クリープハイプ・尾崎世界観インタビュー「ミュージシャンだからこそ奇跡の起こらなさを書きたかった」
Culture / Feature

クリープハイプ・尾崎世界観インタビュー「ミュージシャンだからこそ奇跡の起こらなさを書きたかった」

文学界では本業を持つアーティストたちの活躍が目覚ましい。音楽や演技、芸術での表現方法を持つ彼らが筆をとるとき、そこに本質が現れるのではないだろうか。そんな本業を持ちながらも文筆業で表現をすることを選んだ3人のアーティストたちに話を聞いた。二人目はロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギターの尾崎世界観にインタビュー。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年11月号掲載

ジャケット¥79,200 パンツ¥48,400 Tシャツ¥14,300 シューズ¥61,600/すべてWewill(ウィーウィル)ソックス¥1,800/Front11201(フロント11201)
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──『転の声』の主人公であるロックバンドのボーカリスト、以内右手は尾崎さんと重なる部分がありますが、実体験はどれくらい反映されていますか。

「登場人物が尾崎世界観であっても、そうでなくても、もうそれが関係ないくらい面白いものを書こうと思いました。なので自分のことを書こうと思ったわけではなく、音楽業界の人しか知らないことを書いていくうちに、自分が出てしまったという感じです。なるべく自分から離して書きたかったのですが、やっぱり難しいですね。書きながら、情報を通して自分が漏れていくような感覚がありました。ただ、これまでは自分のことを含め、小さな半径の物語を書いてきたけれど、今回はそれとは違う大きなスケールで書けたのがよかったです」

──ミュージシャンがチケットの転売やフェスでの動員をどう意識しているかがとてもリアルに描かれています。

「ミュージシャンは普段、自分の体験をそこまで明確に形にする必要がないので、いざ書こうとしてもなかなか言葉にならない。自分がいかに何となくで言葉を使ってきたかということに、小説を書いて気づきました。昼間に野外フェスのステージに立つと、お客さんが入っていないスペースが目に入りやすいんです。

デビュー当時は、小さいステージをどれだけお客さんであふれさせるか、そればかり気にしていました。メインステージはそういった小さいステージとは違い、人があふれるということがないので、お客さんを集めるのではなく、いかにそこにとどまらせるかという戦いになる。その難しさは大きな壁でした。そういった記憶をたどりながら書いていきましたね」

──『転の声』を読んだ人の反応で印象的だったものはありますか。

「『いろいろなことが起こるなかで結局こじんまりと収束していく。もっとミュージシャンとして何かをつかむ物語が読みたかった』と感想を書いている人がいました。実際に音楽で何かをつかんでいるのに、わざわざ小説でそれをやる必要はないと思っています。真逆のことをやらないと面白味がない。そもそも音楽を題材にしようと思ったのは、音楽が良く書かれすぎているマンガや映画や小説が多いから。それらはどれもミュージシャンではない人が書いていて、いつも必ず最後に奇跡が起きたりするんです。

『こういう世界があるんだ。自分も音楽でいつか逆転しよう』と思っていたのに、いざそこにたどり着いたときに奇跡は起こりませんでした。だからこそ、その奇跡の起こらなさを書きたかった。それでも続けられたのは、自分の音楽に感動してくれる人がいたからです。『転の声』を変わった設定の小説だと感じる人はきっと多いと思いますが、自分なりに『音楽』というものに真剣に向き合ったつもりです。メンバーの長谷川カオナシからは芥川賞の選考会前日に長めの感想が届いて、『これまでで一番いいんじゃないですか』と言ってもらいました」

──楽曲を聴いたり、ライブに行くというエンタメと、読書というエンタメの大きな違いは何だと思いますか。

「音がないというのが最も大きいと思います。小説を読んでいるときは“自分の音”に集中することができるんです。その1ページをどうやって読んでいくか。速度やリズムは、自分で小説を書くときにも、人の文章を読むときにも意識します。映画にしても、ライブにしても、外からの音を聴いて成立するエンタメが多いなか、読書は自分の内側の音を聞きながら、好きなリズムや間で読み進めることができる。だからこそ自分がどういう人間なのか、だんだん見えてくるんじゃないかと思っています」

──執筆活動は作詞にどんな影響を与えたと思いますか。

「使う言葉が全く違うので、それほど影響はないと思います。いつも先に曲を作るので、歌詞は音がある前提で書く言葉です。逆に小説の言葉は、音があると死んでしまうようなものだと思っています。小説を書いているときは基本的にずっと不安で、こんなの絶対に面白くないだろうと思う瞬間も多いです」

──その状況をどう打破して小説を書き上げるんでしょう?

「書けないときは書けないですね(笑)。音楽はひらめきで完成させることができますが、小説はあまりにも障害物が多いため、すぐに止まってしまう。普通は自分の経験に基づいたことほど書きやすいはずなのに、自分の場合は現実離れしていることのほうが楽に書ける。小説を書いていると、『こういう経験をせずに書きたかったな』という気持ちによくなります。だから次は、また自分からかけ離れた題材の小説を書くかもしれません」

『転の声』

著者/尾崎世界観
価格/¥1,650
発行/文藝春秋

「俺を転売して下さい」喉の不調に悩む以内右手はカリスマ”転売ヤー”に魂を売った⁉ ミュージシャンの心裏を赤裸々に描き出す。著者にしか書けない、虚実皮膜のバンド小説にしてエゴサ文学の到達点。

Photo:Miyu Terasawa Interview & Text:Kaori Komatsu Edit:Miyu Kadota, Mariko Kimbara

Profile

尾崎世界観 Sekaikan Ozaki 1984年、東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター。16年、初の小説『祐介』を書き下ろしで文藝春秋より刊行。20年『母影』(新潮社)に続き、24年芥川賞候補作となった『転の声』(文藝春秋)は、転売ヤーと手を組んだミュージシャンの心裏を赤裸々に描き出す虚実皮膜のバンド小説。
 

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