『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』クララ・マクレガー×エマ・ウェステンバーグ インタビュー|Numero TOKYO
Culture / Feature

クララ・マクレガー×エマ・ウェステンバーグ対談『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』で紡いだ父と娘の物語

『トレインスポッティング』や『スター・ウォーズ』等で知られる名優、ユアン・マクレガーと実の娘で俳優&プロデューサーのクララ・マクレガーがW主演で父娘役を演じた『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』。ユアンが22年間連れ添った妻と離婚し、5年後の再婚の際にクララが猛反対し、疎遠になった時期があった2人だが、クララがある日『ブリーディング・ラブ』の脚本を送ったことで、父娘の物語は再び動き出した。

ユアンが「物語の美しさに度肝を抜かれた。(私たちの)実際の話ではないけれど、私たちのことを感じられる内容だった」と語った脚本の内容は、娘のドラッグ過剰摂取をきっかけに疎遠になっていた父と娘が再会し、二人でロードトリップに繰り出す物語だ。

ユアンが演じる父親がハンドルを握り、クララが演じるターボというあだ名の娘が助手席に座った青い80年代もののトラックは荒涼とした大地を走る。未成年であるがヘビースモーカーであり、アルコール依存の傾向があるターボ。父もまた重度のアルコール依存症がきっかけで元妻と幼いターボを残して家を出て行ったという傷を抱えている。かつてはとても仲の良かった最愛の娘がドラッグの過剰摂取で生死をさまよっているという連絡が元妻から入ったことで、すぐにターボの元に駆けつけた父は自らの無力さに苛まれる。幼い頃夢中になっていた絵を描くことの楽しさを思い出してもらうため、ターボをニューメキシコ州サンタフェにある知人のアトリエに連れて行こうとしているのだ。カーラジオから流れるレオナ・ルイスの大ヒット曲「ブリーディング・ラブ」を昔と同じように笑顔で熱唱するふたり。旅の道中で起こるさまざまな出来事が二人の距離を近づけていく──。「ブリーディング・ラブ」はユアンと幼い頃のクララの思い出の曲でもある。

クララに加え、ヴェラ・ヴァルダーとルビー・キャスターが脚本を手がけ、ジャネール・モネイのMV「PYNK」の監督として知られ、本作が長編デビュー作となるエマ・ウェステンバーグが監督を務めた。『ブリーディング・ラブ』は全員がALLアンダー33の女性のチームを中心に制作されている。実際のユアンとクララの物語とも重なる何にも代えがたい親子愛が描かれた本作は、クララとヴェラが立ち上げた女性の多様性に光を当てる作品を作ることを目的に創設された映画・ドラマ制作会社「ドゥ・デイムス・エンターテインメント」から生み出された作品でもある。クララとエマに様々なことを聞いた。

クララ・マクレガー
クララ・マクレガー

エマ・ウェステンバーグ
エマ・ウェステンバーグ

──クララさんが脚本のベースを書いたことから『ブリーディング・ラブ』の制作が始まったそうですが、この物語を書こうと思ったのはどうしてだったんでしょう?

クララ・マクレガー「私と父の間にはいろいろなことがありましたが、乗り越えることができました。また、家族の物語というのは誰もが共感できるものであり、それぞれが自分だけの家族の物語を持っているので以前から興味がありました。そこで、脚本家のルビー・キャスターと、プロデューサーであり私のパートナーであるヴェラ・バスターにアイディアを伝えて、3人で脚本開発を始めました。監督のエマにも脚本段階から参加してもらい、素晴らしいアイデアやヴィジョンをもらうことができ、結果的に全員の経験や視点をミックスした作品になりました。私としては、他とは違う作品にしたいということと、ダークな物語かもしれないけれどユーモアと軽妙さがある作品にしたいということに特にこだわりました。なぜなら、人生は悲劇的な瞬間でさえコメディのような要素があると思っているからです」

──お父様であるユアン・マクレガーさんに『ブリーディング・ラブ』の脚本を送ったそうですが、どんな思いがあったのでしょう?

クララ「父には脚本を送る前に『こういう映画のアイデアがあって、是非出てほしい』という話はしていました。でも、ナーバスな要素がある作品なので、実際に脚本を読んでもらうことでワクワクしてもらって『参加したい』と思って欲しかった。脚本を読んでもらったことで私が抱いていた不安はすぐに解消されました」

──エマ・ウェステンバーグ監督は監督のオファーを受けてどう思いましたか?

エマ・ウェステンバーグ「クララとヴェラとは元々知り合いでした。ヴェラとはお互いがアメリカに移住する以前、12年ぐらい前に一緒にミュージックビデオを撮ったことがありました。本作の脚本をもらった時はユアンとクララが参加することが決まっていたので興奮しました。私は『ビッグ・フィッシュ』や『ムーラン・ルージュ』等を観て育ってきて、多くの人と同じようにユアンの大ファンです。何より大きかったのは、脚本の内容が私自身の物語と重なるところがあり『私だったらこの物語を語れる』という確信があったことです。その時点ではまだ何人かの監督にアプローチしている状況だったので、脚本をリライトし、ビジュアルのビジョンをユアンやクララたちにプレゼンしました。そして、私と一緒にこの方向性で作ろうと決めてもらえた。当初の脚本は父の悪癖を模倣する子供の要素が強かったんですが、私は『父と娘の物語にもっと寄せたい』と提案しました。父親に見捨てられたからこそ、その父親を模倣してしまうという流れが自分としては納得できたからです」

──脚本のどういったところに惹かれたのでしょう?

エマ「先ほどクララが言っていましたが、私も人生の大部分に軽妙さやユーモアを入れたいタイプなので、そこにまず惹かれました。ヘビーな物語ほどそういう要素が必要だと思いますし、だからこそより共感ができる物語になると思っています。また、私が一番影響を受けたのは父です。そして、ドラッグ依存症の人は全く違う人格を同時に持っているように見えるので、子供は混乱します。にもかかわらず無意識に親の真似をしてしまうところがある。その点にも共感しました」

──父と娘の関係の複雑さを描く上でどんなことを意識しましたか?

クララ「そもそもこの物語を作りたいと思った理由のひとつに、父と娘の関係性の力学は母と娘の関係性の力学とは違うということがありました。父親は母親とは違う形で私たちに大きなインパクトを与えます。そこまで難しいことをやっている意識はありませんでしたが、できる限り実際の自分と父の関係を忠実に描くことを意識しました。自分自身が演じるということもあり、どうしても美化したくなる気持ちは出てくるものなのですが、そこはしっかり抑えました」

──ユアンさんがエグゼクティブプロデューサーを担ったのはどうしてだったんでしょう?

クララ「初期段階から参加してくれていたので自然な流れでした。ビジネス的な理由もあります(笑)」

エマ「(笑)一緒に話し合いをしながら作りましたが、そこまで予算がある作品ではなく、彼が他の作品で受け取っているギャラは払えなかったので、せめてもの対価としてエグゼクティブプロデューサーというクレジットを入れさせてもらいました」

──クララさんは、今作によってユアンさんとの関係性に何か変化はありましたか?

クララ「撮影に入る前から私たちの関係性は堅固でしたが、初めて共演という形で父の仕事ぶりを間近で見て、改めてすごさを感じました。絆がより深まりました」

──今作がお二人をはじめ、アンダー33の女性を中心にしたチームによって作品が制作されたことについて、どんなことを感じていますか?

エマ「トータルのスタッフの男女比は50/50でしたが、各部署のヘッドは全員女性でした。素敵な体験だったと思っています。ただ私は、年齢もジェンダーもいろいろな方に参加して欲しいと思っています。同じような環境や時代に育ったり、同じような立場の人が集まると偏りが出てしまいますから。いつもそういった意識でスタッフィングをしています。違いがある人たちと制作をすると、自ずとコミュニケーションをしっかりと取らなければいけなくなるので、より物語における共通点が見えてきます。その過程がすごく面白いです」

──クララさんは2022年にヴェラさんと二人で、女性のエンパワメントを掲げ、女性の多様性に光を当てる作品を作る目的で独立系の映画・ドラマ制作会社「ドゥ・デイムス・エンターテインメント」を設立されました。『ブリーディング・ラブ』も「ドゥ・デイムス・エンターテインメント」が制作した作品のひとつですが、設立にはどのような思いがあったのでしょう?

クララ「ジュリー・ドービニーという実在した17世紀のフランス人のオペラ歌手であり、男装する剣士の存在を知りました。彼女はある女性と恋に落ちたものの、相手の女性は修道院に送り込まれて軟禁されてしまい、彼女を脱出させるために修道院を燃やしたという逸話がある方なんですね。そういったとても興味深いのに埋もれている物語を映画やドラマにしたいという気持ちがありました。ジュリー・ドービニーの物語は今、『Goddess(女神)』というタイトルを付けて企画を進めています。他にもたくさんの企画が進んでおり、中にはエマが関わっているものもあります。そして、やはり映画業界の女性を応援したいという気持ちも強くありました。女性視点の映画は増えてはいますが、女性のクリエイターはまだまだ少ないと思っています。女性の視点はとても重要です」

──女性のクリエイターを取り巻く状況がどのように変化していったらいいと思っていますか?

クララ「男性が上とか女性が上とかは全く思っていなくて、女性にも男性と同じだけのリスペクトを持ってもらえるようになればいいと思っています」

エマ「同感です。カメラの先にいる人口の比率はほぼ50/50なのだから、カメラの前にいるスタッフも50/50になれば最高ですよね」

撮影メイキングより
撮影メイキングより

──数の問題だけでなく、実際に何かハンディキャップを感じたことはありますか?

クララ「会社を立ち上げ、プロデューサーとしていろいろな方と話をする中で、なかなか耳を傾けてもらえないことはあります。そんな状況でもエマは監督として素晴らしかった。スタッフみんなが彼女の周りに集まるリーダーとなっていました」

エマ「男性の同僚たちが何か自分がしたいことを伝えると『OK』と言われるのに、私が何かを言うと『あの監督は何を言ってるか自分でわかってるのかな』とか『あなたはなぜ今その立場にいるの?』と言われたりすることがあります。そこで私は苦笑して『10年間この仕事をやってきて今監督になってるだけ』と答えます。ただ、私は男性として生きたことがないので彼らにも同じような葛藤があるのかもしれません。また、女性の監督は大規模な作品を作る機会が少ないので、もっと女性監督もそういった作品を作ることができればいいのにと思っています」

クララ「女性たちがパワフルに頑張ることができる環境づくりをすることが大事だと思っています。もちろん男性を排除するわけではなく、男性と一緒にそういう環境を作っていきたいです」

『ブリーディング・ラブ はじまりの旅』

監督/エマ・ウェステンバーグ
脚本/ルビー・キャスター、クララ・マクレガー、ヴェラ・バルダー
出演/ユアン・マクレガー、クララ・マクレガー
7月5日(金)新宿ピカデリー他全国公開
©2024 SOBINI FILMS, INC. All Rights Reserved.
longride.jp/bleedinglove/

Interview & Text:Kaori Komatsu

Profile

Clara McGregor クララ・マクレガー 1996年2月4日、英イングランド・ロンドン出身。俳優、脚本家、プロデューサー。父は本作でも父役を演じたユアン・マクレガー。母はフランス人。学生時代はモデルとして活躍し、2017年にニューヨーク大学ティッシュ芸術大学院を卒業後は俳優、プロデューサー業に進む。2021年、ヴァル・キルマーらと共演した『The Birthday Cake』で、出演のほか共同製作を務める。2020年、ヴェラ・ヴィルダーとともに、独立系映画・テレビ制作会社ドゥ・デイムス・エンターテインメントを設立。同社は、女性の多様な経験に光を当て祝福する物語の開発に取り組んでいる。本作『Bleeding Love』では、父ユアンとW主演のほか、製作・共同脚本を務めた。
Emma Westenbergエマ・ウェステンバーグ 1990年3月、アメリカ・カリフォルニア州バークレー出身。ロサンゼルスを拠点に活動するオランダ人監督。古典的さとポップな美学の融合が持ち味で、独特な世界を作り出し批評家たちに絶賛される、注目の新鋭。アムステルダムの有名な美術大学ヘリット・リートフェルト・アカデミーと、ニューヨーク・マンハッタンにある難関校で著名人を多く輩出している芸術大学クーパー・ユニオンで学ぶ。『Bleeding Love』で長編商業監督デビュー、2023年3月のサウス・バイ・サウスウエストでプレミア上映され話題となる。テレビシリーズ「ドールフェイス」(19〜22)、「リトル・ヴォイス」(20〜)、「LONG SLOW EXHALE」(22)などを監督。ミュージックビデオも数々手がけ、ジャネール・モネイのビデオ「PYNK」でグラミー賞の最優秀監督賞にノミネートされる。スウォッチ、HP、テキーラ「クエルボ」など世界的な有名ブランドのコマーシャルも監督。

Magazine

NOVEMBER 2024 N°181

2024.9.28 発売

Instinctive

直感で選ぼう

オンライン書店で購入する