バービー×武田砂鉄 対談「心のための情報との付き合い方」
現代の心の豊かさについて問うならば、あふれる情報との付き合い方についても考えてみたい。小誌の連載でおなじみのバービーと、執筆やラジオで活躍する武田砂鉄が与えてくれる新たな視点。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年11月号掲載)
情報を遮断することで思考が活性化される
──武田さんは、バービーさんの“ラジオの父”なんだとか。
バービー「私たち、ラジオ局以外で会うのは初めてですよね」
武田砂鉄「そうですね。 ラジオの父としては『バービーさん、元気にしているだろうか』と気になっているんです。3年ほど前、バービーさんのラジオ番組『週末ノオト』にゲストで呼んでいただいたとき、『自分は出涸らしになっている』とおっしゃってましたよね。きっといろんな場で発言を求められて疲れていたのかなと」
バービー「当時は神輿に担がれている感覚があって、『私の代わりに言ってください!』という人の多さに辟易していました。仕事量も情報量もいっぱいいっぱいになっていたんです」
武田「SNSもテレビも代弁者を見つけて一気に消費しようとする傾向がありますよね。そのテンションをはねのけるのって結構大変だったんじゃないかと」
バービー「無理に拒否することはしませんでしたが、いったん手放した時期はありました。それこそ『週末ノオト』が終わって仕事の量を減らし、ネットニュースやSNSを見る時間も一気に減らして。そうすると、以前はDMにたくさん来ていた長文のお悩み相談がほとんどなくなりました。今はSNSといい距離感を保てているのかなと思います」
武田「僕もX(Twitter)はやっていますが、誰のコメントにも返事はしないし、リツイートも『いいね』もしません。SNSは自分の一つのパーツでしかないですし、自分が好きな人だけじゃなくて、なんとなくこの人の意見は知りたくないなと思う人の投稿もチェックするようにしています。ある種、SNSを自分にとってベストなものにしないように」
バービー「わかります。私も考え方が真逆の人もフォローしています」
武田「今の時代、情報の速度を落とすことはもはや不可能なので、どう付き合っていくかを考えるしかないと思うんです。バービーさんはあえて何も見ない状況をつくるわけですよね、あのブオーンって鳴るやつで」
バービー「シンギングボウルですね(笑)。それもそうですし、休日は何の情報も入れないようにしています。」
武田「何をしているんですか」
バービー「先日は北海道の実家に帰って、家の片付けをしたり地元の人に会ったりしていました。本や映画を観る時間もなくて、ただ目の前のことに向き合うだけ。刺激的な情報を入れなくても、『私、生きてていいんだ』みたいな感覚になりましたね」
武田「バービーさんは学生の頃、冬の夜に家の窓を開けると、雪、月、自分しかない環境で『人はなぜ生きるのか』といったことを考えるようになったとおっしゃってましたね」
バービー「そうなんです。娯楽なんてないから、頭の中で妄想を膨らませるしかなかったです」
武田「これってある種、いろんな人に当てはまることだと思うんです。外からの情報を遮断することで、思考が活性化される」
バービー「そうですね。でも、一人で考えすぎて良くない方向へ進むこともあるから、私の場合は一週間ぐらいがちょうどよかったかな。武田さんは情報を遮断することありますか?」
武田「ないですね。僕は興味のないものを見たり読んだり聴くのが好きなんですよ。面白くないラジオ番組こそじっくり聴いてます」
バービー「あははは。そしたら、無限に興味が尽きないですね」
武田「どうして自分はこれが気に食わないんだろうって考えを踏み外すのが好きなんです。いま推し活がブームになっていますが、好きなものを摂取しすぎて、その熱に耐えられなくなって摩耗する人がいるんじゃないかと心配になります。僕はハードロックやヘヴィメタルが好きですが、ライブに行っても『おっ、やってんな』って感じでわりと客観的に見てるんです。人に対しても直情的になったり、怒ったことがないんです」
バービー「え! 怒りすぎてペットボトルを投げつけたことないですか」
武田「ないですね(笑)。バービーさんはパートナーに感情をぶつけるとおっしゃっていましたよね?」
バービー「そうですね。感情をうまく出せずにつらくなったら、カラオケに行って一人で泣いたりしています。先日、つらいことがあって『耐えられない』と思いながら家に帰って、テレビ番組『ザ・ノンフィクション』を観ていたら、涙がつーっと流れてきて、気づいたら動悸も治まっていました」
武田「『ザ・ノンフィクション』、いいですよね。僕も定期的に観ています」
バービー「時には怒りが湧いたり、悪い切り取り方してるなって思うときもありますけど、それも含めて笑えたり、涙が出てきて浄化されます」
武田「出てくる人の感情がどんどん変わっていくのがいいですよね。テレビ番組なのでわかりやすく作っているんでしょうし、そのまま受け取ることはないですけど。僕はどんなものでも100%信じないほうがいいと思っています。さっきの推しの話にもつながりますけど、信じていたものが崩れたときに、自分まで崩れる可能性がある。疑り深いってポジティブに受け取られないですが、そのほうが自分が保たれると思うんです」
バービー「私も自分自身に対して疑う目線は持っていたいです。何かをするときも『本心でそう思ってる?』と自問自答を繰り返しています」
武田「バービーさんはノートにやりたいことリストを書くっておっしゃってましたけど、今もやってますか」
バービー「定期的にではないですけど続けています。ノートに書くと自分の思いを客観視できるというか、頭の中だけで考えていたら楽なほうに行っちゃう気がして。武田さんはやりたいことリスト作りますか?」
武田「作らないですね。僕、仕事で声をかけられたら、よっぽど自分より適切な人がいると感じたもの以外はやるんです。結果的に、いろんなジャンルの仕事をやるようになりました。得意じゃなくてもやる。得意なものも苦手なものもとにかくごちゃごちゃした状態が保てているから、それでいいんじゃないかと。いろんなものをやっていれば、どこかに連れていってくれる気がしています」
好きじゃないものも吸収すると客観的になれる
──お二人は「心が豊かな状態」ってどんな状態だと思いますか。
バービー「私は自分の成長を感じられたときかな。それまでできなかったことをできたときに豊かさを感じます」
武田「心の豊かさとはこうだってプレゼンした時点で、その人の本来性が欠けてしまうと思うんです。包み隠さず自分の心の状態を打ち明けるなんてできない。だから、僕は心の状態が豊かかどうかと考えるよりも、ただ、『どうかな? 大丈夫なのかな?』というのを続けている感じ」
──武田さんがそうできるのは、ご自身の考えがしっかりあるからかなと思いました。自分の考えがないと他人の意見を鵜呑みにしてしまって振り回され、なかなか心の豊かさを感じられない。今の時代、一歩ずつ立ち止まって検証する力はどうやったら養えると思いますか。
武田「僕、先日、ちっとも興味のない、テンションの高いグループのライブに行ったんです。そうすると、観客全員対自分一人みたいな気分になる。普段接しない人たちがいる場所に身を置くと居心地は悪いんだけど、精神的な体幹は強くなった感じがしました。それと同じで、テレビも本もSNSも自分の好きなものだけじゃなくていろんなものを吸収すると『こういう世界もあるのか』と客観視できる。今は情報量が多くて常にごちゃごちゃしているから、せめて自分の心の中は整理しなきゃいけないと思うのかもしれないけど、ごちゃごちゃした状態を無理に整えようとせずに耕せば、自分の根幹を強くできて情報に振り回されることはないのかなって思うんです」
バービー「確かに。ものすごい速さで多くの情報があふれているうえに、白黒つけたがる人が多くて、自分で疑う瞬間を見失っているのかも」
武田「もっとごちゃごちゃの状態を楽しめたらいいのになって思います。僕らの世代って小・中学校までは下校したら翌朝まで友達とコミュニケーションが取れなかったですよね。それってすごく豊かなことだと思うんです。夜、テレビを見て『明日あいつにどうやって面白く話そうかな』と半日くらい考えを蓄えた状態で会って話すっていいことだったよなって。ただの懐古主義かもしれないけど」
バービー「その時間にこそ倫理観が育つのかもしれないですね。『Aちゃんはどう思うかな?』とか『Cくんはこの発言で傷ついてないかな?』とか」
武田「そういえば僕、バービーさんの歌姫計画をすごく応援しているんです。絶対イケると思うんですよ」
バービー「うれしい! 誰も言ってくれないですよ、イケるって」
武田「あと、バービーさんのYouTubeでは、『川本真琴さんの曲を歌ってみた』という動画を繰り返し観ています。この動画、バービーさん史上最も再生数が低いんでしたっけ?」
バービー「そうなんですよ(笑)」
武田「ほぼ結婚式の余興ですよね」
バービー「それをプロの芸人がやっているっていう。でもいいんです。完成度よりも私が純粋にやりたいことなので、それでよくない?みたいな」
武田「自己満足って大事ですよね」
バービー「そう思います。YouTubeは自己満足動画ほど伸びないんですよね。でも、やっていきますけどね、私のチャンネルだから」
武田「心の豊かさを忘れそうになったときに『バービーちゃんねる』の再生数が低いものから順に観てもらうといいかもしれないですね」
バービー「そうかも。このレベルでいいんだって思ってもらえたら、みんな心が少し豊かになると思います」
Photos:Takao Iwasawa Interview & Text:Mariko Uramoto