ムンバイの暗黒街で活躍する姿を描く。『Phantom Lady or Kismet』No.19 1996-98年 © Pushpamala N
「ファントム レディ あるいはキスメット」シリーズより。映画やテレビシリーズで人気を呼んだキャラクター「怪傑ゾロ」やアメリカンコミック『Phantom』、ボリウッドの人気アクション映画などにインスパイアされたオリジナルキャラクター「ファントム レディ」が、ムンバイの暗黒街で活躍する姿を描く。『Phantom Lady or Kismet』No.19 1996-98年 © Pushpamala N

「ファントム レディ あるいはキスメット」シリーズより。1930〜40年代に俳優やスタントパーソンとして活躍した女性たちへのオマージュを込め、フィルム・ノワール時代の映画的描写を模した24枚のモノクロ写真で構成される。『Phantom Lady or Kismet』No.4 1996-98年 © Pushpamala N
「ファントム レディ あるいはキスメット」シリーズより。1930〜40年代に俳優やスタントパーソンとして活躍した女性たちへのオマージュを込め、フィルム・ノワール時代の映画的描写を模した24枚のモノクロ写真で構成される。『Phantom Lady or Kismet』No.4 1996-98年 © Pushpamala N

──物語やキャラクターを自ら演じる「フォト・パフォーマンス」の手法が印象的ですが、フェミニズム的な表現においてこの手法を選んだ理由はなんでしょうか。

「フェミニストたちがステレオタイプを解体する手法として、かつて主流だった絵画や彫刻に対し、パフォーマンスによる表現を始めていて、その状況への関心がまずありました。と同時に写真は、私が最初に取り組んだ彫刻に比べて持ち運びやすく、扱いやすいものです。最初にこの手法を取り入れた『ファントム レディ あるいはキスメット』を制作してみたところ、連続する写真の表現によって、長く奥深い物語を語ることができると気づきました。ストーリーテリングはもちろん、手軽にユーモアを表現したり、クレイジーなことを試したりもできる。制作のためにチームを組み、たくさんの人に手伝ってもらう必要がありますが、そのコラボレーション過程もすごく楽しい」

「帰ってきたファントム レディ」シリーズより。「ファントム レディ あるいはキスメット」の続編として、再開発により変貌を遂げたムンバイの姿にも光を当てるカラー作品。『Return of Phantom Lady』2012年 © Pushpamala N
「帰ってきたファントム レディ」シリーズより。「ファントム レディ あるいはキスメット」の続編として、再開発により変貌を遂げたムンバイの姿にも光を当てるカラー作品。『Return of Phantom Lady』2012年 © Pushpamala N

「帰ってきたファントム レディ」シリーズより。『Return of Phantom Lady』2012年 © Pushpamala N
「帰ってきたファントム レディ」シリーズより。『Return of Phantom Lady』2012年 © Pushpamala N

──演じているのは、インドではよく知られているような象徴的なイメージが多いですね。

「映画や文学、コミックなどから引用していますが、完全なコピーを作っているわけではありません。イメージを取り入れているとはいえ、作品としては別のものになっていますし、同じインド人でも地域や背景が異なるだけに、それぞれ感じ方が違うのも面白いですね。例えば『ファントム レディ』のシリーズの場合、引用元になった映画を思い浮かべる人もいれば、自分の地域特有のキャラクターだと思う人もいます。また、私自身が写っているからだと思いますが、自分の境遇を重ねて感情移入する人もすごく多い。私の地元であるバンガロール(現ベンガルール)で展覧会を開催したときのことですが、80代の女性から『このセクシーな衣装を買いたい』と言われたことがあります。おそらく『自分もこんなふうになりたい』と感じたのでしょうね。

それに、女性たちが受けてきた抑圧や差別をフェミニズム的に表現すると、暗い印象になることが多いものです。私が描く女性像にもそうした背景がある一方で、遊び心や逆境に屈しない明るさなど、エンターテインメントの要素を欠かさないようにしています。

フランスのシャルル・ボードレールをはじめ、インドの詩人も用いた表現ですが、歴史的に街は女性にたとえられてきました。それも娼婦になぞらえることが芸術的にも行われてきた。つまり女性の存在をモノのようにみなし、その街=女性を征服するというような意味合いで語られてきたのです。また『ファントム レディ』は街で撮影したシリーズですが、このような格好の女性が一人で街にいるなんて、インドではあり得ないことです。そういう意味でも、街にたとえられてきた女性が一人の人間として自身を取り戻していく姿を表現し直すことが、人々に対するメッセージになると考えています」

自分の身を投げ打って社会に介入する理由

──日本ではフェミニストのような“強い女性”は男性から疎ましがられることが多くありますが、インドではどうなのでしょうか。

「社会がよくなる兆しが見えれば、必ず強烈な揺り戻しがあるもの。そうした状況がインドでも続いています。表面的にはリベラルに見える男性も、深掘りしてみると家父長制にまみれた考えを持っていることがある。女性がインディペンデントな存在であることに抵抗を感じる人が確実にいて、そうした女性をねじ伏せようとする暴力は、むしろ増えてきているのではないかと感じますね。

インドにはさまざまな政治勢力やコミュニティがありますが、例えば『女性はスマートフォンを持ってはいけない』というルールを作ろうとする地域もあります。スマートフォンを持つことで、女性が自由に情報にアクセスしたり、遊んだりしては困るというのがその理由です。また、私が住んでいる地域は中流階級や労働者が多いエリアですが、シングル女性が一人で住んでいると珍しがられますね。私自身はそうした見方に構わずやってきたから、周囲の人も慣れてきたみたいですけれど」

──そうした状況は、少なからず日本も一緒だと感じます。

「作品を作るだけでなく、自分があらゆる手段を使って社会に介入していくことが大事だと思っています。なのでキュレーションもしますし、文章を書いたり、アクティビストとして活動したり、組織やプロジェクトを立ち上げたりもします。芸術作品という形だけで訴えるのではなく、自分が持っているものをすべて使って、声を上げていく。そして得たものを作品に還元することで、自分の存在意義を世界に示していくことができる。そう考えています」

「Dressing Up: Pushpamala N」
シャネルが開催する、写真を用いた表現を行うアジアのアーティスト紹介企画の第2弾。「KYOTOGRAPHIE」の展示から趣向を変え、シネマトグラフィをテーマにした作品シリーズを中心に構成する。

会期/6月27日(金)〜8月17日(日)
会場/シャネル・ネクサス・ホール
住所/東京都中央区銀座3-5-3 シャネル銀座ビルディング4F
URL/https://nexushall.chanel.com/

Interview & Text : Akane Naniwa Edit : Keita Fukasawa

Profile

プシュパマラ N Pushpamala N 1956年、インド・バンガロール(現ベンガルール)生まれ。彫刻家として活動を始め、90年代半ばからフォト・パフォーマンスの創作を開始。ニューヨーク近代美術館(MoMA)など世界各地で展示を行い、インドの「チェンナイ・フォト・ビエンナーレ 2019」ではアーティスティックディレクターを務めるなど「現代インド美術界で最もエンターテイニングなイコノクラスト(因習打破主義者)」と評される。
© Pushpamala N
 

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