ミシュランスターシェフによる奈良のオーベルジュ「VILLA COMMUNICO」で体感する美食の真髄
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ミシュランスターシェフによる奈良のオーベルジュ「VILLA COMMUNICO」で体感する美食の真髄

京都、大阪に比べ宿泊施設の数が少なく、なかなか滞在先を選ぶのにも苦労してきた奈良。そんな奈良に目的地としてわざわざ足を運びたいオーベルジュが、2024年9月にオープンした。それがミシュランスターシェフの堀田大樹氏が手掛ける「VILLA COMMUNICO(ヴィラ コムニコ)」だ。

若草山の麓、奈良公園内に佇む全5室のオーベルジュ

「VILLA COMMUNICO」があるのは、奈良公園内の若草山山麓。近鉄奈良駅から車で10分ほどとアクセスが良いものの自然に恵まれている上、春日大社は徒歩5分、東大寺も徒歩圏内で観光にも便利な立地だ。

建物は昭和20年代に建てられて以降、増改築が繰り返されてきた古民家を改修。歴史を感じる外観から一転、中へと足を踏み入れると洞窟のような丸みを帯びたアーチや階段など、モダンで温かな雰囲気へと様変わりする。

デザインコンセプトは、シェフが好きなアメリカの女性画家であるジョージア・オキーフがニューメキシコ州に構えていた邸宅がモチーフだ。1階から2階にかけての吹き抜けに設けられたシャンデリアは、「お水取り」の名で知られる東大寺二月堂の修二会で使われるたいまつをイメージしている。こちらは『グランメゾン東京』の撮影で用いられたことでも知られる、奈良の「NEW LIGHT POTTERY」によるオーダーメイド品だ。

チェックインは大正時代の歴史的な意匠を感じる、2階の宿泊者専用ラウンジで行う。一面の窓の外には、四季折々で表情を変える若草山の風景が広がり、行きかう鹿たちの姿に心も和む。

チェックイン手続きをしながら味わえるのが、「沖縄ティーファクトリー」が手掛ける大和橘を使ったアールグレイと、三笠焼きと呼ばれる自家製のどら焼き。大和橘は奈良で育つ、日本最古の柑橘だ。三笠焼きは、シェリービネガーで炊いた黒豆と、火のついた薪を沈めてから濾したスモーキーなクリームを合わせている。

ちなみにこのラウンジは、滞在中自由に利用することが可能だ。スパークリングワインやビール、コーヒーや紅茶などのドリンクを自由に味わうことができる。

それぞれの客室は、火(ignis)・水(aqua)・土(solo)・風(ventus)・木(lignum)という自然を構成する5つのエレメントをコンセプトにデザイン。

今回私が宿泊した「木(lignum)」は、ベッドルームとバスルームの向こうに、木を用いたアートが展示されており、自然との共存を感じられるお部屋だった。

イタリアン、フレンチ、スパニッシュの経験を積んだシェフが挑む、奈良ならではの薪火料理

オーベルジュの顔とも言える堀田シェフは、奈良県帯解出身。大学卒業後にイタリアのトスカーナでイタリア料理と語学を学んだ後、ボローニャの「イル・ソーレ」で研鑽を積んだ。帰国後は京都の「カノビアーノ」や 奈良「イ・ルンガ」などのイタリアンで修業し、京都「ランベリー ナオトキシモト」ではフランス料理も経験。2018年に独立し、奈良の東生駒で「communico(コムニコ)」をオープンし、2022年および2023年『ミシュランガイド奈良特別版』で一つ星に輝いたほか、2019年より4年連続で『ゴ・エ・ミヨ』にて2トックを獲得している。

そんな堀田シェフが新たに挑むのが、薪火料理だ。奈良は若草山の山焼きや、東大寺のお水取りなど、古くから火に親しんできた歴史を持つ。「この土地でオーベルジュを営むならば原始的な炎を使う薪火料理に挑戦したい」と堀田シェフは考えた。そこで開業前にはスペインのバスク地方にある薪火料理の名店「チスパ」の前田哲郎氏の下で、修業を積んだ。「VILLA COMMUNICO」では薪火を熱源とし、ローカル食材や発酵や熟成といった技法を用いた料理を提供する。

地元産食材を用い、熟成や発酵も取り入れた「奈良ガストロノミー」を体現したディナー

レストランは、若草山の山焼きに着想を得たオーダーメイドの薪台を囲むように作られたオープンキッチンスタイル。レストランの予約は宿泊者優先だが、宿泊で埋まっていない場合、ディナーであればビジターの予約も可能となっている。

ディナーは3種のアミューズに始まり、食後のミニャルディーズまで全12品。料理に合わせてアルコールやノンアルコールのペアリングコースも付けられる。

訪れた1月は、ビーツで出来たカップに盛られた美和馬のタルタルや、さつまいもとカチョカバロというチーズに生駒のイノブタの生ハムをのせたワンスプーン、ヒノヒカリの玄米で作ったおこしに、シェリー酒とポルチーニの出汁で甘露煮のように仕上げたアマゴをトッピングしたフィンガーフードでコースがスタートした。

「生まれたてのモッツァレラ キャビア」は通年提供されるシグネチャーメニュー。奈良市の植村牧場から毎朝届く新鮮な牛乳を使い、提供する直前に練った出来立ての温かなモッツァレラが振舞われる。キャビアは昆布締めにしてからスモークされているため、ペアリングの日本酒「篠峯 吟和中取り 純米大吟醸」への架け橋のような役割を果たしていた。

続く冷前菜では、藁焼きや発酵技術が光っていた。和歌山県産のシマアジを皮目は薪火で火入れし、仕上げに藁火の中に放り込み、香り付けを施している。合わせるのは奈良県産のカブを乳酸発酵させたものと、トマトのコンソメに漬け込んだレタス。サルサソースもあいまり、藁焼きながらメキシカンな趣も感じる。

個人的に印象的だったのが、奈良県天理市にあるハラサワファームから仕入れたニンジンを使った一品。低温のオーブンで火入れしてセミドライのように仕上げたニンジンを、バターとバラとともに薪でローストしている。ニンジンは蜜がたっぷりの焼きイモのような食感と甘さ、ほろ苦さだ。添えるのはバラの花びらのピクルスと、倭鴨のレバームース。ニンジンは皮目にうま味をたたえており、大地の力強さを感じる。バラやオレンジのような香りを持つ、フランス・アルザスのオレンジワイン「ジェ・ジェ・ジェ フォリー 2022」と合わせることで、キャロットラペのような味わいへと変化するのも楽しい。

その後、大和太ネギをバターとブイヨンで甘く仕上げ、イタリア・トスカーナ産の白トリュフを削りかけ、塩と麹を使った醤油をまとわせて薪火調理をしたタラの白子の料理が登場。奈良名物の三輪そうめんならぬ「三輪手延べパスタ」に、アオリイカ、ハーブとスパイスを使ったチーマ・ディ・ラーパソースを合わせたパスタは、エスニックな風情が漂う。たっぷりのルッコラやコリアンダーの葉のフレッシュな青さも心地よい。

冬の山の幸が詰め込まれていたのが、ローストした里芋のペーストや倭鴨が入ったトルテッリだ。椎茸と倭鴨でとった出汁の中にはゴボウやむかごが入っており、フランス産黒トリュフのスライスが土っぽさと高貴な香りを添えていた。続く黒鮑は薪火の香りをまとっており、奈良の蓮根餅、ケールの一種であるカーボロネロの芯の出汁と鮑の肝のソースが存在感を放つ。

メインは精肉店の名店として知られる「サカエヤ」の新保さんが手当てした経産黒毛和牛サーロイン。スペイン・バスクの岩塩で下味をつけ、薪火で脂を落としながら焼き上げている。サーロインでありながら経産牛のためサシが強すぎず、火入れの妙もあり質の高い赤身肉の様な味わいだ。

食後は和歌山藏光農園のゆらわせみかんのグラニテでリフレッシュ。金木犀をつけたハチミツで奈良の吉野柿をマリネし、カスタードクリームと自家製の柿酢、奈良県産のサフランを合わせた香り豊かな一品だ。続く菊芋のアイスとアマゾンカカオのテリーヌも、菊芋チップスの香ばしい苦みやフルーティーで力強い味わいのアマゾンカカオのハーモニーが面白い。

ミニャルディーズには奈良の明日香村にある「のらのわ耕舎」の白い黄身プリンに、大和橘のコンフィチュールとカルダモンを合わせたブリュレ、自家製サワークリームや新生姜のソース、ホワイトバルサミコで和えたキウイのタルトが登場。食後のドリンクには、フレッシュなハーブティーや奈良のスペシャリティコーヒー専門店「ロクメイコーヒー」のスペシャルブレンドコーヒー、「沖縄ティーファクトリー」の紅茶からお好みを選ぶことができる。

ディナーの食体験が生きた、サステナブルで心身が喜ぶ朝食

朝食でも、ディナーから紡がれた食の物語が続く。例えば奈良名物の茶粥が振舞われるのだが、こちらはディナーを作る際に出てしまった野菜の端材を使った出汁を毎日継ぎ足しており、「沖縄ティーファクトリー」の紅茶の出がらしを加えて作り上げている。トッピングのクルトンは、昨晩バケットとして登場したものを利活用するなど、サステナブルな取り組みも多い。

また「のらのわ耕舎」の温泉卵や、奈良県産のサフランを使った大和まなの一品など、使用している食材や調味料などもディナーとリンクしている。品数の多いディナーを食べた翌朝でも、スルリと身体に染み渡るような、優しい味わいの料理たちに自然と顔がほころぶ。

この日は、食後に藏光農園のみかんのコンフィチュールを添えた自家製チーズケーキが登場。合わせるハンドドリップコーヒーも再び「ロクメイコーヒー」だが、実はディナーや客室にあるものとは異なるブレンドなんだそう。ディナーを食べたからこそ真価を発揮する朝食の内容に、滞在することで一つの食の物語が完成するオーベルジュならではの魅力を感じた。

ローカルな食材を使い、熟成や発酵の技術も取り入れ、薪火を使いながらもイタリアンやフレンチ、和食など様々な調理法や技法で新たな食の境地を開拓している「VILLA COMMUNICO」。日本各地からもアクセスしやすい立地ながら、自然にも恵まれ、静かな大和時間も約束してくれる。世界中のフーディーで予約がいっぱいになる日もそう遠くなさそうだ。

VILLA COMMUNICO(ヴィラ コムニコ)
住所/奈良県奈良市雑司町486-5
TEL/050-3176-1787
URL/https://villa-communico.com

Photos & Text:Riho Nakamori

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