竹工芸作家 安部仁美が丁寧に編んだ作品は、日常の道具としての役割を備えながらもアートピースのような存在感を放つ。室町時代から伝わる別府竹工芸の職人技術を学び、竹という素材の制約や伝統的な編み方を踏襲しながらもオルタナティブな視点で遊び心を追求し、新しい表現に挑戦し続けている彼女は、なぜ竹工芸に魅せられたのか。その出合いや制作秘話を伺うと、確固たる自己表現のルーツが浮かび上がってきた。
これまで竹では作られたことのない、未知なものに挑戦したい
──安部さんが竹工芸の世界に入られたきっかけは?
「短大で染色や織物を学んでいたのですが、マルジェラに心を奪われ、パリのアトリエで働きたい一心で、卒業後は縫製会社などでアルバイトをしながら服飾の技術を身につけることに励んでいました。そんなときに、マルタン マルジェラ ジャパンができると知り、思い切って飛び込んで、日本の一号店の立ち上げスタッフとしてお店に立ちながらエントランスのディスプレイを担当したり、品質タグから椅子のスツールカバーまでいろいろなものを作ったりして。当時はメゾンのスタッフとの関わりや、お客さまとの関係性もとても深く、マルジェラの哲学を直接伝えられる立場にやりがいを感じる日々でした。
マルタンの考えを通して古くからの日本文化や自分が日本人であるということを意識することがあり、それと同時にかご編みに興味を持つようになり、自分自身の転機がやってきました。アメリカで活動されているバスケタリー作家の関島寿子さんの、植物の皮や繊維を使って『編む』ことや『組む』ことにフォーカスしたオブジェクトの作品がすごく自分の中で響いて。竹という素材に興味があるというより籠編みの技術と精神性みたいなものを学びたいトいう想いから11年間勤めたマルジェラを辞めた後、地元の大分県にある別府竹細工という伝統工芸を学べる学校を受験して入学し、かご編みの技術を学びました」
──マルジェラでいうところのコンセプトでクリエイションを発信していくという世界が自分の中に響いて、そのバスケタリー作家さんも同じようにそのコンセプトを持って作られているから興味を持たれたわけですね。
「そうですね。一つ一つに哲学があって。例えば当時のマルジェラの場合はメゾンの一貫した考え方として、心理学的でもあると思うんですが、まずは『顔を出さないこと』であるとか、『タグにブランド名を入れない』とか、『白いタグだけで表現する』といった方法で匿名性を持たせることで、よりそのクリエイション自体が際立って前に出ていて、存在自体への興味を掻き立てていました。クリエイションの中で最も惹かれていたのは『アーティザナル』で、古くなったものをまったく違うものに生まれ変わらせるという、あの世界にも本当に魅了されていたんです」
──現在でいうアップサイクルの先駆けですよね。手袋だったり、ウィッグのベストだったり、当時は奇想天外でした。
「自分が作る作品にも、そういった驚きを込めています。一見軽そうな竹の塊なのだけれども、手にしたときに石の重量を感じるだとか、素材のコントラストが面白いなと感じていて。あとは最近、役目のない端材が形を変えて生まれ変わるような作品を作っているのですが不意をつくような仕掛けも試みています」
──石を竹で包みたいと思ったのはなぜですか。
「箸置きを依頼されたことがきっかけです。小さい頃から海が大好きで、海に行くとどうしても石を拾ってしまうんです。そこで箸置きになりそうな石に出合いました。石を完全に巻き潰してみたらどうなるだろう?という興味からはじまり、石そのものの形の面白さにも気付き、石の力を借りて作っているような感覚です」
──石を拾われるのは満ち潮のときにだけだとお聞きしました。
「満月や新月のときは潮の満引きが大きくなるので、波で洗われた角の取れた石が比較的よく出てくるんです。あとは、時化のときに見つけることも多いです。竹が添いそうな石を吟味して自分の手の中で形を確かめて、違和感のない石だけを選んで持ち帰ります。竹ひごを巻きつける際、なかなか絡みにくいので竹ひごが放射状にひろがるように最初に五角形を作るんです。その五角形のことを作品の中に隠れている“星”と呼んでいます」
※こちらの作品はNumero CLOSETでお取り扱い中 Photos:Ai Miwa
──お話を伺うと、この作品がラッキーストーンやお守りのようにも見えてきますね。
「制作過程のストーリーを聞くと、また違う見方が生まれますよね。フリンジバッグの隠れたテーマは“前髪”で、このシリーズはいろんなアイテムで展開していきたいんです。本物の前髪を切りそえたように切りっぱなしになっているので、はねることも楽しんでいただけたらと思います。気になった場合は短く切り揃えていただいてもいい。普通のハサミだと縦に割れちゃうので、剪定バサミで切っていただければ大丈夫です。素材の経年変化も楽しみながら、使い手が作品にアクションをおこすこともコンセプトです。他には小さい頃から三つ編みが好きでテーマとしてあり三つ編みをした作品もあります」
※こちらの作品はNumero CLOSETにて受注生産でお取り扱い中 Photos:Ai Miwa
──もともとは違う目的で作られたものが、また新しいものとして次の目的を持つ、循環していくという考え方にも惹かれますか?
「まさにそうです。別のテーマを組み合わせることによって違うものに変わるというものでいうと、最近ブリムという作品も作っています。ブリムに見立てたパーツを籠に被せたり外したりすることができる、用途が変化するバスケットや石の作品があります」
──石の洋服ですね。石がドレスアップしているような、装飾的な作品ですね。
「ブリムを被せた状態がフリルのように見えたので、ストーンジャボっていう名前をつけています。ジャボはフランス語で、フリルという意味があるので、名前の響きが気に入っています。ブリムのシリーズは多用途に使うことができ、使う人によっても生まれ変わったり、いろんな使い道が広がっていくと思います。フリルやフリンジなど装飾的なテーマに沿って作ることが今はとても楽しくて。竹工芸は伝統的な技術であり、ものをいれる実用の道具がベースにあります。それに装飾的な何かを加えるのは華美だという考え方もあると思うんですが、古いものを辿るとまたとても斬新なものもあったりするんです。道具としてのかごに洋服としての装飾を組み合わせたときにどんなふうに映るのかが面白くて探究している最中です」
──竹工芸本来の道具としての役割を備えつつ自分なりの解釈を加えているということですね。ファッションを通ってきた視点から、職人や伝統工芸の世界の違いを感じたことはありますか。
「洋服は生地、デザイン、パターンと多くが分業ですよね。その点、竹工芸は竹材が手に入ればデザインから素材加工、編む、仕上げはほとんど手作業で一人で完結することができます。共通するところは、技術の上に成り立つということ。素材を知り活かせるよう技術の追求。その過程においてはとても地道で孤独な作業があります。そして人が使うことを前提としてある。洋服もかごも、サイズ感がとても大切だと思います」

──装飾やデザインが前に出すぎるとバランスが崩れるわけですね。
「はい。一般的な竹かごはしっかりと密に編まれて均等なのが美しい佇まいだと思います。寸法というより、人の目で見たときに、違和感なくできているかどうかも大事で。使う竹の性格もさまざまで、そもそも真っすぐでない竹を真っ直ぐになるように編んでかごを作るのはとても難しいことで、素材を熟知し技術の追求は一生かかることだと思います。でも私としては職人的な追求よりも、竹という素材で新しい表現のアプローチをしていけたらと考えています」
──人間国宝とされるような作家さんを目指しているわけではないと。
「その境地に至るのは、竹の素材をよく理解しているということだと思うんです。まだまだ私はわからないことだらけで、竹に聞きながら作っています。自分の作風や考え方も伝統工芸を追求するというよりも、その技術を使って自分の世界を表現しているといいますか、竹工芸は手段なんだと思います」
──このクラッチバッグみたいなかごもファッションピースのようですよね。でもインスピレーションは最中なんだとか。
「そうなんです(笑)。作ったものが最中のように美味しそうに見えることがあります。美味しそうなものシリーズです。最中の他にもボンボンという、キャンディのような形の作品もあります。
これ(もふもふした石)もやはり美味しそうなきなこのおはぎのようなイメージ。使用している繊維は竹ひごの両端を面取りして出てくる端材なんですが、私たちにとっては日常的に見ていて捨ててしまう素材でも、竹工芸を知らない方には竹を知ってもらうためのツールにもなるかなと思って」
──竹ひごからご自身で作るのですね。さすがに竹を採取したりはしないですよね。
「私は竹材屋さんから購入していますが、どこも高齢化で廃業され、今後手に入りにくくなる懸念があるので、最近は作り手自ら山へ入って竹を切って加工している方々もいらっしゃいます。竹材屋さんは竹林を管理して、竹材を卸してくれるんですが、青い竹を苛性ソーダを使って煮沸をして油抜きし、1ヶ月くらい干すと乾燥した竹になります。そうしてカビが生えにくくなった竹材を長さを揃えて販売してくださるんです。竹工芸には表面の薄い部分だけを使うのですが真竹(まだけ)が金属に匹敵するぐらい強いし、弾力性が竹の中でもいちばんなのでこういう編む作業にも向いているんです」
──伝統工芸品を継承したり、発信していくという意識はありますか?
「背負って立つというよりは、どちらかというと伝統的なものに対するオルタナティブな視点で作品づくりをしている部分もあります。フリンジバッグも網代編みという伝統的な編み方で作っていますが、カチッと揃えながら編むのがよしとされる世界の中で、ひごがカサカサ揺れたり音が出たりするところに自分なりの挑戦や提案があるのかなと。自分は言葉で表現することが得意ではないので、表現の手段としてこの技術を使わせてもらっているという思いがあります」
──絵が得意だったらキャンバスに絵を描くし、竹工芸という手段が安部さんにはフィットしたということですね。訓練校にはどのくらい通われたのですか。
「まずはひご取りから学んで、1年間で8種類の基本的な編み方を学び、最後は自分の作りたい 作品を作って卒業するんです。卒業後は別府市竹細工伝統産業会館という竹の美術館のような施設に採用されて、作品説明をしたりワークショップで教える仕事に3年ぐらい就いていたんですが、その間に、40年以上も竹工芸の世界にいらっしゃる作家さんに出会って、その方のの教室に4年ほど通いました。先生は伝統的に漆をかけた作品をモダン仕上げた作品を作っていらっしゃるんですけど『美術工芸、伝統工芸とあるけれど、あなたの場合はその“隙間”じゃない?』と言っていただいたことがあって、自分でも確かに“隙間”を目指しているように感じていたんです。その言葉が響きました。技術を極めつつ表現することは本当に果てしなくて、一生かけていくほどですが自由に自分を解放して、テーマを設けて、そこから広がっていくものを作っていくことが今はとても楽しいです」
──次々にアイデアが浮かんでくるタイプですか?
「個展をする前の時間はまずスケッチをたくさん描き、それをずらっと壁に貼って並べ具体的な形を決めたり、連想する言葉を書いてみたりします。思いついたときに『ここは短く』とか『こんなバランス』だとかを書き込んでいくことで、イメージが広がっていくんです。時間との戦いでもあり、作りたいものと自分の技術でできることの落としどころを見つける作業は泣きそうになるぐらい苦しいんですけど、いつも未知なものに挑戦したいと思っていて、それは楽しく高揚感もあります。
毎朝海岸を歩くんですが、自然の中って毎日景色が違うじゃないですか。太陽の光が海に反射してキラキラ輝いたり、風が吹いてさざ波立ったり、鳥が渡っていったり。石が海から顔を出して、波が当たって波紋が広がる光景が、私にはフリルのように見えて、竹のブリムにつながったりするんです。そういう日常の風景と、スケッチを見ながら広がっていくような感覚、それから、母が編んでくれた三つ編みの質感だったり、昔みたサーカスの記憶だったり小さい頃から見てきたものや残っている記憶を辿るようなこともあります」
──まだ竹で表現されてないものだから、創作意欲をかきたてられるわけですね。今作ろうかなと考えられているものはありますか?
「たくさんあるのですが、やはり髪の毛のテーマで竹のウイッグのようなものをオブジェクトとしても作りたいと考えていて2年ほど前から構想を練っていいます。竹ではないものを使う選択肢もあるかとは思いますが自分への挑戦もあり今は竹だけで表現したいなと探求を続けています。
私の作るものはどちらかというと自分の中にあるものからスタートしていて、パーソナルなものだと思うんです。結果的に、広い世界や他者に結びつくかもしれないですが、それを理解してくださる人がいたらそれは大変ありがたいことです」
──そのフリンジのウィッグをショーで見てみたいです。昔マルジェラのショーで、会場が真っ暗でモデルの顔がわからなかったり、声だけが背景に聞こえたりといった、すごくシュールな演出がありましたよね。ファッションやアートに比べて工芸でシュールな表現というのはなんとなく珍しい印象で、その先生がおっしゃった「隙間」が「美術と工芸の境界線」なのだなと納得しました。
「シュールはテーマかもしれないですね。日常と非日常のあいだにあるようなもの、そういう空気感みたいなものを表現したいなと思っています」