陶芸、墨絵、金工、竹工芸……伝統的な技法を用いながら自身の記憶や感覚を強みに新たな形を探求し、独自のスタイルを持つ現代の女性作家たちの作品を紹介。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年3月号掲載)
※本企画で紹介する女性作家たちの作品はNumero CLOSETにて展開中。
Yuka Ando|安藤由香
つかみどころのない色を追い求める果てなき陶芸の道
凛とした端正なフォルムに、繊細で複雑に絡み合うくすんだ色のグラデーション。陶芸家、安藤由香は釉薬をとことん追求する。土は釉薬との相性を前提に1、2種類に絞り込み、形にもそこまで強いこだわりはなく、釉薬の色を見せるための物質のように捉えているという。
「男性らしさと女性らしさが混在しているものや、真逆のものが共存する表現が好きなんです」というように、安藤の作品は、形はシンプルで理性的だが、感覚的でつかみどころのない色が特徴的だ。もともと服も身の回りも黒白ばかりだったが、色に目覚めたのは、陶芸の道を志すきっかけとなった丹波焼の山里の風景に感動した記憶や、後に過ごしたデンマークの空や海の美しさに魅了されたからかもしれないと振り返る。ロサンゼルスでの社会人経験を経て、陶芸の世界へ入り、デンマークに渡り、再び陶芸へと戻った。
安藤にとって陶芸とは「一回手から離れることが自分を駆り立てるんだと思います。たいがい目標を決めて行動に移す性格だからこそ、一度自分が突き放される感覚というか、委ねなければならない自分の中の葛藤や手に入らない感じがたまらないのだと思います。一生付き合える存在です」
(あんどう・ゆか)
陶芸家。1982年大阪府生まれ、兵庫県西宮市で育つ。カリフォルニア州立大学卒業後、ロサンゼルスで社会人生活を経て、陶芸を志し帰国。作陶を学び、丹波焼にて3年間修業。その後、デンマークへ渡る。2013年に独立後は富山県氷見市に工房を構え、現在は兵庫県丹波篠山市に拠点を移し活動中。Instagram:@yukaando
Lmrnuc|エルマルノウチ
糸と針で思いのままに描く、自分と向き合う時間
ミシン刺繍と手刺繍を組み合わせながら油絵のように糸を何層にも重ねて描き出す刺繍作家のエルマルノウチ。自由にミシンや手を動かす感覚はライブペイントに近い。「どうやったら自分の思い描くイメージに近づけるのか想像を膨らます中で現れる自分の中のカオスな状態が刺繍に出ていて、もっとシンプルな表現にも憧れますが、これが今の私のスタイルです」。
もともとファッションにルーツを持つエルマルノウチは、ヴィンテージのドレスの買い付けをしているときに、カフタンなど民族衣装に施された素晴らしい刺繍に感銘を受け、自分でも縫えたらいいなと思うようになったという。そこで心機一転、生まれ育った土地からあえて見知らぬ場所に拠点を移し、これまでの自分をリセットして本格的に刺繍で表現活動をしていくことに。
「刺繍をする時間はいろんな時代の自分と遊んでいるような感覚で、自分と向き合う時間になっています。見せることにとらわれず、楽しく続けたい。心地よさが全てです」。そんな彼女の自由さは、好きなミュージシャンの耳のクローズアップ、旅先で石を投げ入れた湖面の波紋、おじいさんとおばあさんのキスシーンといった独特のモチーフからもうかがえる。
(えるまるのうち)
ファッション関係の仕事を経て、古着屋でのヴィンテージドレスの買い付けがきっかけで刺繍に夢中になり、独学で縫い始める。
Instagram:@Lmrnuc
Midori Arai|新井緑
ボーダレスに広がる、自由な墨流しの可能性
水面に広げた墨や絵の具が生み出す色柄を、吸い上げるようにして紙などに写し取る墨流し。日本では平安時代の貴族たちが、川に墨を流して遊ぶようになったのが始まりといわれており、江戸時代には浮世絵の背景などにも広がっていった。海外にも同様の技法は古くから存在し、マーブリングと呼ばれている。「誰でもなんとなくの感覚でキレイにできてしまうから、広く楽しまれる一方で、技法そのものはほとんど発展していない。そこに自分が追求する意味がある」。
定期的に個展を開催し、2024年は等高線のような影を落とすアクリル板のシリーズで注目を集めた。水面で色をクラック(ひび割れの意)させる独自の技法を用いた作品は、石の断面を思わせる不思議な色柄を描き出す。それが自然の神秘なのか、あるいは人為的な演出なのか、見る側の感覚まで揺らすようなアプローチが特徴だ。
最近は、墨流しから起こしたデザインを彫るタトゥーアーティストとしても活動する。「10年の節目を迎える今年はいろんな職人さんと一緒に制作に取り組んでみたい。どんな相手の脇役にもなれるのが、墨流しのいいところです」
(あらい・みどり)
墨流し作家。“墨流し”の伝統技法を独自のスタイルで表現する作品を制作。水や色と向き合い、呼吸と自然の力を合わせながら描いていく模様は、偶発性を味方にすることで頭の中の構想を超えた作品を引き出す。アートチームDWS(Dirty Workers Studio)での活動のほか、個展にてアートワークの発表をはじめ、他分野のアーティストやブランドとのコラボレーションも多数。墨流しをデザインに起こしたタトゥーアーティストとしても活動中。Instagram:@midori_dws
Hitomi Abe|安部仁美
伝統の技とアートの隙間に芽吹く新しい竹工芸
室町時代から伝わる別府竹工芸の技法を用いた作品を制作する安部仁美。彼女が丁寧に編んだ竹工芸は、日常の道具としての役割を備えながらもアートピースのような存在感を放つ。
直球の伝統工芸とは一線を画す自由なクリエイションに、彼女が日本初の旗艦店立ち上げ時から「メゾン マルタン マルジェラ」で働いていた経験やファッション的アプローチを感じずにはいられない。「存在自体への興味を掻き立てる、心理学的なメゾンの考え方そのものに惚れ込んでいました。最も惹かれていたのはアーティザナル。古くなったものをまったく違うものに生まれ変わらせるという世界に魅了されたんです」。
安部にとって竹工芸は継承すべき伝統というよりもむしろ未知なるものを創造する表現の手段。海から顔を出した石に波が当たって泡立つ光景がフリルのように見えたことに着想を得た「ブリム」シリーズや、前髪をテーマにした「フリンジ」バスケットは、竹という素材の制約や伝統的な編み方をリスペクトしながら、オルタナティブな視点で遊び心を追求した。「パーソナルな記憶をたどりながら自由に自分を解放して、そこから広がっていくものづくりに挑戦することがとても楽しいんです」
(あべ・ひとみ)
大分県生まれ。竹工芸作家。女子美術大学短期大学にて染織を学ぶ。「Maison Martin Margiela」の旗艦店立ち上げメンバーとしてチームに参加後、大分県竹工芸訓練支援センターにて竹工芸を学ぶ。2023年10月にGALLERY ESCAPERSで初個展を開催。現在は大分県日出町のアトリエにて制作活動をしている。
Instagram:@a__hitomi
kanehen|カネヘン
金属の繊細なバランスと形の響き合いのハーモニー
「モビールは、重力とバランスと風という少ない要素の単純な原理なのに、とても複雑な動きをする点が面白い」。伝統工芸の鍛金(たんきん)を学び、「kanehen」として金属を叩いて生活の道具や身近な品を作る金工作家、宮島司緒里がモビールを主に制作し始めたのは数年前のこと。あるとき個展の際に、カトラリーやトレーだけでは平面的で展示空間が寂しく感じられ、間を埋めるためにモビールを作ったのがきっかけとなった。
当初はモビールといえばアレクサンダー・カルダーのイメージや、鍛金技術が不要なモビールを自分が作ることに躊躇があったが、数を作る中で自分なりのモビールの解釈を見つけた。鉄に比べて柔らかい真鍮素材を使用しているため自重でしなる繊細なバランス、金属そのままのテクスチャーや経年変化していく様を大切にし、黒色も塗装ではなく薬液により発色させるなど、随所に金属へのこだわりが見える。
「家で幼い子どもと向き合う日々に、台所に何げなく掛けてあった自作のフライパンを見てあらためて美しく感じられ、心がほぐれるような感動を受けました」。おのずと生活空間でのベストなサイズも決まっていった。kanehenにとってモビールは、家の中の植物のような存在だ。
(かねへん)
1971年生まれ。98年東京藝術大学 大学院美術研究科 鍛金専攻修了。2003年より長野県にて「kanehen」として生活の中の金工品を制作する。10年、岐阜県に拠点を移し、その後モビールを中心に制作。
Instagram:@kanehen_miya
jimashiori
Alia Sugawara|菅原ありあ
墨の濃淡で生み出すシュールな空想の世界
和紙に墨を用い、モノクロで表現するアーティスト菅原ありあ。心臓と一体化した珊瑚、体の部分が骨になっているトンボ、どこかシュールなモチーフは、生まれ育ったアリゾナの砂漠や北海道の自然の風景の記憶と、そこから浮かび上がる空想の世界との融合によって生み出される。
「子どもの頃から家族でホラー映画を見たり、一人で怖い絵や本を見るのが好きでした」と昔から不安や恐怖にドキドキする感覚を楽しんでいたという。そして大学時代に民藝や伝統工芸、日本画に触れ、その繊細さや自然との調和に惹かれ日本文化への興味が深まった。なかでも掛け軸の素晴らしさに魅了され、従来の堅苦しいイメージを払拭し、現代の生活空間でも飾れる掛け軸を作りたいと積極的に自分の作品にも取り入れている。
「頭の中の世界を描いていますが、そこには色も、音もない静けさが広がっています」。菅原ありあにとって墨絵とは、素の自分の内面や本質を表現するための手段なのだ。
(すがわら・ありあ)
北海道札幌市生まれ。墨絵アーティストで、モデルとしても活動。14歳までアメリカ・アリゾナで育ち、美術系の高校に進学、木炭デッサンを学ぶ。早稲田大学とユニバーシティ・オブ・ブリティッシュコロンビア(UBC)にて、植物や動物の生態、大地や岩石の形成、人間の脳の発達など、自然物に関する科学を学びながら、創作活動をしてきた。2022年初個展「ALTER ALIA」so1 gallery、24年ART FAIR TOKYO – GALLERY TARGET出展、個展「Black Water」SAI。
Instagram:@alia.sugawara
Photos:Ai Miwa Text:Miwa Goroku Edit&Text:Masumi Sasaki, Chiho Inoue