軍事アナリスト小泉悠と、シャララジマ&リサタニムラが語る映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』 | Numero TOKYO
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軍事アナリスト小泉悠と、シャララジマ&リサタニムラが語る映画『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

現在、公開中の『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、A24が史上最大の予算で製作した注目作。アメリカの分断が進んだ国内戦争を描く本作について、軍事アナリスト小泉悠と、モデルのシャララジマとエディターのリサタニムラが意見を交換。各々が考える見所、監督の意図、本作のテーマとは。
※一部ネタバレがありますので、ご注意ください。

今回取り上げる作品は……

シビル・ウォー アメリカ最後の日



ストーリーの舞台は、連邦政府から19の州が離脱し大規模な分断が進んだアメリカ。各地で西部勢力と政府軍による内戦が勃発している。キルステン・ダンストが演じる戦場カメラマンのリー・ミラーと戦場カメラマン見習いのジェシー、ジャーナリストのジョエル、ベテラン記者のサミー、老若男女4人組は、ホワイトハウスで大統に領単独取材を行おうと車でNYCからワシントンD.Cを目指す。その道中で目の当たりにしたのは、戦地となった自国の変わりようと憎む合う国民の姿だった。

三人による「映画を見て、戦争と平和について考えてみよう」鼎談 第一弾はこちら

【参加者プロフィール】
(右から)
小泉 悠
軍事評論家、軍事アナリスト。ロシアの軍事・安全保障政策を専門とする。東京大学先端科学技術研究センター准教授を務める。千葉県出身。ユーリィ・イズムィコのペンネームでも知られ、多くの著書を執筆。

リサタニムラ
『Cult* Magazine』ファウンダー。東京で生まれ育ち、10代で渡英。ロンドン、ベルリンに居住後、日本に帰国。アート、ファッション、音楽の領域で政治的・哲学的な側面を国際的な視点で捉えるプロジェクトや作品を手がける。

シャラ ラジマ
広島県出身。バングラデシュをルーツに持ち、東京で育つ。国籍や人種の区別に捉われず、雑誌や広告、ランウェイにモデル出演。雑誌連載の文筆業のほか、ベイFM『シャララ島』ではラジオパーソナリティを務める。

もしもアメリカで内戦が起こったら。
A24が描くアメリカの仮の未来

リサタニムラ(以下L)「映画製作会社A24のファンで、公開作品をずっと追っています。インディペンデントなクリエイターと制作方法で、常にハリウッド大作とは異なる視点を与えてくれる作品が多い。今作はA24に興味がない人にも刺さるようなテーマと内容だったと感じました。今年の4月に公開したアメリカでもヒットしたようですね」

シャラ ラジマ(以下S)「低予算だけど、アート性が高い作品を作る姿勢のプロダクションだよね。ミュージックビデオのような映像美やニッチなサブカルチャー的な要素が多用されている。あとは、ホラー映画にも力を入れていたり」

小泉悠(以下K)「それに比べると、いわゆるハリウッド大作感がありましたしね。主に戦車とヘリコプターあたりに、予算はだいぶかかってるなと思いました(笑)。CGじゃないものが結構混じっていたと思います。あとは戦争ものなのに、光とかカメラワークがやたら凝っているなと。確かにミュージックビデオっぽい表現でした」

S「やはり軍事的な演出に注目したんですね(笑)。特にどこのシーンですが?」

K「ホワイトハウスの壁を戦車が乗り越えるところ。普通の乗用車ってガソリン17km/Lとか20km/Lくらい走るんですが、戦車って、大体500m/Lしか走れないんですよ。50tくらいある車体を動かすので燃費が悪いし、少し動かすだけでもとてもお金がかかる。本作に出てきたM1というアメリカ戦車はマスタービーエンジンを積んでいて、陸上自衛隊の戦車よりもさらに燃費が悪いと思うので200m/Lくらいかも。アメリカ陸軍の主力戦車ですが、借りて動かすだけで、あのロケをするのに一体いくら費用がかかるのか。ヘリも本物だろうし、その辺りにハリウッド的なスケールを感じたんです」

L「IMAXで上映されるということで、迫力ある戦闘シーンでした。戦地と化したワシントンDCを空撮するシーンも迫力があって、ホワイトハウスが潰されるまでのシークエンスも目が離せなかった」

K「ワシントンDCのビルの上から迫撃砲を撃っているシーンもやたらリアルで。『ここは抑えるよね、やっぱ』という納得感がありました。出演している兵士の人たちは、軍隊経験がある人だと思うんです。爆発音が大きすぎると、号令が聞こえなくて取り残される人がいるので、移動するときに肩をトントンたたくとか、そういう決まった動作をきちんとやっている。銃撃シーンも実弾に近いレベルの火薬を入れて、戦場に使い音響の設計にもこだわっているそうで。俳優たちの驚き方も演技のレベルを超えていましたし、リアルな戦場の描写と表現への熱量がすごかったです」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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L「アメリカでの予告編では“Adrenaline-fueled”つまり“アドレナリンがみなぎる”作品と紹介されていたんです。その文言で誰が映画館に行くだろうと考えたときに、アメリカの戦争作品が好きな人、もしかしたらちょとコンサバな人かもしれないと。日常的にウクライナやパレスチナのリアルな戦場の情報を追っている人たちは、果たして観るのかな?とも思いました」

S「正直、リアルな戦争の映像はSNSで日常的に流れているもんね。でも、内戦がテーマだから、アメリカだけで起こることとは限らない。どの国の人にも当事者性があるんだと思う」

L「アレックス・ガーランド監督がインタビューで語っているのが、この映画を作った理由は2つあって、1つはジャーナリズムを讃えたかったと。例えば、ジャーナリストが政府の不正を暴いて大統領が失脚したウォーターゲート事件みたいなことは、現代社会では起こりえないと言うんです。2つ目は、世界中で起きている分断の危うさについて。監督は英国人なんですが、舞台になるのは、アメリカでもどこの国でもよくて、観る人が考えるきっかけになればいいと語っています。確かに興味本位で鑑賞した人が、ガザなど戦争で起きていることを自分ごととして考えられるきっかけとなる作品なのかもしれないと思いました」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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K「ジャーナリストについては、戦場カメラマンのリーもそうですが、サミーのことじゃないかなと思っています。おじいちゃんだし大した動きはしない人物だけど、古き良きアメリカを覚えている人として描かれています。ウォーターゲート事件で有名になったボブ・ウッドワードという伝説的なジャーナリストがいますね。彼はのちにブッシュ政権がいかにいい加減な理由でイラク戦争を始めたかを暴いた『攻撃計画』という本を書いていますが、このようにアメリカにかつていた骨のあるジャーナリストの化身として、サミーは出てきたのではないかという気がしました」

L「ネタバレになりますが、サミーは最後の最後で若者たちを救ってくれる。かつてのジャーナリズムが、これからの未来を救うのではないかと監督は語りかけているんでしょう。メタファーなんですよね」

S「最初、リー達はなぜカメラばかりを使うんだろうと疑問でした。普通に考えたら、スマートフォンで撮った方が早いしネットに拡散できる。その後の話の展開で、作中のアメリカではネットは使えなくなっており、ジェシーがスマホを所持しているのはフィルムカメラの現像に使うからだと分かります。極限の状況では、フィルムさえ残ればデータは消えないし、アナログなものが強いのかなと思いました。逆にネットがある状況なら、戦時下の最前線でもジャーナリズムを発揮できるのではないかと思いました。ただ、ネットによって情報が錯綜して何が真実かがわからなくなる可能性があり、それはジャーナリストにとっても同じ。そうなると戦争や政治において、広報として記事が出ることもあると考えると、ジャーナリズムがどこまでの範囲を指し、どんな意味を持つのかわからない。事実と憶測の判別について受け手側にもリテラシーが要求されているなと思いました」

K「ネットがなくてもジャーナリズムの力は大きいんだと思います。1960年代のヴェトナム戦争では、ロバート・キャパみたいな戦場写真家が最前線まで行って米兵がこんなひどいことしているぞと暴いたりした。まさに、アナログのカメラで撮影して『LIFE』や『週刊朝日』などの雑誌媒体にバンと写真を掲載したわけです。そうすると、スキャンダルが世の中に伝わって「これはひどいじゃないか、許せない」となるわけです」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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K「ある新聞記者のエッセイで、伊勢湾台風のときに愛知の支局にいたという話があって。沿岸にあった大工場で被害を受けた人がたくさんいたらしいんです。彼は現地の人と惨状を一緒に取材していたら、そこに東京から大物記者が来た。周囲を気にせずに、浸水したところを船で一回りだけして帰ってしまったらしくて。『冷たいやつだな』と思っていたら、その後その人が書いた記事で、大工場で働く人は貧しい人ばかりで、浸水が起きやすい危険な地域に住まわされていたということが分かった。重役たちは高台に住んでいて、みんな無事でしたということを指摘したんだそうです。このように、必ずしも現場で危険にさらされなくても、ジャーナリズムは成立しうると思っているんです。政府とかの公式発表だけを伝えるのであれば、TVも新聞もいらないですよね。政府とは違う視点、政府が知って欲しくないことを提供することが、ジャーナリズムなのではないかと思います」

S「日本はジャーナリズムがうまく機能しているんでしょうか。大学ではマスコミニケーション学部でジャーナリズムを専攻しました。リー達みたいな人たちを思い描いて進学したんですが、正直内容は報道の3原則や記者クラブ的なことを教わって『あれ?』って感じだった。日本では鋭い指摘をしたり、切り込んだ批判的な記事はあまり目にしないし、ジャーナリズムは日本にいると感じにくくて理解できないのかも」

L「報道の自由度も年々下がっている。180カ国・地域のうち日本は70位でG7中最下位だった。私はメディアスタディーズを学んだのですが、言語哲学者のノーム・チョムスキーの著書『マニュファクチャリング・コンセント マスメディアの政治経済学』などを読んで、いかに政治がジャーナリズムを牛耳っているかを知りました」

K「いわゆる古き良きジャーナリストは、“どこの政府にも汲みせず何が起きているかを暴く。このままではいけない”という態度でした。リーを始めとする4人組と共通するのかなと。しかしこういう活動に、賢い米軍はいち早く気がつくんです。どんなに戦場で成果を上げても、このジャーナリストに批判されるとダメなことがあると。次の湾岸戦争くらいから“メディアさんいらっしゃい”みたいな感じでプレスツアーを組んで連れて行っちゃう。イラク戦争ではさらに洗練されたプレス戦略を行った。ロシア軍も90年代前半の最初のチェチェン戦争では、世界中のジャーナリストが現地入りしていた。でも、残虐行為をどんどん暴かれちゃうので、99年の第二次チェチェン戦争では締め出していたようです。もともとメディアの力は、戦争においても大きな影響力があることは早くから世の中に知れ渡っていて、どう使うかまたは排除するかが焦点になっている。それもあって、作中の4人組は至る所でこいつらは何者だという目で見られるんでしょう」

S「実際、戦場ではプレスは攻撃から守られるんでしょうか。作品からは分からなくて。ガザで多くのジャーナリストが犠牲になっていますが、国際的なルールとかあるんでしょうか?」

K「国際条約はなく、戦争によると思います。どちらかというと、プレスだからというより、戦争に関する国際法上の非戦闘員保護みたいな扱いになるんじゃないかと。とはいえ、非戦闘員の犠牲って出ているじゃないですか。専門家ではないのですが、軍事上の合理性がある場合は巻き添えを出してもしょうがないという判例になっているらしくて、軍事的な合理性と比例原則と呼ぶらしい。国によっては、プレスに配慮していたら軍事作戦が成り立たないと判断するのでしょう。アメリカだと大問題になるから、そこまでのことはしないと言っていますが。ロシア軍もやるだろし、イスラエル軍に関しては国連職員でもプレスでも、まとめて吹っ飛ばしている現実がある」

S「報道を通して現在起っている戦争の映像を見ていると、プレス戦略的なことは当たり前になっているのかなと感じます。本当は一般人に見せられないようなことが起きていて、目の前で流れている映像は一部の見せられる情報だけなのではないかと疑ってしまう」

K「そう考えるべきでしょうね。作中で、政府直属のレポーターとカメラマンが出てきますが、彼らに比べると、リー達はアウトロー。そんなに崇高な存在ではなく野次馬でやっているだけなのかもしれないけど、少なくとも広報係じゃない」

L「そういった意味だと、SNSは政府や検閲などを介さずに個人が発信できる手段。今後のジャーナリズムを担うのは、個人なのかなと。とはいえ、TikTokやインスタグラムはプラットフォームがガザについての投稿を検閲して消していますが」

K「でも、SNSはどこかの国の巨大企業が所有するプラットフォームです。そこを締め付けるのは難しくない。SNSは職業記者じゃない人も発信できるいい面もあるけど、その分、情報の確実性は大幅に下がりますね」

S「世代的にSNSから情報を得ることが多いですが、発信者が職業記者なのか素人なのか判断できない時がある。職業記者の語り口を知らないし、個人の主観や憶測なのかも見分けにくい」

L「そう考えると、写真というメディアは日本語で真実を映し出すと書くけれど、果たしてどうなのだろう。リーとジェシーが目の前にある惨状を淡々と写していく姿は衝撃的です。映画の中でも、彼らが撮影した写真が途中で差し込まれますよね。動いてた画面が、どう切り取られたかがわかる演出になっている。その時点で、情報が書き換えられていることがわかります。普段、見ている写真やイメージも、写真になった時点で現実とは違う情報だということを改めて認識しなくてはならないなと思いました」

K「報じる、誰かに伝える時点で、すべては伝えきれないのじゃないでしょうか。写真や文字にした時点で、ごっそり抜け落ちるものがある。その中の何を残すかは、権力だと思うんです。つまらない日本のマスコミ論の授業でも、マスコミは第4の権力と言われるわけじゃないですか。揶揄的に使われることもありますが。作中でリーやジェシーが構えるカメラも、何だか銃に見えてくる瞬間があって。目的地に車で乗り付けて降りてくるとき、いわゆる戦争映画だと銃を構えた兵士が登場しますが、カメラを構えた女性たちが出てくる。撮影自体は誰も殺さないけど、どこを撮るかという権力は行使しているんです」

L「確かに、アメリカの評論家スーザン・ソンタグが、著作『写真論』のなかでで写真を撮ることは暴力的な行為だと言っていて。カメラと銃を比較して論じているんです。被写体を自分の視点で切り取り、彼らを使いたいように使うというのには、客体と主体、被支配と支配という関係性が生まれる。そういった意図があったのかもしれないですね」

K「何か揉め事があると、スマートフォンのカメラを向けることが日常的にありますしね。もはや一種の敵対行為(笑)。昔だったら、一眼レフの何十万円のカメラを使いこなせる人ってほとんどいなかった。今はみんながカメラ付きのスマホを持ち歩いているとうのは、暴力手段の拡散としても考えられるのかもしれない」

S「対して、ジェシーはマニュアルのカメラだと露出とか調整するの大変すぎない?って見ながらずっと思っていたんですよ。フィルムの入れ替えも面倒だし。リーはデジカメでしたね」

L「ジェシーのフィルム代って、めちゃくちゃ高額になるんじゃないかと気になりました(笑)。でも、言葉では語られませんが、往年の写真家と同じくフィルムで情報を残すことに価値を見出していたのかもしれないです」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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これまでにない新感覚の反戦映画として

S「怖かったのは、マット・デイモンにそっくりの俳優、ジェシー・プレモンスが演じた超冷酷な軍人。アメリカは他民族国家なのに分断となったら、まずは分かりやすく自分と異質なものから弾いていく。理由が明確にあるわけでもなく、“非アメリカ人”または“自分とは違うアメリカ人”を始末していくんです。移民が多くさまざまな容姿や思想が溢れて多様性が重んじられてきたからこそ、ああいった人間の仕分け方になるんだなと。日本は私のような人種が違う移民は少ないので、内戦時は実はターゲットになりにくく安全なんじゃないかとすら思いました」

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L「驚いたのが、フロリダの人はギリ大丈夫なんだっていう、絶妙な線引き(笑)。

K「アジア人差別もあったしね。香港、中国でだめなら、同盟国とはいえ日本人もパールハーバーとか言われてアウトだろうなあ(笑)」

S「サミーは黒人だったけど、どうなったんだろう。“自分とは違うアメリカ人”としてダメなのかな。あの超冷酷軍人が、ホワイト・トラッシュやレッドネックの比喩だとして、銃を持っているだけで何が起こるかわからない恐怖がありました」

L「この映画で思ったのは、国によって国民の心に刺さる武器って違うということ。とにかくアメリカ人は銃!建国した瞬間からのアイデンティティなんでしょうね」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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K「人間って不思議なもので、他国が攻めてきたときよりも、革命の時の内戦の記憶のほうが強く残っていたりする。ロシアも18世紀にポーランドが攻めてきたとき、大内乱になってモスクワの人口が1/3くらいになった。言葉が通じて、同じような飯を食べている同士の争いのほうが陰惨なんですよね。映画の中で、洗車機に吊るされていた人たちはその象徴。2022年にアメリカの政治学者バーバラ・F・ウォルターが『アメリカは内戦に向かうのか』という本を出していますが、南北戦争があったアメリカのように一回内戦している国って、あれを繰り返したら本当にやばいという意識があると思うんです。“シビル・ウォー”は、そもそも南北戦争のことを指す言葉です。作中のWF(西部連合) というのは、当時の南部連合かけているのでは。南北戦争では北軍が「海への進軍」という無差別破壊戦をやっているんです。南部連合が国家として存続できないくらい街を焼け野原にするという。WF(西部連合)の異常な残虐さは、この逆写しなんだと思う」

L「実際、いまのアメリカって内戦になりうるレベルの分断が起きているのですか。どれくらい可能性が高いのかな。もちろん、大統領選を前だからということはあると思いますが」

K「正直なところ、実際には起きないかもしれないけど、過去百何十年の中で最もアメリカ人がその危険を感じているとは思う。アメリカの専門家ではないので、なんとなくの発言になってしまいますが。どちらかというと、大統領選はその結果なのかもしれません。J.Dヴァンスがトランプ大統領の副大統領候補としてなぜ支持されるのかなど含めて。彼の著書『ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』は意外にも面白い。彼は貧しくてさらにDQN家庭育ちだという…。アメリカから一番軽蔑されているヒルビリーの実情と、彼らが何でそうなってしまうかの論理を文学的な筆致で描いています。彼は実際に海兵隊員だったから、アメリカの若者がよくわからない正義のために死んでいくことにも憤りがある。国家秩序とか民主主義といった理想がすっかり形骸化して、そんなものはうんざりだという人が結構いるんじゃないですかね。で、まだそういう理想を信じている人たちのことを憎んだり軽蔑したりしている」

L「アメリカはNYとLAだけ別世界みたい。アレックス・ガーランド監督が言っていたのが、他の国の人たちは下手したら自国の政治よりもアメリカの政治に関心があって詳しいと言っていて。本当にそうだなあと。

K「確かに自分自身も全くの日本人ですが、トランプが大統領になったら日本の安全保障、貿易、気候変動がどうなるんだと気にしているんですよね。縁もゆかりもないのに、世界の構造上、私たちの生活に直結するようになっている」

S「もしかしたら日本の自民党総裁選よりも、関心が高いのかもしれない。自民党総裁よりも米国大統領の方が、日本国民の生活に影響力があるはずはないだろうに」

撮影の指揮をとるアレックス・ガーランド監督 ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
撮影の指揮をとるアレックス・ガーランド監督 ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.

K「アレックス・ガーランド監督は英国人の映画監督ということで、スタンリー・キューブリック監督を思い出しました。彼の『博士の異常な愛情』という作品があります。アメリカの空軍のジャック・リッパー将軍がトチ狂って、この世は全てディープステート(当時の場合は『共産主義者』)のようなものに支配されていて、水道水にはフッ素が入っていて男性を皆不能して、アメリカ人の子どもが生まれないようにしていると思い込む。その果てに、先に自分の核爆弾でソ連を壊滅させなければという思想に取り憑かれて使命感で核戦争を始めようとするんです。そんな将軍の元にイギリス空軍から派遣されてきた将校があの手この手で、核戦争をやめさせようとするんですが、これは象徴的でしたね。イギリス人はアメリカ人のことをすごくよくわかっているから、アメリカが変になったら最初に気づく。でもアメリカを羽交い締めにして止める力は自国には無い」

L「確かに。冷静な視点でアメリカを描くという点では、イギリス人の監督だからできたことなのかもしれませんね。すごく深いところで幅広い層の人たちの戦争に対する意識を変えようとしているのかも知れません。

K「先ほど、アドレナリンが出るという話が出ましたが、どこで出るかですよね。普通の戦争映画でもアドレナリンは出ると思うんです。戦争映画って、銃を持った気持ちで鑑賞する人が一定数いますし。リドリー・スコット監督の『ブラックホークダウン』を観ると自分もブラックホークに乗ってM4カービン小銃を持ち戦場にいる気がしてくる、そういうアドレナリンなんですよね。『シビル・ウォー』は、自分は何もできない、そんな処刑台に立たされているようなアドレナリンなんですよね。殺される側の気持ちを味わえと監督に突きつけられているような…」

L「IMAXだ、銃だ、戦車だ、戦争だと言って映画館に行くと、あれ、カメラ?なんか違うぞっていう(笑)」

S「自分の命もここまでなのかもっていう気持ちは味わえましたね。終末を迎える人の立場になるから、アドレナリンが出るんだと思う。記者のジョエルに関しては、戦場に向かうと決まった瞬間に異常な興奮をしていた。記者であっても戦争は変なテンションになるものなんだろうな」

L「それに対して、リーはとても冷静。彼女が戦場を撮る動機は、台詞にあるように『アメリカに警告を発してる』というものだからなのかも。終盤は諦めているような、辛そうな表情が印象的です。ラストも衝撃的でしたが」

K「サミーが亡くなってから、リーは写真を撮らなくなって完全に無気力になっちゃう。とうとうアメリカ合衆国の最後の瞬間を見ていることへの絶望なんだと思う。彼女のモチベーションだった、アメリカへの警告が、ついに現実になり最悪の状況になったことへのショックなのかなと。自分自身は割と国家に対して信頼を置いている人間なので、国がああなったら立ち直れないと思う。彼女にそんな愛国心があるかはわからないけど、あのアパシーを個人的にそう理解しました。最後のジェシーのリーに対する態度、次の行動にすぐ移るところはちょっと理解しがたかったなあ」

S「ジェシーが戦場で写真を取り出してから、徐々にリーは撮影する量が減っていったのは、リーの使命がジェシーにどんどん乗り移っていったのではないかと。彼女の人格を引き継いだというか」

L「ジェシーの顔つきもだんだん変わっていって。彼女の成長を追っていましたよね」

S「この作品を通して戦場カメラマンの現地での動きみたいなものが分かって良かった。正直、自分も最前線で何が行われているかを見てみたいという気持ちになったし、戦場カメラマンに抱く一種の憧れみたいなものも理解できました」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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K「最後までわからないのは、アメリカが何をめぐって内戦しているか。いきなり首都陥落が目前という前提で話が始まるので。そこは、監督にとって大事なことではないのだなと。個人的にサミーが好きな登場人物で、太った老体を押してでも、DCに向かったというのは、アメリカのゴールデンエイジを知るものとして、最後を見届けなければと思ったのでしょう。1982年生まれの自分は、アメリカが光り輝いた最後の時代を見ているし、裏を返せば冷戦でソ連が潰れたからアメリカが一強になったのも知っている。アメリカの国会議事堂が襲われるとか、こんなにもバラバラになっているというのは、高校生の自分が知ったら信じられないと思うんです。サミーは、ボロボロになったアメリカに、自分の人生を否定されたような気持ちなったのではないですかね。なので命懸けの姿には、勝手に胸を打たれましたね。サミーが母国の崩壊していく姿を見つめている心情は、きっとウクライナ人が自分の国を見ている気持ちと同じなんだろうなと。普通に生活できていた場所が廃物的なものに置き換わっていく。ドンバス地方を除けば、ウクライナの人たちはここ30年は平和に暮らしてきたわけで。ガザの人たちは、ずっと戦争状態の中だったので、もっとその喪失は長引くものなのかもしれない。サミーは、ゴールデンエイジの日常を内面化した人の辛さみたいなのを感じました」

S「サミーとは年齢こそ違いますし、私もそういったことは縁遠いことだと思っていたんです。でも最近私のルーツであるバングラデシュで学生が主導する革命が起きました。以前の政権を追いやって、現在は臨時政府で対応していて国が不安定な状態です。イスラム教が大多数の国をルーツに持つ女性としては、これからの政治的状況によっては立場が弱くなる可能性もあって、日本という先進国で育ってしまった自分としては非現実的なことに感じました。よく考えるのは、バングラデシュはインド的な文化の上にイスラム教があるので、文化と宗教どちらが強いのだろうということ。ここ数年は子供時代に過ごした国の景色が大きく変化してきていました。服装は基本サリーだったのが、イスラム色が強くなっていく過程でヒジャブの人が増えていっている。サリーを着た美しい女性たちを見るのが好きだった身としては、文化ごとひっくり返されて奪われているような気持ちになる。まるで知らない国になっていく様子を見ているいまは、サミーの感覚に近いかもしれません」

K「世界をひっくりかえされる側の悲しみは計り知れない。ロシアのウクライナ侵攻初頭の2022年3月にウクライナのキーウ近郊のブチャとその周辺で、ロシア軍が民間人を殺害したのも、NHK『映像の世界 バタフライエフェクト』的なモノクロの映像の世界で見ていたことが、2022年に行われているのも衝撃的でしたし。ブチャは平穏な住宅街だったので、本当にショックが大きかったです」

S「文明が進化するとともに、人々のリテラシーは良くなって、頭脳も賢くなっているはずなのに、それでもこのような戦争や殺戮を繰り広げることができる。実は後退しているんじゃないかと感じることすらあります」

L「アメリカが舞台でないと成立しなかったと思うのは、アメリカは南北戦争以降、自国が戦場になっていないんですよね。もし舞台が日本やバングラデシュだったら、生々しすぎるというか。ここまで、多くの人の共感を呼べなかったのではないでしょうか」

K「内戦が起きても、アメリカは正規軍と西部連合それぞれの戦闘力がすごいので、海外から攻め込まれることはない。ロシアや中国もですが。大国において最大の敵は自国だという。アメリカは銃を捨てられない国だから、一度火がつくと本当に大変なことになる。あまり世界の先行きが明るいとは思えない結末でしたが、多くの人に見てもらいたい作品ですね」

S「結末は、スタンリー・キューブリックの『フルメタル・ジャケット』感もありました。ピュアな若者がまた一人、戦場に染まってしまったという意味で」

K「戦争映画は、ヒーローものになりがち。特にアメリカ映画は美談にする傾向があります。最近は、ロシアも薄っぺらいヒーローものの戦争映画を作っていて、まあつまらないですね。あとは、ベラルーシの会社が戦争を題材にしたゲーム『ワールド・オブ・タンクス』を作っています。ロシア国防省とタイアップして、ロシア国防省の中央軍事博物館には『ワールドオブタンクス』部屋があって、戦時下を体験できるという。このように、マッチョな感覚で映画を作るとヒーローやエンタメになる。または『博士の異常な愛情』みたいな悪いジョークみたいになるか。本作は一味違っていて、どこにも行き場はなく、一貫してどよ〜んとしているんですよね」

L「中立的な視点で終始淡々と語られるので、ある種のアメリカのリアリズムを感じました。結末は、もう「各自持って帰って考えてください」って感じもある。そういう意味ではやはりA24らしい作品だったのかも。新しい感覚の戦争映画として、意義深いと思う。一見面白そうなSFだけど、後味の悪さで内省させてられるんですね」

K「本当に。『トップガンマーベリック』と同時上映したほうがいい(笑)。最後の結末は、「この愚かな戦争をやっているのはお前だ」と突きつけてくる感じすらある。戦争映画のメッセージの届け方として「戦争は悲劇だからいけないんですよ」という描き方があります。反戦映画って往々にして主人公や見ている人は被害者。あの4人組は被害者ではなく、戦争に対して客体ではなく主体で自分たちが戦争の一部になっていますよね。だからこそ、見た人は自分の物語としてしまう後味の悪さがある。珍しい印象を残す作品かもしれません」

L「リーは最年少でマグナムに所属したという設定もあり、監督の戦場カメラマンへの憧れと尊敬、あとちょっとした哀愁を感じる。また、ああいうジャーナリズムがこの世の中に戻ってくるのか。それに関しては描かれないことが、一番SFっぽいかも。アメリカの内戦の物語よりも、ずっと夢物語に感じます」

K「さっき話になったSNSは大手新聞社やTV局ができない発信方法だけど、人々の行動に関してまだコンダクトはできていないんですよ。それが今後作れたら、新しいジャーナリスト像が生まれるかもしれませんね」

ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY.All Rights Reserved.
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『シビル・ウォー アメリカ最後の日』

監督/脚本:アレックス・ガーランド
キャスト/キルステン・ダンスト、ワグネル・モウラ、スティーヴン・マッキンリー・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニ―
配給/ハピネットファントム・スタジオ
原題/CIVIL WAR|2024年|アメリカ・イギリス映画|PG12
https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
ⓒ2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.

TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開中

Edit & Text:Aika Kawada Illustlations:Yuko Matoba

Magazine

DECEMBER 2024 N°182

2024.10.28 発売

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