松尾貴史が選ぶ今月の映画『教皇選挙』
カトリック教会の中心バチカンのトップに君臨するローマ教皇を決める教皇選挙(コンクラーベ)は世界中が固唾をのんで注目する一大イベントだ。外部からの介入や圧力を徹底的に遮断した完全なる秘密主義の選挙戦、その内幕とは。アカデミー賞脚色賞を受賞した映画『教皇選挙』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年4月号掲載)
スリリングで重厚な“根比べ”
日本では、長きにわたってバチカンのトップの呼称として「ローマ法王」という言葉が定着しているような感じでした。もちろん「法王」は、釈迦や如来などの仏教におけるトップを意味する言葉でもあり、聖徳太子に対する敬称でもありました。出家した上皇を「法王」と呼ぶこともあったようですが、最近はあまり見かけない表現です。ともあれ、「ローマ法王」よりも「ローマ教皇」という呼称が定着してきたことは歓迎すべきなのかもしれません。そして、そんなことを言っても無宗教の私が何を言っているのかという話ではあるのですが。
ローマ教皇だったパウロ2世は、世界中の占い師に「来年は何が起きるか」という予言の題材として、「ローマ法王が亡くなる」と毎年のように言われ続けたことでも有名です。「的中させたぜ」を材料に知名度を上げたい占い師たちの格好の材料にされてしまっていたのです。世界一小さな国とはいえバチカンの国家元首であり、世界中にいるカトリック信者十数億人のトップに立つわけですから、比類なき強大な権威ともなるわけです。
彼が亡くなった時に、宗教用語に疎い私が初めて知ったのは「コンクラーベ」という言葉でした。システィーナ礼拝堂の厚い扉の中に、世界中から集められた120人を上限とする枢機卿たちが互選の投票を繰り返します。誰かが有効投票数の3分の2の票を獲得するまで、何日でも投票のやり直しが繰り返されます。駄洒落ではなくまさに根比べなのです。
重責を担うたった一人を選ぶのですから、外部勢力の影響を受けないように、枢機卿たちは隔離された状態の中で、外界との接触を許されない状態で作業を続けなければなりません。それを繰り返すうち、各人の隠された過去や、人格的な問題、思想の偏りなどが次々と炙り出され、状況は刻々と変わっていきます。
ずいぶん地味な映画なのかしら、と冒頭で想像した私は自分の不明を恥じました。次から次へと予測がつかない状況になり、よくもここまで「展開が読めないこと」に心血を注いでくれたものです。
人類普遍のテーマも孕(はら)み、現代の時勢も描かれ、デジタル時代にこの閉鎖環境が成り立つのかという問題提起も含まれていると感
じました。伝統的なキリスト教の文化や権威を維持しつつ、現代社会の求める多様性への配慮など、まさに綱渡りをしなければならないのです。
音楽、衣装、環境を再現した美術の妙が素晴らしく、そこに説得力のある俳優たちの演技が命を与え、水面下で暗躍する生々しい政治的な動きや陰謀、情報操作など実にスリリングで重厚に描かれます。エキサイティングでスタイリッシュな珍しい映画体験をぜひなさいませ。
『教皇選挙』
監督/エドワード・ベルガー
出演/レイフ・ファインズ、スタンリー・トゥッチ、ジョン・リスゴー、イザベラ・ロッセリーニ
3月20日(木・祝)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国公開
https://cclv-movie.jp/
配給:キノフィルムズ
© 2024 Conclave Distribution, LLC.
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito
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