エレガントからマニッシュまで、どんなスタイルの服にも不思議となじむデザインで多くのファンを魅了しているハットブランド「ENTWURFEIN(エントワフェイン)」デザイナーの南雲詩乃は、幼少期をドイツで過ごし、学生時代から帽子一筋のキャリアで独自のセンスと技術を磨いてきた。シグネチャーであるアーミッシュハット、長いリボン使いなどが生まれた背景とその魅力を聞く。
※こちらの記事で紹介している作品はNumero CLOSETで一部お取り扱い中です。
── ENTWURFEIN(エントワフェイン)というブランド名は、ドイツ語に由来する造語とのことですが、どんな思いを込めていますか?
「Entwurf(エントヴルフ)は、デッサン、設計図の意味です。その後に足している “ein” は、英語の“the”にあたり、より強調したい思いを込めています。何を強調したいのかというと、誰もが内面に持っている二面性です。男性性と女性性、そのどちらかに寄せることなく、あるいは逆転させることもせずに『欠けた部分を足す』ということをブランドのテーマに掲げています」
──幼少期はドイツにお住まいだったと聞きましたが、デザインに興味を持ったのはいつ?
「両親の仕事の都合で幼少期をドイツで過ごしましたが、物心ついた時から興味はあったと思います。デザイナー=ファッションに携わる人、という感じの漠然としたイメージではありましたが、ドイツにいた頃からデザイナーになる自分を想像していました」
シグネチャーであるアーミッシュハット(左)とキャップタイプのバリエーション(右)
──ドイツのファッションというと、どんなイメージでしたか?
「いわゆるモードに直結するようなイメージはあまりないかもしれませんが、ドイツは働く女性が多くて、それぞれにスタイルがあり、すごくカッコいいと思っていました」
── 帰国後、どんな道を進みましたか?
「普通の中高時代を過ごし、女子美術大学に進学して服飾デザインを学びました。絵を描くのが好きだったので、美術系のコースです。その後、文化服装学院の(ファッション工芸専門課程の)帽子デザイン科に進みました」
── 服飾から帽子へと進路を絞り込んだ理由は?
「私はパターンよりも立体で作りあげるもののほうが好きだと気づいたからです。その中でも立体裁断やクチュールではなく、帽子に意識が集中するようになったのは、学校収蔵のアーカイブでドレスのような帽子を見たことがきっかけでした。その時、帽子は立体だし、マテリアルは洋服に近いし、自分にしかできないことはここにあるんじゃないかと思ったんです。みんなと同じことをしたくないという天邪鬼な気持ちもあり、選択する人が少なそうな帽子デザイン科へ入ってみたら、すごく楽しくて、どんどんハマっていきました」
──卒業後は、帽子のクチュールメゾンと大手帽子メーカーに勤務。
「アトリエで3年ほど修行した後、量産のプロセスを学びたくて帽子メーカーで10年ほど働きました。ヨーロッパに1ヵ月ほど出張で滞在したことがあって、現地の材料屋やお店を回ったんですけど、その時に出会った人たちが本当にカッコよくて。幼少期に抱いていた働く女性たちへの憧れも思い出し、それらが重なって自分が表現したいコンセプトはこれだと思いました」

──帽子が文化として根付いているのは、やはりヨーロッパ?
「そうですね。帽子の材料屋はヨーロッパの各地にあって、中でも一番古いのがチェコです。その近郊に工場もたくさんあります」
──ココ・シャネルもキャリアのスタートは帽子屋でした。帽子職人には女性も多いですか?
「多いです。ミリ単位の繊細な仕事が多いので、クチュール出身のお針子さんやジュエリーのアトリエにいた方などもいます。金曜日はみんなオシャレな服を着て出勤し、仕事が終わったら自分で作った帽子をかぶって、颯爽と街へと繰り出したり。彼女たちのそんなライフスタイルにはいつも想像力が刺激されます」
エントワフェインの原型は、男性の帽子
──ファーストコレクションはどんな構成でしたか?
「アーミッシュハット、ベレー帽、キャップの3型で、オリジナルで木型から作りました。当初はフェルトだけで、布帛はほとんどやってなく、元々自分の頭の中にあった帽子のイメージというのが、男性の帽子なんです。それを女性がかぶるのがカッコいい。だからベレーもアーミーのイメージで作っていますし、キャップは乗馬帽が原型としてあります」
──なかでもアーミッシュハットはブランドを代表するアイテムです。男性の帽子といえばボルサリーノに代表される中折れ帽もありますが、なぜアーミッシュハットだったのでしょうか。
「なぜだろう……アーミッシュのスタイルというかカルチャーがずっと好きなんです。答え合わせ的に考えるなら、私はアーミッシュの直線的なフォルムに惹かれているのだと思います。ドイツの建築などからの影響も大きいかもしれません」
──例えば、メンズデニムを女性が履くと、シルエットがうまくきまらないことがあります。男性の帽子をルーツにしながら、女性にフィットするために工夫していることはありますか?
「デザインを少し華奢に変えています。具体的には両サイドのフォルムを削って、楕円を強くしているんですけど、逆に楕円すぎると日本人の頭にフィットしないので、微調整を重ね、何年もかけて今のフォルムに辿り着きました。重さも、女性が被りやすいように素材で工夫しています。例えば、フェルトは、ポルトガルにある工場にグラム指定でオリジナルの素材を作ってもらっています。リボンの素材感、そこにあしらうゴールドの金属パーツなども、エレガンスを加味する要素であり、エントワフェインのシグネチャーです」
──すごく長いリボンが特徴的ですよね。
「元はサスペンダーのイメージなんです。デザイン画を描いていて、サスペンダーの線を帽子のほうにつなげるアイデアがひらめいて、アーミッシュハットにつけてみたのが最初です。スタイルとしては、そのまま垂らして風になびかせるイメージですが、帽子を脱いでいる時はリボンを結んで、バッグのように肩にかけることもできます。革紐なら首に巻いてチョーカーにもできる長さにしています。そんな素敵なアレンジがあったのかと、お客様からヒントを得ることも結構あって」
──服と地続きに同化するハットですね。
「まさに洋服に帽子をつなげることができるリボンのアイデアは、すごく気に入っています。同時に機能的でもある」
──ベレー帽はどうでしょうか。一般的に難易度高めな印象の帽子だと思いますが。
「フォルムを大きくしています。頭にピタッとせず、ハットに近い着用感なので、かぶるだけでバランスが取りやすいと思います。これもリボンがついていて、ボウタイみたいな雰囲気を楽しめます」
──キャップのこだわりも教えてください。
「カジュアルになりすぎず、コートにもジャケットにもフィットする素材と形にこだわっています。頭頂部が少し後傾していて、また縫い合わせのところの天ボタンをなくし、ポイントの金具でエレガントさを加えています。つば、ラウンドの角度、フロントから見た時のシルエットも計算を重ねています」
──微妙な違いで、だいぶルックスが変わるのですね。
「そうですね。1mmのズレでバランスがすごく変わる世界ですが、正解はないので、自分の感覚で調整しています」
(写真左から)キャップ、アーミッシュハット/Numero CLOSETでお取り扱い予定
黒のワードローブに似合う黒、ベージュ、白
──コレクションは黒を中心に展開しているのでしょうか。
「黒が好きなのは、やはりドイツの影響があるかもしれません。信号機のポールも黒だし、日常的に黒がよく使われているように思います。日本にも漆、墨など、黒の文化がありますよね。エントワフェインの黒には、艶のあるシルクの黒、透ける黒、光を吸収するフェルトの黒など、いろんな表情があります。黒に加えてベージュやオフホワイト、白なども、特に秋冬シーズンには出しています」
──黒が好きな人が選ぶ白のニュアンスですね。ちなみに学生時代はどんな格好をしていましたか?
「美大以降、ずっと白と黒の服です。元々ベルギーブランドが好きで、建築的なアプローチ、コンセプチュアルアートのような服づくりに影響を受けました。私が住んでいたのが、ドイツ西側のデュッセルドルフという街で、オランダやベルギーが近く、車でよく遊びに行っていたんです」
──どんなものからインスピレーションを得ますか?
「アイリーン・グレイ、リチャード・セラなど、モダニズム建築、デザイン、ミニマルなアートが好きです。ミース・ファン・デル・ローエはシーズンテーマにしたこともありました。写真も好きで、ブラッサイなどの光と影が捉え方の美しい写真集をよく眺めています」
──2025年春夏シーズンのコレクションについて教えてください。
「昨年、久しぶりに旅行でドイツを再訪し、初めてバウハウスに行きましたが、すごくよくて、自分のデザインに通じていると改めて感じた機能美を、25年春夏は表現しています。紐が外せたり、バッグになるなどの機能的な要素はもともとあったのですが、まだできていないところもあったので、より使いやすく美しいデザインを考えました。カチューシャにつけたリボンも外せたり、リボンの先にカラーのようなお花のモチーフをつけたり」
帽子選びに迷ったら、まずはシーンを考えること

──帽子をかぶることに苦手意識がある人に、アドバイスをするなら?
「自分に何が似合うのかわからない人は、帽子をかぶりたいシチュエーションと頻度を考えれば、答えに近づけると思っています。防寒のためならニットがやっぱりいいですし、エントワフェインにはハットになっているニット帽もあるので、髪をペシャと潰したくない人にもおすすめです。服は上質なものがたくさんありますが、そこに帽子を合わせると急にカジュアルになってしまうことってあると思うんですが、そこに違和感なくスッとハマる帽子であるかどうかというのは、私もデザインする上で意識しています」
──欧米に比べて帽子を被る習慣があまりない日本で、クチュール的な帽子を浸透させるのは難しそうな気もします。
「もっとパーソナルなものとしてのクチュールを、オーダーメイドで対応していきたいと思っています。今ひとつ考えているのはウエディングライン。素敵なドレスはたくさんある一方で、ヘッドピースは選択肢が少なく、いいものがないからという理由で、ヘッドピースはつけない選択をする女性も少なくないようです」
──3型でスタートしたデビューから5年。次の5年に向けたヴィジョンは?
「私は職人の世界がすごく好きであると同時に、やっぱりデザインの部分こそが自分の強みなのだと、いろんな出会いや経験を通して、確信するようになりました。最初の5年はプレタポルテに集中するため、オートクチュールのシノナグモは休止状態になっていました。今、プレタポルテの地固めができたと思っているので、これからは先ほどお話ししたウエディングを含め、クチュールラインをリスタートしようと計画しているところです」
Photos:Hiroki Oe Interview&Text:Miwa Goroku Edit:Masumi Sasaki
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Instagram:@enrwurfein