松尾貴史が選ぶ今月の映画『みんな笑え』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画『みんな笑え』

落語家の斎藤太紋(野辺富三)は、父(渡辺哲)から萬大亭勘太を襲名した二代目。ウケもしない自作の新作落語ばかりを続けている太紋はまったく人気がない。そんなある日、売れない若手漫才師の濱本希子(辻凪子)が寄席で太紋の高座を鑑賞し、師匠として仰ぐようになる…。映画『みんな笑え』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2025年3月号掲載)

不器用、ここに極まれり

落語を題材にした映画やドラマは数々あるけれども、この『みんな笑え』ほど、何とかしてやりたくなる主人公はいたでしょうか。不器用で、不器用で、そのうえ不器用……、というどうしようもない落語家なのですが、人間としても全くそのようです。彼の足掻く無様を、最初は呆れて見ていたのに、どのあたりからか、どうにも助けてやりたくなるもどかしさが続くのです。

主役の野辺富三という俳優は初めて知りましたが、キャリアのある方のようです。この人の演技が達者、とはまるで言えないほどにリアルな訥弁で、最初から演技であるということを忘れてしまうほどの「迫真の不器用」なのです。

彼・二代目勘太は、聴いてもつまらない野球ネタの新作落語を毎度毎度高座にかけるのです。客はくすりともしないし、サゲ(落ち)を言って引っ込む時も拍手はほとんど起きません。ある意味凄まじいばかりの精神力だとも思えます。芸人がある瞬間を境に大きく成長することを「化ける」と言いますが、この人物にはそんな瞬間が訪れることは絶対になさそうです。

そのつまらない演題に漫才師志望の若い女性が影響を受けて、自分たちの漫才にその構成を取り入れようとするところから関わり合いが始まります。漫才師の二人、希子と千恵を演じるのが辻凪子と今川宇宙なのですが、若い二人のこれまたリアルな世界作りに舌を巻きます。余談ですが、辻凪子の名前に見覚えがあると思ったら、京都芸術大学で私が映画学科の客員教授だった時の教え子でした。何もしていないのに勝手に誇らしく思っている遠い親戚のような気持ちです。今川宇宙は都会的な容貌と居住まいの美しさが、どこかお父さまの故・西郷輝彦氏を思い出させます。

その女性の母親を演じるのが、名優の片岡礼子です。この人が登場するだけでスクリーンが引き締まるのですね、心地よい緊張感です。彼女の纏う、事情や過去を感じさせる刃物のような存在感は得難いものです。弟弟子役の今野浩喜も本当にいそうな芸人になり切っていて、微妙な立場を現実感たっぷりと見せます。

そして、元名人、初代勘太である主人公の父親が渡辺哲さんです。もうすっかり惚けてしまっているのですが、今も妄想のようにべらんめえの江戸っ子口調で古典落語「大工調べ」を「演じ」ている毎日です。この父親の様子がどうにも切なく哀れで、真に迫った怪演で、この役を演じる覚悟が壮絶なものだと想像します。この映画の大きな見どころのひとつでしょう。

寄席演芸の世界、芸人が面白さを掴むために四苦八苦するリアリティにいつしかのめり込んでしまう。そして、人生や命の大切さに気づかされる良作だと思います。

『みんな笑え』

監督・脚本:鈴木太一
出演/野辺富三、辻凪子、今野浩喜、今川宇宙、和田光沙、杉本凌士、片岡礼子 / 渡辺哲
全国順次公開中
https://minnawarae.com/

© 2024「みんな笑え」製作委員会
配給: ナミキリズム

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

松尾 貴史 Takashi Matsuo 俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家など、さまざまな分野で活躍中。近著に、毎日新聞のコラムの書籍化第5弾『違和感にもほどがある!』 。出演映画『敵』『サンセット・サンライズ』が公開中。カレー店「パンニャ」店主。

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