新作から旧作まで、もっと知りたいモノクロ映画のこと | Numero TOKYO
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新作から旧作まで、もっと知りたいモノクロ映画のこと

映画の作り手は、なぜ今あえてモノクロの映像表現を選ぶのか。あまたあるモノクロ映画の中からおすすめの近作や話題作、影響力のある作品を例に映画評論家・ライターの森直人が解説。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年5月号掲載)

1. おすすめしたい近年の傑作『カモン カモン』

『カモン カモン』 マイク・ミルズ監督(2021年) ©2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved. U-NEXTで配信中
『カモン カモン』 マイク・ミルズ監督(2021年) ©2021 Be Funny When You Can LLC. All Rights Reserved. U-NEXTで配信中

モノクロ映画のニューモードを体現する近作としてはまずこれを挙げたい。米国の映画作家マイク・ミルズ監督が『20センチュリー・ウーマン』(16年)に続き、人気スタジオ「A24」と組んだ珠玉のヒューマンドラマだ。お話は「父と息子」の練習のような叔父と甥っ子の姿を描いたもの。ミルズ自身の子育て経験に基づいたもので(パートナーはアーティストのミランダ・ジュライ)、幼い息子のホッパー君をお風呂に入れているときに思いついた物語らしい。脚本に惚れ込んだ名優ホアキン・フェニックスが突然9歳の甥っ子と過ごすことになったジャーナリストを演じる。

彼らがLAやNYなど米国の各地を回る旅が展開するのだが、本作にインスパイアを与えたロードムービーが『PERFECT DAYS』(23年)で話題沸騰中のヴィム・ヴェンダース監督の初期の名作『都会のアリス』(1973年)だ。やはりモノクロで撮られた本作のアートフォームにオマージュを捧げつつ、同時に“ドキュメンタリー性を盛り込んだ寓話”という意図が白黒の映像世界に込められた。撮影は『哀れなるものたち』(23年)などを手がける当代随一の名手ロビー・ライアン。モノクロ映像は回想やノスタルジアの表現として採用されることが多いが、もっと多様な選択の仕方がある。特に本作はシネマティックな愉楽を堪能させてくれる好例だ。

2. モノクロの美を追求する鬼才、タル・ベーラ監督

光と影だけで構成された映像世界――モノクロの美しさを追求した映画作家と言えば、ハンガリーを代表する鬼才にして伝説の監督、タル・ベーラ(1955年生まれ)を置いて他にない。1994年に7時間半にも及ぶ破格の大作『サタンタンゴ』を完成させて以来、ジム・ジャームッシュやガス・ヴァン・サントなど名だたる同業者を含む多くの賞賛と崇拝を集めてきた。しかし2011年に日本でもロングランヒットを記録した『ニーチェの馬』を最後に監督業からは引退。現在は後進の育成に努めている。

『ヴェルクマイスター・ハーモニー』4Kレストア版 タル・ベーラ監督(2000年) © Göess Film, Von Vietinghoff Filmproduktion, 13 Production
『ヴェルクマイスター・ハーモニー』4Kレストア版 タル・ベーラ監督(2000年) © Göess Film, Von Vietinghoff Filmproduktion, 13 Production

何より物質としてのフィルムに魅せられているタル・ベーラは、映画の臨界点に迫るようなダイナミックな長回しを駆使し、人間たちが破滅や混乱に向かう漆黒の黙示録を巨大な壁画のように描きあげる。これまでニューヨーク近代美術館(MoMA)やパリの国立ポンピドゥセンターなどでも大規模な特集上映が催されてきたが、もはや現代アートの領域にいる映画作家だとも言える。そして146分の全編わずか37カットからなる2000年の傑作『ヴェルクマイスター・ハーモニー』の4Kレストア版が現在日本でも劇場公開中。ぜひスクリーンで圧巻の映像体験を喰らってほしい。

3. 影響力大! 米インディーズの先駆性

カラーで撮影されるのが当たり前の現代において、あえてモノクロ映像を選択する、という点で先駆的な動きを見せていたのが1980年代から90年代、ニューヨークを拠点・中心とする米インディーズ映画群だ。

『ストレンジャー・ザン・パラダイス』 ジム・ジャームッシュ監督(1984年) ©1984 Cinesthesia Productions Inc. U-NEXTで配信中
『ストレンジャー・ザン・パラダイス』 ジム・ジャームッシュ監督(1984年) ©1984 Cinesthesia Productions Inc. U-NEXTで配信中

例えばジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84年)や『ダウン・バイ・ロー』(86年)、スパイク・リー監督の『シーズ・ガッタ・ハヴ・イット』(86年/正確にはパートカラー)など。スティーヴ・ブシェミ主演の『イン・ザ・スープ』(92年)を撮ったアレクサンダー・ロックウェル監督は、久々に発表した2020年の新作『スウィート・シング』でもモノクロを採用した。

『スウィート・シング』 アレクサンダー・ロックウェル監督(2020年) ©2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED U-NEXTで配信
『スウィート・シング』 アレクサンダー・ロックウェル監督(2020年) ©2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED U-NEXTで配信

彼らがモノクロを再解釈し、切り開いたルックの新鮮な魅力が、例えばノア・バームバック監督の『フランシス・ハ』(12年)、あるいはアマリア・ウルマン監督・主演の『エル プラネタ』(21年/米・スペイン合作)などの後続にも影響を与えているのは間違いないだろう。

4. モノクロ版で原点回帰『ゴジラ-1.0/C』

『ゴジラ-1.0/C』 山崎貴監督(2024年) ©2023 TOHO CO., LTD. 「全国東宝系にて公開中」
『ゴジラ-1.0/C』 山崎貴監督(2024年) ©2023 TOHO CO., LTD. 「全国東宝系にて公開中」

いまや世界を席巻し、怪獣映画の新しいマスターピースとして熱狂的に迎えられ、第96回アカデミー賞視覚効果賞を受賞した山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』。日本では2023年11月に劇場公開。同年12月にはアメリカでも公開され、全米歴代邦画実写作品の興行収入1位を記録した。そして本作のモノクロ版が24年1月12日に公開。

題して『ゴジラ-1.0/C』(タイトルの読み方は『ゴジラマイナスワン/マイナスカラー』)。このVer.はもちろん1954年の第1作『ゴジラ』へのオマージュ。まるで当時のニュースフィルムのように、戦争の傷跡と暗い影がモノクロ映像に込められたゴジラの原点に近づくためのアプローチである。いわばハイコンテクストな意図に基づくものだが、その深い陰影が刻まれた世界観は、より直接的な恐怖や重厚感を与えるものになっている。

また23年10月には『ゴジラ-1.0』公開記念の企画「山崎貴セレクション ゴジラ上映会」にて、庵野秀明総監督の『シン・ゴジラ』(16年)のモノクロ版『シン・ゴジラ:オルソ』が初上映された(「オルソ」とはモノクロフィルムの一種である「オルソクロマチックフィルム」のこと)。

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Text:Naoto Mori Edit:Chiho Inoue

Profile

森直人Naoto Mori 映画評論家、ライター。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』、編著に『ゼロ年代+の映画』ほか。『週刊文春』『朝日新聞』『TV Bros.』『シネマトゥデイ』「Numero.jp」などでも定期的に執筆中。 YouTube配信番組『活弁シネマ倶楽部』でMC担当中。

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