『虎に翼』吉田恵里香インタビュー「生理を描く覚悟」
放送中の朝ドラ『虎に翼』で生理に苦しむ主人公を描いた脚本家の吉田恵里香。執筆の経緯を聞くと、そこには差別や偏見をなくしたいという願いがあった。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年10月号掲載)
生理への偏見をなくすために、継続的に描く
「『虎に翼』の前に単発ドラマ『生理のおじさんとその娘』を書きました。そういえば、生理のことって物語で意識的に避けられているな、と。生理についてはオープンだったり、不浄視したりと、捉え方に家庭差や社会環境差が大きい。大昔から不浄視する歴史が延々と続く一方、生理がなかったら誰もこの世に生まれていない。物語で登場人物の生活全てを描く必要はなく、よかれと思って取捨選択されて描かれなかったのが実情だと思います。
でも、選択肢から外れ続けるのも癪ですよね。だから『生理のおじさんとその娘』をやったんですが、1回やったら終わりという消費の仕方もすごく嫌で。『虎に翼』でも絶対に触れたいとスタッフさんとも話しました。生理について興味のあるなしにかかわらず、見る人がたくさんいる、分母の大きい朝ドラで触れることに意味があると思っています。『虎に翼』が終わった後も生理への偏見がなくなるよう、何らかの形で継続してしつこいと思われるくらい取り上げようと思います」
生理には個人差があること、寅子の人生でその後も幾度となく生理が描かれていることも印象的だ。
「生理は自分の力だけでどうすることもできないのに、『だから女はダメだ』となりがちじゃないですか。それがいかに愚かなことかをやりたかったんですね。『生理のおじさんとその娘』を描く際に、生理についての男性の認識を調べたことがあったんですが、年齢を問わず、ビックリするほど何も知らない人が多くて。
月に一度血を出すだけとか、血を膣の中に溜めておいて出せるとか、男性の射精と同じようにある程度コントロールできると思っている人もいたんです。保健体育の授業って全然意味がないんだと思いました。だから、寅子が少なくとも10代からずっと一緒に寄り添っているもの、個人差があるものということは意識的に描きました」
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一方、朝ドラ定番のヒロインの出産シーンがカットされた理由とは。
「一番の理由は、そこに作品上のドラマを作る予定がなかったから。女の人が汗をかいて陣痛に苦しむことを『感動』として消費されていることに抵抗があります。出産シーンは手術のオペを見せられているのと同じことなのに、感動や美しいものとして描いちゃいかんだろう、と。自分自身の出産では、作家だから経験しておこうと自然分娩を選択しましたが、破水してから陣痛がなかなか来ず想定したものと違う経験となりました。
とにかくキラキラ美しく描くのは絶対にやりたくなかった。よく『出産は命がけ』と言われるのに、『痛みを経験しないと母親になれない』信仰もある。だったら、再婚相手の連れ子の母になれないのかとか、子どもを産めない人は母になれないのかと思うんです。そういう思い込みが、無痛分娩の保険適用に進まない理由にもつながっている気がして」
存在しない者として扱われてきた人たちを描きたい
存在しないとされる人々や、その思いを透明化しないという考え方が全編を通して貫かれているように見える。
「題材を選ぶときに最初は何者でもない人の話を書きたいと思ったんです。でも、三淵嘉子さんの人生を知って、法律について勉強していくうちに、どんどん惹かれていきました。さらに『法律をテーマにしたら、存在しない者として扱われてきた人たちをなるべく描くということをド直球でやれるんじゃないか、いろいろな問題提起ができるんじゃないか』と思ったんです」
経済的にも愛情面でも恵まれた家庭の「持てる人」寅子を軸に、「持てない人々のドラマ」を誰に託すか考えた中で、個性豊かなキャラクターが誕生。やりたいドラマをそれぞれに当てはめていったのだという。
「私はアニメや連ドラを10話や13話の尺で描くことが多いんですが、朝ドラの半年間の尺だったらもっと描けるんじゃないかと。しかも、今回は『恋せぬふたり』『生理のおじさんとその娘』でご一緒した、私のことをわかってくれているスタッフたちとともにやれる超絶ラッキーな現場。だからこそ、差別や人権のことをド直球でやれる。こんな機会はもう一生ないと思うんですよ。そういう意味で悔いなくやろうと思っています」
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知らぬ間に差別に加担させられる社会構造への怒り
吉田さんが差別への違和感や憤りを抱くようになったのは、幼少期から。
「父方のおばがフランス人と結婚したことや、ここで話す許可を得ていますが、母が英会話学校をやっていて同性愛者の先生がいたこと、お父さんが蒸発してしまった子をわが家が預かったこともありました。思い返せば差別を身近に感じることが多かったのかも。
その一方、私が中高生の頃には嫌韓ブームがあって、書籍なども流行っていて、『こんなに悪く書かれるのは、きっと悪い部分もあるんだろう』と漠然と信じ込まされていた時期もあった。それが違うと気づいたとき、『知らぬ間に差別に加担させられる、社会構造の問題じゃないか』と思ったんです。
それで、大人に対しての怒りを抱くようになって、気づいたら自分が大人になってバトンを渡される立場になっていた。だったら、私はエンタメ業界に身を置いているのだから、自分ができることをまずやろうと考え始めたのが25~26歳のときでした」
平等、人権をテーマにすることで、偽善だと言われることもあるという。それでも「私が描くことが正解とは思っていない」「今の自分がやれる限りのことをやっているだけ」「議論のきっかけになれば」と言う吉田さん。その覚悟を受け止め、バトンをつなぐことが、私たち視聴者一人一人に託されたことなのかもしれない。
Illustration:Yoshimi Hatori Interview & Text:Wakako Takoh Edit:Miyu Kadota