2025年5月、新党「チームみらい」を結成し、自身も比例代表で夏の参院選に立候補することを表明した安野貴博。本誌2025年1・2月合併号に収録したインタビューのアーカイブをお届けする。

安野貴博は、24年7月の東京都知事選挙に出馬。政治参加や議論を促進するために、テクノロジーを使う選挙戦を展開し、話題に。その後、秋の衆議院選挙の報道番組でもテクノロジーを用い選挙の状況を解析するなど活躍した。11月8日、アメリカ大統領選視察から帰国したばかりの安野に、NY在住のライター、佐久間裕美子がオンラインでインタビュー。政治や選挙、民主主義の未来についてを聞いた。
──アメリカの選挙にいらっしゃっていましたよね。どうでした?
「やっぱり民主主義との距離感が違いますよね。アメリカでは選挙の日に大統領だけでなく、シェリフ(地域・自治体の警察長官)や教育委員をはじめ、さまざまな役職を選ぶなど、そもそも選挙の種類が多い。今回、最終日にフィラデルフィアのカマラ・ハリスのラリー(集会)に行ったんですが、並んでいると、議論を仕掛けてくる人がいたりして、そういう感じは全然違うなあと思いましたね」
──選挙の運営やDXの観点で目についたことはありましたか。
「例えば個別訪問用のアプリがあって、ボランティアの人たちに区域がアサインされ、そこには誰が住んでいて、過去の投票歴はといった情報が並んでいる。さらにその人に対して何を聞き、どう説得すべきかということがインタラクティブに指示され、デジタルの力でボランティアの行動を強化していました。アプリの質も高いけれど、情報公開によってマイクロターゲティング、つまりターゲットについて解像度の高い情報をもとに展開できる」
──日本ではできないですよね。
「プライバシーの問題もありますが、アメリカでは情報公開請求の手続きを踏むと、誰がどこに投票しているか、また年齢などの情報をデータベースとして入手できる。データの可用性の観点からも違いますよね。アメリカの真似をできるのかの前に、真似すべきかを考えたとき、日本では個人情報の開示については忌避感が強いのではないかと思いますね」
──民主主義と選挙の観点から、どんな良しあしが見えましたか。
「良いのかどうか悩ましいけれど、予算規模が全然違いますよね。各陣営、1兆円くらいの予算を使って、全米で派手に展開している。日本だと、政治資金規正法もあるし、一回の選挙で使える金額の上限が決まっている。一概に日本が悪いかといえばそうでもなくて、お金がなくても活躍できる可能性がある。でも一方で、お金がなければ市民にリーチできないし、広告を打てるほうがメッセージを届けやすい。
アメリカの選挙に大きく感じた違和感は、二つしか選択肢がない、ということです。移民問題、インフレと経済政策、中絶などの争点がパッケージ化されていて、二つのどちらかを選ばなければならない。右の考えの人はこちらの政策パッケージを取るし、逆もしかりということについて、不満の声をあまり聞かなかったんですよね。選択肢が二つしかない、ということは、選びやすいことでもあるから、有権者が考えるコストをある程度は削減できている一方で、本来はあるはずの多元的な、多様な価値観を反映できていない。いろんな種の人が住む多様な国で、車を1時間走らせると別の国みたいになったりする現実の中で、国家という体制を保つには、そもそも民主主義というシステムで運営できないんじゃないかとすら思いましたね」
──アメリカでは多種の選挙や住民投票が同時に行われること、また時間をかけて運動できるという点でも、草の根の運動をやりやすい側面があると思うんです。日本の選挙は運動期間が短く、知名度を克服することが難しかったり、現職に有利なシステムだと思うのですが。
「アメリカで日本の選挙期間について聞かれて10日といったら驚かれます。解決策ではありませんが、選挙活動はできなくても、政治活動は長くできる。法律上は区分けされていますけど、建前がうまく機能していない感じがする。それなら選挙活動の準備期間にやれることを広げたほうがいい気がします」

自己効力感を上げる
──都知事選挙ではAIを使って民意を可視化する「ブロードリスニング」を実践されましたよね。ここ数回のアメリカの選挙における世論調査の内容と結果の乖離を見ていて、メディアや世論調査が争点を読み間違えてるんじゃないか、つまり、民意がすくい上げられてないのではないか、と感じています。あえて「聞く」をやってみてどうでした?
「候補者の立場からすると、それまで認識していなかった論点を提示していただけたという点で、やった意味はあったと思っています。一方で、完璧かというとそうではないので、初期の技術を洗練させていきたいです。有権者の人も、自分が声を上げたことがマニフェストに反映される体験があまりないだろうし、聞く、そして聞いた声を反映する、という良いサイクルが回り始めると、ある種の自己効力感につながっていくんじゃないかと。特に、この30年間の政治に期待しない、何も変わらないという若者の意識を変えるきっかけをつくることができるんじゃないかと思います」
──なるほど。どんな驚き、気づきがありましたか。
「細かい課題提起に学びがありました。例えば医療政策の中でもHPVワクチン接種の話が出てきたり、教育費の所得制限についての政策に対する突っ込みが入ったり、こういうものが欲しいと言われたりとか」
──日米の共通項として、選挙をお金や組織力で買えてしまう問題があります。特に、今回のアメリカの選挙は大富豪や市場経済派がトランプ候補に流れた部分も大きかったと思うんですが、どう思われました?
「シリコンバレー界隈の大きな潮目の変化を感じました。8年前だったら、トランプ支持なんてピーター・ティールくらいだったし、支持を表明して叩かれていた。今回は外から見ても雰囲気が違いましたよね。イーロン・マスクの影響も大きかったと思います。何億円寄付した、ということもありますが、彼がXを買収したことで、中立に戻したのか、右寄りになったのかは議論の余地があるとして、トランプに有利になったことは確実で。それだけ(政策に影響を及ぼせる立場になったこと)を見ても、買収のメリットはあるというか、それだけで回収できるくらいのディールだったと思いますね」
──大富豪にとってトランプという存在のうまみが上がったわけですよね。蓋を開けたら圧勝だったんですが、僅差だったら手で数えることになっていたり、デジタルやテクノロジーから逆行傾向もあります。
「電子的なデータは書き換えられるけど、紙だと操作しづらいというのは事実だと思うし、陰謀論などの出やすさを考えると、電子的な仕組みは受け入れられにくいと、あらためて難しさを感じましたね。ただ同時にAIにできることはあると思っていて、一つはコミュニケーションのやり方を大きく変えられるのではないか、と思っています。人間と人間が直接コミュニケーションし合うと感情が入りすぎちゃったり、議論がうまくかみ合わなかったりで建設的な場にならないということがあると思うんですけど、AIが介入することで熟議をしやすい土壌がつくれるんじゃないかと。都知事選挙のときにやったのですが、ヘイトスピーチや攻撃的な発言があったり、話がループしたり、話題が重複したりというときに、検知して処理できるようにはできる。まだ原始的なファシリテーションだと思うのですが、この論点ならこういうファクトを用意したほうがいいのではないかとか、ユーザーがどう考えるか水を向けるとか、より高度にすることができる。それで、AIが人間同士のコミュニケーションのあり方を変えることで民主主義に良い影響をもたらせるんじゃないかと」

これからの民主主義
──安野さんから見た優れた民主主義ってどういうイメージですか?
「難しい話ですね(笑)。今回初めてアメリカの選挙を見て、何が一番いいのかを考えたときに、達成できるんじゃないかと思うことが二つあって、一つは多元的な価値観や人の声を聞けるようにすること。今回、日本の衆議院選挙によって安定与党みたいなものがない状態ができましたが、これはある意味、いろいろな価値観を代表する場になるという意味では、多様な議論を健全に行うためには歓迎すべきことかなと思います。一方で、これまでやられてこなかった複雑なコミュニケーションが必要になるため、永田町の処理能力的に大丈夫かという心配はあるけれど、そのためにはAIが活用できる。もう一つは、機会平等を進めること。お金があるとか、もともと地盤があるという人じゃないと政治参加できないし、一度政治家になった人がずっとやり続けたり、世襲が多いとか、新陳代謝が悪いので、政治家でない人が法案を提案できるようなパスをつくるといったことで、機会の平等を目指していけるのではないかと」
──日本では恒常的に投票率が伸びない問題があるし、今回アメリカでも1億人が投票しなかったんですけど、参加を促進するには?
「政治的な自己効力感を上げること、そして政治参加のコストを下げることだと思います。日本だと若者はマイノリティとして、意見が反映されない無力感がある。台湾にはウェブ上のフォーラムに誰でも法案を提起でき、一定数のいいねが集まったら専門家による部会ができて審議される、というジョインという仕組みがありますが、この10年くらいで数多くの法案が通っている。こういうやり方で政治参加における自己効力感をつくれるんじゃないかと。一方、コストを下げるためにどうすればいいかというと、個人的にはネット選挙がいいと思っていますけど、選挙結果に対する信頼性が失われないように、いわゆる公職選挙法の枠外で投票を行うとか、少しずつやっていくのがよいと思っています」
──民意をすくい上げようとする中で、今、極端な、過激な意見が人々を煽動するリスクもあると思うのですが、どう対策できますか。
「この点ではやはりまだAIの能力には限界があるので、人間がしっかり責任を持って意思決定するのが大切だと思うんです。日本は多様性が比較的低い分、逆に、新しい仕組みを導入しやすいんじゃないかとも思っていて、それがどうインストールされて、どう社会を変えられるのか、デジタル民主主義の揺り籠の立ち位置から、民主主義の可能性を模索できるんじゃないかと思っています」
Interview & Text:Yumiko Sakuma Edit:Mariko Kimbara
Profile

