長井短インタビュー「ちゃんと自分の言葉で語り直して、納得できる人生にしていきたい」
文学界では本業を持つアーティストたちの活躍が目覚ましい。音楽や演技、芸術での表現方法を持つ彼らが筆をとるとき、そこに本質が現れるのではないだろうか。そんな本業を持ちながらも文筆業で表現をすることを選んだ3人のアーティストたちに話を聞いた。三人目は俳優の長井短にインタビュー。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年11月号掲載)
──最新刊『ほどける骨折り球子』に収録されている表題作も、併録されている「存在よ!」も作品としての完成度がとても高いのですが、執筆活動を始める前から小説を書かれていたのでしょうか。
「もともと本を読むのは好きだったんですけど、書いたことはなかったですね。執筆を始めたのもエッセイからで、最初はウェブで連載をしていて。文芸誌にエッセイを書かせてもらった後、当時の編集者さんが『小説も書いてみない?』と言ってくださったんです」
──それでいきなり小説を書けてしまうのがすごい。
「いや、全然!最初は短編を書かせてもらって、次に書いたのが中編である『ほどける骨折り球子』で。その2年前に別の媒体で『夫婦で守る』をテーマに200文字くらいの文章をコピーライティング的に書くことがあって。より守りたいからお互いに骨を折っているというイメージで書いたのですが、なんとなくそれが頭に残っていて『これはもうちょっと広げたいな』と思って書いたのが『ほどける骨折り球子』なんです。中編を書くにあたって、最初は『どうしよう?』って感じでしたけど、それこそ普段は台本があるお仕事をしているので、自分に決定権があることのうれしさや興奮がすごかったから喜んで書けたんだろうなっていう感じがしますね」
──「ほどける骨折り球子」の主人公、勇の妻である球子は、ふとした疑問から新たな視点を得たことが原動力となって行動を起こしていきます。こういった物語は今後も書いていきたいと考えていますか。
「性格的に昔から自分の言葉にして納得できないと従えない、たとえ『赤信号では道路を渡らない』くらいシンプルなルールでも、なぜなのか腑に落ちないと言葉だけでは飲み込めなかったので、あらゆる『このほうがいい』とか『こういうものとされている』ことを、ちゃんと自分の言葉で語り直して納得できる人生にしていきたいみたいなところがあって。その出力の先が、たぶん小説になっていくのだろうなと思っています」
──どんな仕事でもそうかもしれませんが、執筆以外の仕事で腑に落ちないことが起きたりもしますか。
「やっぱりありますね。でも本当、書くっていうことが自分の中にあって助かったなと感じています。もしこれがなかったら、俳優業やモデル業をしているなかで『そういうものだから』と流されたとき、ただ悶々として友達に愚痴って、『でもそれでどうしたらいいのだろう?』みたいに病んでいたと思います。きちんと考えて、それをどこかに届けられるということにとても救われています。どのお仕事も辞められずにいられるのは、たぶんお互いがあるからなんだろうなって思います」
──執筆の仕事は、長井さんの中でどんな存在になっていますか。
「20代初めの頃は『俳優が自分の生きがいだ、人生だ』みたいにストイックに考えたいと思っていたのですけど、今は良い意味で『仕事だな』って認識になっていて。執筆はまだ働くという感覚が生まれていないというか、本当にやりたくてやっていて、あんまり生活と直結していない。書かなくても食いっぱぐれはしないというのがあるので、自分の中ではいちばん人生そのものに近いというか、かなりプライベートな行為になっていますね。ある程度、身軽というか『うまくやらなきゃ、結果を出さなきゃ』みたいな変な気負いがない……って言うと、言い方が悪いですけど。面白いものを創りたいとは思うものの『これでどうにかならなきゃ』みたいな考えはないですね」
──「絶対に文学賞を取らなきゃ!」みたいな?
「ないです、ないです。私は楽しく書いているだけなので。ただ、これまで割とコンスタントに書かせてもらっていたのですが、単行本を刊行させていただくにあたっての作業もあったので今はピッと止まってしまっているんですよね。この状況に対して「書いていないの嫌だな」みたいなことを一丁前に思うようになっていて、ちょっと自分で感動していたりもします」
──それだけ書くという行為が大きな存在になっているのでは?
「そうですね。すごく大事な、本当にやりたいことなんだなって」
『ほどける骨折り球子』
著者/長井短
価格/¥1,870
発行/河出書房新社
自分の「弱さ」と「強さ」に後ろめたさを抱く男女の“守りバトル”、その結末は?芸能界でも活躍中の新鋭作家・長井短の傑作小説集!
Photo:Kisimari Interview & Text:Miki Hayashi Cooperation:Moxy Tokyo Kinshicho