直感力は高められる vol.2「経験がひらめきを生む」by 言語学者・ 川原繁人 | Numero TOKYO
Culture / Feature

直感力は高められる vol.2「経験がひらめきを生む」by 言語学者・ 川原繁人

自分らしい直感力を取り戻すこと、磨くことはできるのか。哲学者や言語学者、クリエイターたちへのインタビューを通して、その方法を探っていく。第2回目は、ビートに乗せて即興で韻を踏むラッパーは直感力に優れていると語る、言語学者の川原繁人さんに話を聞いた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年11月号掲載

直感を大事にするのが現代の言語学研究

──川原先生はラップについて言語学的に研究をされていますが、ラッパーというと優れた直感力を持っているイメージがあります。なぜそれを題材に選ぼうと思ったのでしょうか。

「ラッパーたちの言語に対する直感、つまり『言語感性』の鋭さに魅せられてラップを体系的に研究してみたいと思ったんです。言語学を学び始めて、自分が言語に対して持っている直感がびっくりするほど豊かで複雑だという感動に近い衝撃がありました。私がよく紹介する例ですが、『にせたぬきじる』は『偽物の“たぬき汁”』で、『にせだぬきじる』は『“偽だぬき”の汁』という違いがあります。濁点の一つだけで意味が違うということを、誰に教わったわけでもないのに日本人なら誰でも知っている。そんな人間が持つ言語に対する直感の豊かさに感動して、ラッパーたちが持つ言語感性についても、その緻密さを深く分析してみたくなったんです」

『フリースタイル言語学』 発行/大和書房
『フリースタイル言語学』 発行/大和書房

──言語学と直感力は密接に関わっているのですね。

「そもそも、現代言語学は直感を大事にする学問なんです。1950年代までは『日本語において正しい文とは?正しい発音とは?』といった問いに対して、実際に観察されたものこそが正しいと思われていました。日本語話者がこういう発音をしたら、それが日本語だ、と。

その常識を覆したのがノーム・チョムスキーという研究者です。彼が打ち立てた生成文法理論においては『母語話者の直感を大事にしよう』という考えが主流になりました。実際に発音されたかどうかではなく、日本語話者が『良い』と判断すれば良いというように、直感に従って日本語か否かが判定されるようになったんです。私の研究も基本的には生成文法の考えが前提にあります。ただ、自分の直感だけだと主観的になりすぎるので、客観データも交えながら相互補完的に研究しています」

努力で直感力は磨ける?

──一口にラッパーと言っても、即興でラップをするフリースタイルタイプと、時間をかけて作詞するアーティストタイプがいます。両者においては、使っている直感というのも違うのでしょうか。

「フリースタイルをやる人でも、音源制作と地続きであるという方が多い印象です。ラッパーの晋平太さんもTKda黒ぶちさんもフリースタイルで積み上げたものを楽曲に生かすし、その逆もしかり、と言っていました。逆に、ヒップホップグループRHYMESTERのMummy-Dさんは、じっくり時間をかけてリリックを考えたいとおっしゃっていました。いろいろなタイプがいるのだと思います」

『言語学的ラップの世界』 発行/東京書籍
『言語学的ラップの世界』 発行/東京書籍

──実際にラップを目の当たりにして、優れた直感力に感心したラッパーはいますか?

「印象的だったのは、コロナ禍のオンライン授業に晋平太さんをお呼びしたとき。授業後、サイファー(フリースタイルのラップでのセッション)をやったんです。いろんな学生が次々にラップをしていったんですが、彼はそれに全て的確に返していく。聖徳太子みたいだなと思いました(笑)。誰からどんな言葉が飛んできても韻を踏んで返していくというのは、やっぱり瞬発力と直感力がすごい。あとで説明しますが、単語同士を活性化させるのがうまいんでしょうね」

──そもそも、そういったラップにおける直感力というのは磨けるものなのでしょうか。

「直感というと、生まれ持った才能のように思われがちですよね。努力ではたどり着けない生まれ持った天性の才能、みたいな。ただ、私が交流を持っているラッパーの皆さんに共通するのは『努力』です。

例えば、かつてMCバトル大会『B-BOY PARK』で3連覇という偉業を成し遂げたKREVAさんは、努力が苦にならないタイプだと言っていました。大学時代に片道2時間半かけて通学するなか、電車内で中吊り広告を見ながらずっと韻を踏む練習をしていたそうです。それを“言葉の引き出しをすべて半開きにしておくトレーニング”と表現していました。何か言葉が出てきたときに、関連する言葉を取り出しやすくするようなイメージでしょうか。そういった話を聞いても、やはり努力なしの直感力というのはない気がします」

──言葉の引き出しを半開きにしておくためには、いろいろな経験をしているというのも重要な気がします。ヒップホップが自分の経験したことを歌う傾向が強いのは、そのせいかもしれないですね。

「そうですね。ひらめきって、経験があるからこそ引き出されるんですよ。私も、学生や同僚とおしゃべりしたあと、翌日散歩しているときに新たなひらめきが降ってくることが多い。逆に『ひらめきが来ないかな〜』とPCの前でうなっていても絶対来ないんですよね。白馬の王子様がやって来て幸せになったり、魔法使いが幸運を運んできたりする物語があるじゃないですか。でも、そんなことは現実にはあり得ないんです(笑)。ひらめきもチャンスも、日々の積み重ねの上で降ってくるものだと思います」

──ラッパーの方たちと実際に接するなかで、他にも日々の訓練が直感力につながっていると感じるようなことはありますか。

「私は『音声学的に似た子音ほど押韻に使われやすいのではないか』という点に着目して研究をしていたんですが、分析していた当時は、ラッパーは無意識に子音を選んでいると思っていたんです。韻というのは一般的には母音で踏むものと認識されていたし、子音についてはもっと無意識に捉えているんじゃないかと。

ところが実際にラッパーの方たちと話してみると、Zeebraさんはちゃんと子音について考えていると言っていたし、RHYMESTERの宇多丸さんも自分のことを“子音変態”と称するほどに子音を気にして韻を踏んでいた。なんとなくだけど子音の重要性を感じていたとおっしゃるラッパーの方も少なくありません。個人差はあると思いますが、日々どれだけ母音/子音それぞれの響きを韻に生かしているかは、韻に対する直感に関わってくるかもしれませんね」

──ラップは英語から始まっているので、それを日本語でやる際には必然的に母音と子音について考えざるを得ないんでしょうね。

「日本語は英語に比べて母音が出てくる頻度が高いため、そもそもラップに向かない言語だといわれていた時代があります。Mummy-Dさんは“母音が多いからパーカッション的な響きが作りづらい”と話しています。どうしても、たおやかな響きになってしまう。だからこそ、日本語でどうやってラップ的な響きを作るか、というテーマについて多くのラッパーが試行錯誤を重ねてきました。そんな状況で、子音の使い方についても、さまざまな工夫がされてきたようです」

直感力につながる“プライミング”

──ラップを聴く側においても、日によって直感が冴えている/冴えていないという違いがある気がします。冴えているときは韻もすぐ見つけられたりする。

「人間が単語を発するとき、似た単語が脳の中で活性化する『プライミング』とよばれる現象があります。例えば『リンゴ』と発するとき、音的に似た『ミント』や『金庫』、意味的に似た『ミカン』や『梨』なども活性化するんです。子どもがとっさに『先生』を『お母さん』と呼んでしまうのもこれが原因でしょう。

このプライミングが韻には深く関係しているのだと思います。ラッパーたちは、一つの言葉の周りにあるいろいろな言葉とのつながりのネットワークを、意識的に活性化させるのがうまいんだと思います。先ほどのKREVAさんの“言葉の引き出しを半開きにしておく”という状態はこれを指しているのかもしれない。それを前提に考えると、聴き手も活性化が上手な人/そうでない人というのはいるかもしれません」

──今後、ラップと直感の関係において新たに起きそうな変化は何かありますか。

「これはラッパーのさんがおっしゃっていたんですが、ヒップホップがどんどんポピュラーになっていくなかで、子どもの頃から韻に親しんでいる世代が聴き手になったときに韻に対する次のブレイクスルーが起きるんじゃないかと。今の子どもたちは、小さい頃からCreepy Nutsを聴いて歌っている。その子たちが育っていったら、確かに変わりそうですよね。アメリカだと、音楽もそうですが絵本でも普通に韻が踏まれていて、小さい頃から押韻に慣れ親しんでいます。そのくらい韻が身近にあるんです」

──今ラップは、ヒップホップに限らず多くの音楽に使われています。聴き手としてラップに対する直感を磨きたいという方に、アドバイスはありますか。

「基本的には楽しんで聴けばよいと思うので、必ずしも一般の方に対してマニアックな聞き方を薦めるわけではないですが(笑)、私は研究をする上で、まず母音だけを拾って聴くことがよくあります。他にも、子音だけを聴いてみたり、アクセントの使い方を意識して聴いてみたりしてもいいですね。ラッパーのしあさんは、ラップをしていく上で言語自体の理解を深めたいと考え、私の授業を受けに来て、そこでいろいろなことに気づいたと言っていました。他にも私の言語学的視点を楽しんでくれているラッパーは少なくありません。言語学の観点から直感を磨いていくことも一つの方法かな、とは思います」

最新キラーチューンを編集部がセレクト。3つのキーワードから言語学的に分析!

01. 母音

まわる中華食べた〔mawaru chuka tabeta〕
早く行きたいアメリカ〔hayaku ikitai amerika〕
次は日本じゃなくツアー〔tugi wa nihon jyanaku tua〕
組んでまわるアジア〔kunde mawaru azia〕

「言った!! Remix feat.7,Kohjiya」MIKADO (2024年)
「言った!! Remix feat.7,Kohjiya」MIKADO (2024年)

各行の終わりを母音〔a〕で揃えているだけではなく、ローマ字に書き起こすと、〔a…a…u〕〔a…e…a〕〔a…i…a〕と3つの母音が流れるように続いていることがわかる。

02. 子音

まるでサムライ振り回す刀〔katana〕
ネイルの写真撮る車の中
漢字読めない上に書いてカタカナ〔katakana〕
角尖らす爪、〔tume〕 必要ない柄〔gara〕

「Nail Sounds」Elle Teresa (2023年)
「Nail Sounds」Elle Teresa (2023年)

「刀」「カタカナ」「爪」「柄」は、音声学的に似た子音で韻を踏んでいる。〔t〕〔k〕〔g〕は阻害音、〔n〕〔m〕〔r〕 は共鳴音という音に分けられる。

03. 同音異義語

自分をダメにするのが上手いねって〔umaine〕
言われてきたよ僕なら毎年〔mainen〕

最近やたらWi-Fi調子が悪い〔tyousi ga wari〕
運動不足かちょっと腰回り〔koshimawari〕

「Too Bad Day But... (Remix) feat. AKLO & KEIJU」Kvi Baba(2023年) Kvi Baba「Jesus Loves You」TFCC-81023 TOY’S FACTORY
「Too Bad Day But... (Remix) feat. AKLO & KEIJU」Kvi Baba(2023年) Kvi Baba「Jesus Loves You」TFCC-81023 TOY’S FACTORY

Interview & Text:Tsuyachan Edit:Mariko Kimbara, Miyu Kadota

Profile

川原 繁人Shigeto Kawahara 2002年、国際基督教大学より学士号、07年、マサチューセッツ大学より博士号を取得。慶應義塾大学言語文化研究所教授。専門は言語学・音声学。近著に『フリースタイル言語学』(大和書房)、『言語学的ラップの世界』(東京書籍)、『日本語の秘密』(講談社)がある。

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