「マネスキン」のヴィクトリア・デ・アンジェリス|2025年、新時代を創る女性10人 | Numero TOKYO
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「マネスキン」のヴィクトリア・デ・アンジェリス|2025年、新時代を創る女性10人

世界を席巻するロックバンド、マネスキンのメンバー、ヴィクトリア・デ・アンジェリス。彼女は性別を超越した新ロックアイコンを体現する。その革新性と魅力を元ロッキング・オン編集長でライターの粉川しのがひもとく。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年3月号掲載

© Francis Delacroix
© Francis Delacroix

「紅一点」とは、今ではずいぶん古びて聞こえる慣用句ではあるが、それでも社会のあらゆる組織、集団において女性がマイノリティである状況、その場の華やお飾りとして、もしくはトークンとして扱われる紅一点的な状況が、いまだに散見されるのも事実だろう。それは一見して進歩的な、もしくは進歩的であるべきポップカルチャー/ポップミュージックの領域においても、残念ながら同様だ。

特に顕著なのがロックバンドというフォーマットだ。ロックバンドは長らく白人男性による寡占状態が続いた、極めてホモソーシャルな表現形態だったと言っていい。紅一点の構図もごく一般的で、女性メンバーがファンから過度に性的なまなざしを向けられる例や、寡黙でミステリアスな存在として異化された例も枚挙にいとまがない。

しかし今、状況は大きく変わりつつある。2010年代後半頃から、つまりZ世代がバンドシーンに台頭し始めてから、人種の多様化とジェンダーの公平化は、促されるまでもなく自然に加速し続けて今に至っている。バンドの意識が変わり、オーディエンスの意識も変わった。そして、そんな新時代のバンド・ウーマンを象徴する存在が、マネスキンのベーシストであるヴィクトリア・デ・アンジェリスだ。25年の今、アティチュード、ヴィジュアルの両面において、彼女ほど鮮やかにネオ・フェミニニティを体現するロックアイコンは他にいないと言っていいだろう。

©Ilaria ieie
©Ilaria ieie

「ヴィク」の愛称で親しまれているヴィクトリアは、00年生まれの現在24歳。イタリア人の父とデンマーク人の母を持ち、ローマで生まれ育った。ちなみにマネスキンとはデンマーク語で「月光」の意味で、ここにもイタリア語、デンマーク語、英語のトリリンガルである彼女のバックグラウンドが生かされている。

ヴィクトリアがトーマス・ラッジ(G)とバンドを結成したのは弱冠15歳のとき。後にダミアーノ・デイヴィッド(Vo)、イーサン・トルキオ(Dr)が加入し、16年からマネスキンとしての活動をスタートさせている。つまり、彼女はバンドの創設メンバーであり、バンド名の決定にも大きな役割を果たした、マネスキンの中核を担う存在だ。

ユーロヴィジョンソング・コンテスト(21年)での優勝をきっかけに世界的大ブレイクを果たし、24年にはサマーソニックでヘッドライナーを務め、超満員の観衆を沸かせたマネスキンは、ご存じのとおり今世界で最も勢いのあるロックバンド。そんなマネスキンにおいて、ヴィクトリアは「女性だから」「華があるから」目立つポジションにいるわけではない。

マネスキンに何度か取材した筆者の印象では、彼女はプレスの矢面に立てるバンドきってのスポークスパーソンであり、4人のまとめ役であり、メンバーの中で最も戦略的な思考を持つ人でもある。昔ならば「男勝り」なんて形容されたタイプかもしれない。でも、今はもうそんな時代ではない。そもそもマネスキンはそうしたジェンダーコードを意識的に踏み抜くことで、旧価値観からの自己解放を求める世代に、ロックバンド2.0として熱狂的に支持されてきたバンドだった。

女らしさも男らしさも私次第

©Ilaria Ieie
©Ilaria Ieie

そんなヴィクトリアとマネスキンのジェンダー解放のアティチュードは、彼らの強烈なヴィジュアルの力によって、瞬く間にオーバーグラウンドを席巻した。例えば、アレッサンドロ・ミケーレの立ち合いのもとで行われたアルバム『ラッシュ!』(23年)のリリースパーティーは結婚式を模して開催され、ヴィクトリアが新郎のタキシードを着て、イーサンがウエディングドレスを着た。ステージではダミアーノがレースを纏い、ハイヒールを履く一方で、ヴィクトリアはマスキュリンなスーツを着ることもある。しかしそのスーツは太ももで大きくカットされていて、下からはガーターベルトが覗いたりもする。

また、ヴィクトリアはギタリストのトーマスと競い合うように、破天荒なロックスターらしいステージングを見せたかと思えば、スラッピングをほとんど使わないベースプレイ自体に派手さはなく、その指先はエレガントにすら見える。そうした彼女たちの表層が伝えるメッセージは明確だ。つまり、男女を問わず、誰もが「紅」にも、「白」にもなり得るということ。フェミニニティやマスキュリニティは規範ではなく、もっとフリュイドかつ感覚的なものであるべきだということだ。

22年のサマーソニック初出演時のように、ヴィクトリアはステージでトップレスになることも少なくない。彼女のsnsには際どいセクシーショットがあふれ、バイセクシュアルを公言し、ガールフレンドとのキス・シーンも躊躇わずにアップする。ヴィクトリアのインスタグラムには、彼女のやり方に対する批判のコメントも頻繁に寄せられている。フェミニストを自称する進歩的な人々からの「性の商品化」「“女らしさ”に後退している」という苦情も少なくない。また、彼女の母国イタリアは今、右派の政権下で根深い保守思想が顕在化しており「自分の国とはいえ、時々息苦しさを感じる」とヴィクトリアは言う。

そうした現状に対し、22年の本誌のインタビューで、彼女は次のように語っていた。「22年になった今日においても、女性の体は性的なものとして判断されているので、そのことについて何か変化がなければならないと思う。私たちは、誰もが自分の体をどう見せようと自由であるべきで、そのために特別視される必要はないと考えているの。だから私も自分の体を使って自由なメッセージを送ろうと思っている。上半身裸でプレイすることは他の男性がやっていることと変わらないはずなのに、女性が同じことをすると、注目を浴びたいからとか、あるいは才能がないからと思われてしまうのよね」

©Ilaria Ieie
©Ilaria Ieie

そう、前述のコンサバティブ、リベラル双方からのヴィクトリアへの批判は、いずれもジェンダーの非均衡にとらわれたものだ。女性がセクシーであることも、そうでないことも、男性同様に自己決定の範囲であるべきで、その時々の気分としてのフェミニニティを選ぶことは決して後退ではない。私がどんな自分であるのかを決めるのは社会からの要求でも、あなたでもない。女らしい私も、男らしい私も、「私」の産物であるべきなのだと、ヴィクトリア・デ・アンジェリスは、マネスキンと彼女の全てを使って宣言している。

ヴィクトリアは今、マネスキンに加えて自身のDJプロジェクトも進行させている。ロックバンド同様に、長らく男性支配的であるクラブシーンに、彼女がどんな新風を巻き起こしてくれるのか、楽しみでならない。

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Text:Shino Kokawa Edit:Mariko Kimbara

Profile

ヴィクトリア・デ・アンジェリス Victoria De Angelis 2000年、イタリア・ローマ生まれ。16年、ロックバンド、マネスキンのベーシストとしてデビュー。24年3月からバンド活動と並行してエレクトロニックの探究を深め、DJツアーを敢行。8月にソロデビューシングル「ゲット・アップ・ビッチ!シェイク・ヤ・アス(ウィズ・アニッタ)」を配信リリース。マネスキンとしてヘッドライナーを務めた日本最大級の音楽フェスティバル「サマーソニック 2024」の前夜祭「ソニックマニア 2024」でもDJ公演を行った。11月にはセカンドシングル「RATATA」を発表。

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