デビュー作『あみこ』で注目を集め、『ナミビアの砂漠』では第77回カンヌ国際映画祭・国際映画批評家連盟賞を受賞。国内でも数々の賞を総なめにしている新鋭・山中瑶子に自身のクリエイティブの根底にある思いを聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年3月号掲載)

──『ナミビアの砂漠』は山中さんにとってどのような作品になりましたか。
「初監督作『あみこ』では公開から数年たっても、作品が手から離れていく感覚がわからなかったのですが、『ナミビアの砂漠』はすぐにすがすがしく飛んでいきました。まるで、丁寧に折った紙ヒコーキみたいに。あまりにも感想が千差万別で、いい意味で『どう受け取られてもいい』と思えたことも大きいと思います」
──印象的な感想は?
「たくさんありますが、主人公カナのことを呼び捨てではなく、カナちゃん/カナさんって呼んでくれる人の感想を読むのが楽しかったですね。その人の世界で実在しているようだと思いました。もちろん、親しみを込めて呼び捨てにしてくださる方の感想も」
心のありようが出てしまう、不器用な人を見たい
──山中さんが描く女性像は混沌としているけれど信念があり、そのありように励まされます。自身が作った女性キャラクターが誰かの憧れになることについて、どう思いますか。
「私自身が『好きだな』と思える女性を意識して書いています。例えばカナは自分の心に従おうとした結果、常に少し不機嫌。それは、女性が不機嫌になって当然の社会構造があるから当たり前だと思うのですが、多くの女性は早くから社会化された存在になるよう要請されて、器用に生きなくてはいけないところがあります。漫画家の瀧波ユカリさんが『着ぐるみを着させられている』と表現していましたが、多分そのほうがスムーズなんです。それでも、心のありようがそのまま出てしまうのはもがいている証拠で、そういう不機嫌な人を映画で見たいと思っています」
──インスピレーションになったという72年の映画『ペトラ・フォン・カントの苦い涙』の主人公も不機嫌で、自分勝手で、最高でした。女性を描く上で譲れないことはありますか。
「あえて実在感がない映画も好きですが、所作の部分で『こんな女性いるか?』と感じる人は描かないようにしているかもしれません。意識的ではなく自然とですが。ただ、リアリティを求めているのではなく、その映画の世界に適した台詞を試行錯誤しながら書いています」
──“変化を恐れず挑戦を続ける人”というテーマを山中さんに重ねたとき、過去のインタビューでの「違和感を覚えたら、勇気を振り絞ってやめてきました」という話を思い出しました。一見後ろ向きな姿勢が挑戦に向かわせることもあるのではないかと思ったのですが、「挑戦」についてどう思われますか。
「挑戦=オリンピックというイメージがありますね(笑)。でも、確かに私が今までしてきたことは挑戦とは思えなくて、そうせざるを得なかった結果、気づいたら進んでいたことがほとんどです。前を向いて進み続けるのはしんどいですし、後ろ向きな気持ちにも従いたい。ただ、自分の心がわからなくなることもあるので、そういうときは休養します。実際、『ナミビアの砂漠』の撮影前に数年休んでいました」
──休養中の過ごし方は?
「それこそ、すごく不機嫌でした。親とけんかしたり、身の回りの人に当たり散らしたり(笑)。動き出すのに長い時間がかかってしまうタイプですが、振り返れば無駄な時間も必要だったと思います。でも、後ろを向いて立ち止まってばかりだけど、進んでいるって不思議ですよね。前後が逆になったのか、振り返った先に方向転換して進んだのか。周りが走っていたら焦ったかもしれませんが、当時はコロナ禍で社会全体が止まっていたタイミングも重なって、無理やり走り続けるよりは立ち止まることを選べてよかったです」
相いれない人との“間”を知りたい
──一方で、映画祭の受賞スピーチで社会情勢に言及するなど、対社会的には「どうしようもない」と後ろ向きな気持ちを見せない意識を感じます。映画と社会の関係を、どのように考えていますか。
「洋服でも雑誌でも、作り手は作品が社会にどんな影響を及ぼすのかを考えると思うのですが、映画は言葉にならないような感情を預けるメディアだとも思うので、作って終わりではなく、製作者がスタンスや考えを表明しないといけない部分があります。世界がよくなってほしいから映画を作り、映画は世界と接続しなければならないものなのに、表彰式で『スタッフ、キャストに感謝です』という定型句だけでは、あの大きな場を利用できていないと思います。
最近は『絶対に気が合わないだろう』と思う人とも話をしたいと思えてきて。昨年タワマン文学と称されている作家の麻布競馬場さんとお会いする機会がありました。SNSなどから冷笑系のイメージがあり、勝手に苦手意識を持っていたのですが、実際にお会いしたらめちゃくちゃ熱くて丁寧な方でした。相いれなさそうな人を、知る前から『理解できない』と距離を取るのではなく、人と人の関わりには白か黒かではない“間”があるはず。だからこそ話して、相手や自分の中にある揺らぎを知りたいですし、どうしようもないこともやりようがあるのかもしれないとポジティブに考えるようになりました」
──映画祭や憧れのロウ・イエ監督、作家の金原ひとみさんなど出会いに恵まれた一年だったと思いますが、次作につながるものはありましたか。
「いい出会いがインスピレーションやエネルギーになったりしますが、私は出力に時間がかかるので次作のアイデアがすぐに湧くことはないです。ピュアに、その人を知りたいという気持ちが大きかったので、映画のことはあまり考えないようにしていました」
──山中さんは映画を撮る理由についてどう考えていますか。
「答えるのが難しいですが、日本は年間1000本余りの新作が公開されているので、自然と“Not for me”みたいな作品の割合が大きくなっていきますよね。正直なところ、一本も見たい新作映画がないときもある。結局、自分の見たい映画は自分で作るしかないんだ、というシンプルな気持ちに立ち返るのかもしれません」
──山中さんの今後について、新たな予定はありますか。
「まだ情報解禁できるものがないのですが、今はこれまで断っていたような案件にもトライするようにしています。しいたけ占いの昨年の下半期に『なんでもやってみよう』とあったので、そのとおりに(笑)。やってくださいと言われたことを全うする自分も意外と嫌じゃないと気づけたのは、大きな収穫でした」
Photo:Motohiko Hasui Styling:Yoshiko Kishimoto Hair & Makeup:Misato Awaji Interview & Text:Yoko Hasada Edit:Miyu Kadota
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