尾州一宮、毛織物メーカーのものづくりの現場へ。大人の工場見学 | Numero TOKYO
Fashion / Feature

尾州一宮、毛織物メーカーのものづくりの現場へ。大人の工場見学

POSTELEGANTのコレクションにとってもなくてはならない尾州産のこだわり生地。それらを生み出す、BISHU THE SHOWにも参加した生地メーカーの工場を訪問しました。

>>BISHU THE SHOWのレポートはこちら

小塚毛織
自社ブランド「EYCK(エイク)」で名匠の作るツイードを継承する

小塚毛織の発信する「EYCK(エイク)」は、2011年に業務提携した、テキスタイル職人、足立聖氏の「カナーレ」が生み出す、意匠糸を織り込んだ装飾性が特徴のファンシーツイードを使ったアイテムを展開するファクトリーブランド。

(左上から時計まわり)某有名メゾンにも採用されたビニールも織り込んだツイード生地。裂いた布を繋いだテープを使って織ったツイード。デザイナーからのデザイン画をもとに何種類もの異なる糸やテープを組み合わせた複雑なデザインを織りで表現する。

カナーレツイードの価値を高めるため、機械ではできないものをいかに手作業で表現するかという理念のもと、Arts & Crafts In BISHU(アーツ&クラフツイン尾州)をテーマに、手仕事の背景にあるストーリー、職人の技術と感性を継承しながら、クリエイティブなカナーレのツイードの個性を生かした服作りをする。

反物の幅に合わせて経糸を準備する根気のいる作業。
反物の幅に合わせて経糸を準備する根気のいる作業。

カナーレの工場には、足立氏と80代の熟練の職人さんの他、足立氏のテキスタイルに魅せられた若いスタッフが数名在籍し、減少傾向にある希少なシャトル式ションヘル織機(以下、ションヘル織機)を職人が自ら調整、修理しながら大切に使っている。

(左)足立氏のツイードに魅せられて入社した若手スタッフ。(右)織った後に挟みを入れるなどさらに一つ一つ手作業で仕上げていく。

現在、主流の高速織機に比べたら、1/10のスピードしか出ず、複雑な素材や構造のものだと、1〜2日にたった25m程しか作れないという。なのに、なぜションヘル織機にこだわるのかというと、なんでも織れるから。裏を返せば、他の織機では織れないものを作りたいから。

(左)様々な種類の糸のストック。(右)足立氏の手がけたツイード生地のアーカイブがラックにぎっしり吊るされている。

最近はアップサイクルの一貫として、大量に出る過剰在庫や規格外品、端材を細かく裂いて繋ぎ長いテープ状にしたものを糸と織り込んで(裂き織)、新たなツイード生地として再生する取り組みも行っている。そういうイレギュラーな細い生地と太い生地の糸を組み合わせたり、形状の激しい糸を織り込むことは、ションヘル織機にしかできない。

一見シンプルだが、違うピッチのボーダー柄の切り替えに苦労したという足立氏が最も難しかったとする生地のひとつ。
一見シンプルだが、違うピッチのボーダー柄の切り替えに苦労したという足立氏が最も難しかったとする生地のひとつ。

「長いものならなんでも織ってみる」という足立氏の腕を信頼し、錚々たる顔ぶれの国内外のブランド、デザイナーが「他ではできないようなもの」を求めてやってくる。そして、自分たちが想像し得なかった新しい表現をデザイナーたちも期待しているから、それに応えたい。それ以上のものを作りたいと、50年以上もの経験を持ちながらも、足立氏の今なお挑戦し続ける姿勢に感動しました。

工場に併設されたショップスペース
工場に併設されたショップスペース

小塚毛織
URL/https://kozukakeori.com/
Instagram/@eyck_official

KUNISHIMA(国島)
トラッドをベースに職人技と最先端テクノロジーで作り出す高密度織物

1850年に前身となる国島商店が創業して以来170年以上の歴史をもち、紳士トラッドの高密度毛織物のスーツ生地を主軸に、その他、欧米を中心としたハイファッションのメゾンに向けたモードコレクションCOBOというシリーズを展開する。

主な取引先はテーラーのため、オーダースーツにとって、きちんとシルエットを表現できる生地でなければならない。高密度高規格によって生み出される毛織物の、シルエットの表現力と見た目・風合いの美しさが、国島にとってのトラディショナル。時代の変化とともに新しい織物やファッションは次々と生まれてくるが、織物はこうあるべきという基本を踏襲していくことが、国島が考える正しい規格であり、その上でトラディショナルという価値観を大切にしながら意匠や遊びを加えていくという考え方だ。

一方、COBOコレクションは、海外市場に向け、国島の高密度織物をベースに、日本の高い生産技術だからこそ可能な、生地を洗う叩く揉むといった二次加工をすることで風合いを出し、その表情の面白さを特徴としている。高密度の丈夫な生地は、さまざまな加工にも強く、よりモードな表情を作り出すことができるのだ。

高規格を徹底する国島では、熟練の職人技で織機を調整しながら織り上げ、独自に開発した最先端テクノロジーの設備で生産管理を行うなど、伝統と革新を融合することで安定した高品質の製品を生み出す。シャトル織機にこだわるメーカーもあれば、国島のように設備投資に力を注ぐことで未来への活路を見出すメーカーもある。

「テキスタイルは基本的には装置産業なので、どういった生産体制を組むかが重要。中国のように均一的な大量生産であればコストを抑えられるが、尾州という産地の最大の魅力である多様性をキープしながら中国に負けないコスト構造を目指す生産背景を確立したい。

また、これからの生地作りを考えると、これまでの企画、営業、生産工場といった縦割りの組織から、自分で作って自分で売るという構造にシフトしていくことも必要だと思っています。お客様も感動やストーリーを求めているし、作り手の言葉が一番説得力を持つので、部門ごとの垣根を取っ払った組織変革も課題です」と伊藤核太郎社長はいう。

尾州の織物産業を守るためには、システムや組織を変えることも、次世代に繋いでいくあり方の一つなのかもしれない。

国島
URL/https://www.kunishima.co.jp/
Instagram/@kunishima_ct

葛利毛織工業
ションヘル織機にしか出せない手織りの風合いを今に残す


大正元年に創業し、昭和初期にションヘル織機を導入して以来、100年近く使い続ける。ションヘル織機とは、ドイツ製織機が伝来し製造された国産シャトル織機で、1950年代に普及したが、次第に、より生産性の高いエアジェット織機や高速織機が主流となり、現在は稼働台数もごくわずか。それでも葛利毛織では、手織りの風合いを大切にしたいという思いから、今も変わらずションヘル織機によるローテク技術を継承しながら、多品種少量生産の日本製最高級ウーステッド(メンズスーツやコートに使用される生地)を作り続けている。

(左)経糸を準備する作業。(中)手描きの生地の設計図。(右)経糸を巻き取る工程。

ションヘル織機の速度は非常に遅く、1日10数メートル、高密度の織物になると、1日8メートル程度しか織れないため、1反(50m)織るのに少なくとも4日はかかる。しかも、織機に通す糸の下準備作業にも2、3週間を要するという。時代に逆行する非効率な工程だが、だからこその魅力がある。繊維を傷めることなく優しくゆっくりと丁寧に織り上げていくため、手触りが柔らかく、膨らみや収縮力があり、しなやかな仕上がり、風合いの良さはスーツ地に最適なのだそう。

(左)レトロなカラーリングがかえって新鮮な70〜80年代のアーカイブ。(右)昭和初期の着物柄を思わせるデザイン。

デザイナー、ブランドからのオーダーがメインで、特注の生地を作ることもあれば、アーカイブをベースに色や素材を変えて提案することもある。いい原料が入ったらいつもの生地にその原料を加えて織ってみたり、モヘアで織っているときにリネンで織ったらどうだろうとか、高密度で織るならこっちの機械がいいなど、日々研究を繰り返し設計、生産を行っている。職人気質とクリエイター気質が共存している現場だ。

創業112年の歴史の分だけ膨大にある生地のアーカイブからは、例えば、昭和30年代は着物地を思わせる柄や質感のスーツ地だったりと、時代背景、トレンドや技術の進化を垣間見ることができる。昔から変わらず同じ機械を使っているため、原理的には100年前の生地も再現することも可能だ。

また、敷地内にある木造建築は国の有形文化財に登録され、江戸末期の土蔵から昭和初期の事務所、工場、かつての面影を残す従業員寮などの建物が当時の様子を今に伝える。尾州の毛織物文化を設備や環境と共に継承しているようだ。

葛利毛織工業
Instagram/@kuzuri1912

Edit&Text:Masumi Sasaki

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