ファッションの始まりは農業⁉︎ VEJAと巡るブラジル、オーガニックコットンの旅
サステイナビリティ、フェアトレード、トランスペアレンシー(透明性)を掲げるブランド、VEJA(ヴェジャ)。キャンバス地のスニーカーや靴紐、インナーソールに使われるコットンは生態系との調和を重視したブラジルとペルーで栽培されたオーガニックのもの。そんなVEJAのスニーカーで使う綿花はどんな風に育てられているのだろうか?ブラジルのオーガニックコットンの現場をつぶさにレポート。
ブラジルの内陸部,ピアウイ州にルアンの牧場と畑がある。100年以上前から先祖が住むこの土地でずっと農業を続けてきた。7ヘクタールある農地では、コットンに加えて、とうもろこし、ごま、豆、スイカなどさまざまな作物を植え、他の大規模農業と違い、モノカルチャー(単一栽培)ではなく、輪作を行なっている。「コットンだけを栽培すると土壌が痩せてくる。それに害虫や病害の問題もある。ひとつの作物しか植えていない場合、それがダメになると全滅することになり、収入が壊滅的になる」とルアン。ここでは輪作に加えて、収穫後に家畜を放牧して、畑を耕すとともに、家畜のフンも立派な肥料の役割を果たすそうだ。
7ヘクタールというと東京ドームの1.4倍、日本の農業は半数近くが1ヘクタール以下という規模を考えても十分広い感じがするが、ここブラジルでは家族経営の小規模農業にあたる。普段は両親と3人でここを切盛りして、基本全ての作業は手作業で行う。コットンの収穫はもちろんのこと、害虫もコットンボールごとひとつひとつ手でむしり取る。化学肥料は一切使用せず、トラクターなどの機械も使わず、先祖から伝わる昔ながらの方法に加え近代的なノウハウも導入して農業を続けている。害虫問題に対処するためにコットンの畑の間、間にとうもろこしを植えて区切ることで、一つのコットン畑が害虫でダメになっても他の畑は守られるそうだ。またそこで植えたとうもろこしは自分達の食糧となるほか家畜の餌として活用している。開花時期のコットンの花には蜂が群がり、そこで出来たハニーも大切な収入源だ。また使用する水は雨水だけ。生態系と調和を保ちながら農業を続けるアグロエコロジーの見本のような例がここにはあった。
「アグロエコロジーはVEJAが大切にする理念のひとつです」と語るのはVEJAブラジルの農業技術者のヴァルデニラ。アグロエコロジーを直訳すると農生態学。生態系に配慮した有機農業を指すだけではなく、工業化した農業により失われた地域のコミュニティや生産者と消費者の主体性の向上を目指す動きで、植民地政策の名残からモノカルチャーの弊害を抱えていたラテンアメリカで80年代から起こった社会運動でもある。「世界で生産される綿花のほとんどがモノカルチャーによるものです。水を大量に必要とし、農薬をはじめ汚染物質を排出するため環境へダメージは大きい。一方輪作を推進するアグロエコロジーでは、生物多様性を高めることで自然が本来持つ力を利用して、土壌を肥沃にする効果があることも分かっています」。
コットンを纏わない日はない程コットンは馴染みのある素材にも関わらず、コットンに関する不都合な真実はあまり語られることはない。WWF(世界自然保護基金)によると、一枚のTシャツを作るのに2700リットルの水が必要であること(これは一人の人間が3年かけて飲む水の量に相当)、世界の綿花4分の3以上は遺伝子組み換え種子を使用していること、さらに遺伝子組み換え種子はある農薬に対して耐性を持つよう開発されている為、種子と農薬がセット販売されていて、その農薬は農業従事者の深刻な健康被害を引き起こしていること。そんな中、世界で流通しているコットンの1%未満がオーガニックコットンにすぎない。
アグロエコロジーに加え、VEJAが2005年の創業以来大切にしている理念がフェアトレードだ。生産者の生活の質を高めることでより持続可能な農業を支えている。生産者から直接コットンを買い付け、支払いの際には半分は前払い、契約も2年単位で見ることで、より生産者の生活を保証するように心がけている。さらに買い付け価格も2021年には綿1キロあたり18,7 R $、2022年には20,77R $と市場価格よりも2倍近く払っている。「一般的にスニーカー価格の70パーセントは広告宣伝費です。VEJAは広告に費やす代わりに生産者や労働者に投資し、大切なリソースを再配分しています」と語るのは共同経営者のフランソワ・ギラン。フェアトレードの原則から払われた賃金や原材料費、投資額により、vejaでは通常作るスニーカーより一足5倍の費用がかかるそうだ。
ピアウイ州にあるユネスコ登録遺産、セラダカピバラ(カピバラの丘)から車で一時間ほどにヴァルキリアの農場がある。1ヘクタールの土地にコットンに加えてここでも豆、コーン、パンプキンなど複数の農作物が育てられている。昨年には150キロのオーガニックコットンを収穫し、家庭の大切な収入源となった。夫はサンパウロで建築業を営み、3ヶ月ごとに帰る生活なので普段の農作業は両親の手伝いのものと彼女がほとんど従事しているそう。「農業をしていて一番幸せな時は収穫の時。もちろん作業自体は大変ですが、あんなに小さかった種が立派に成長しているのを見ると感慨深くなるもの」とヴァルキリア。
APASPIという地域のアソシエーションに彼女は加盟していて、そこから彼女はオーガニックコットンの栽培マニュアルを学んでいる。APASPIには118の農家が参加していて、その半分がオーガニックコットンの栽培を、そしてその全てをVEJAが買い付けている。APASPIではオーガニックの認証と販売先の手配なども行なっており、ヴァルキリアのような小規模農家にとっては強い味方である。また女性の農業従事者も増えているそうで、 彼女たちが集い、自分達で作成した農作物を使ったオーガニックの食堂を開き、学校給食も提供している。地域のコミュニティを活性化させることで収入をさらに上げ、生活の質も向上させる。ここでもアグロエコロジーの理念が実現化されている。ヴァルキリに女性農業従事者として何か伝えたいことがあるか伺うと、「まずは今していることにフォーカスすること。農業には未来に向け開かれた扉がまだまだあるわ。自分達の土地について考えて、そして労働には必ず報酬がついてくることを忘れないで」と。
ファッション業界をよく川に例えて、「川上から川下まで」という言葉がある。川上とは糸を作る紡績業、生地を織るテキスタイル産業を指し、川下とは消費者であるエンドユーザを表す。モードを語る時、その中間に位置するデザイナーやディレクターにフォーカスが当たりがちだが、実はファッションの始まりは今回取材したルアンやヴァルキリアが行う農業であるという事実は忘れがちである。エンドユーザーとして、環境とフェアトレードに配慮したサステイナブルな消費活動がより求められている今、もう一度その基本である農業に注目する必要があるのではないか。誰が作った野菜か、スーパーで写真と名前付きで売られているように、今履いているキャンバスのスニーカーのコットンは誰がどの様に栽培したものか、そんなことに消費者も興味も持つ日がいつかくるかも知れない。
EMME
TEL/03-6419-7712
URL/www.veja-store.com
Text:Hiroyuki Morita