松尾貴史が選ぶ今月の映画『オッペンハイマー』
第二次世界大戦下のアメリカ。原子爆弾の開発・製造を目的としたマンハッタン計画を主導した天才科学者オッペンハイマーの栄光と没落の生涯を実話に基づき描いた映画『オッペンハイマー』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年5月号掲載)
天才物理学者に罪はあるか
人類が滅亡するのに十分すぎる量の核兵器がすでに拡散してしまっている今日、世界で唯一の核兵器による攻撃を受けて被曝した国である日本は、核兵器廃絶の先頭に立たなければならないはずなのに、核兵器禁止条約の決議案に、昨年12月の国連総会の本会議において、「反対」しています。これは6年連続してのことです。アメリカの核の傘の下にいるために反対できないのだそうですが、世界中が日本を尊敬できない国として認識するのに十分な狂い方であると言わざるを得ません。
日本政府も、隠れた目的としては、いつか自国で核兵器の開発をしたくて仕方がないのでしょう。ですから、核エネルギーとその技術をキープするために、これだけ地震が多い国土に原子力発電所を無理して「国策として」抱え続けているのだとしか思えません。
さて、科学の役割とは一体何なのか、その立場を志したこともない私にわかろうはずもありませんが、やはり多くの場合、人類が安全に効率よく活動できることを目指すということに間違いはないと思います。しかし、その研究や理論が、いつ、どう役に立つのかということについて、簡単に答えられるようなものは少ないでしょう。「月やら火星に人間が行ったところで何になる」と言っても、「何かになるかもしれない」という答えしかないのです。しかし、こと「武器」の研究、開発に関して言えば、例外の一つになるのかもしれません。
この『オッペンハイマー』という作品は、アメリカの第96回アカデミー賞で最多の13部門にノミネートされています。私がこの原稿を書いている5日後に授賞式があるので迂闊に言えませんが、きっと多くの賞に輝くことでしょう。 (編集部注:後日、作品賞や監督賞など最多7部門を受賞)
主人公のJ・ロバート・オッペンハイマー(キリアン・ マーフィー)は天才物理学者と謳われた人物です。ケンブリッジ大学で実験物理学を専攻し、その後ドイツに渡って理論物理学を研究。そしてアメリカに帰った彼は、第二次世界大戦の最中に世界で初めて原子爆弾の開発・製造に成功し、その後の世界に想像を絶するほどの影響を与えました。一度に何万人、何十万人と いう人々を一瞬で殺せてしまう発明をしてしまったことで、彼の心はその罪悪感、後悔、贖罪の中、葛藤と苦悩に苛まれるのです。
作品全体は、説明的にならない演出と構成になっていますが、難解になることはありません。彼の心の内の悶えが手に取るように伝わってきます。劇中、ギリシャ神話のプロメテウスが、天上の火を盗み人間たちに与えて罰を受けた物語に例えられています。それが 適切かどうかは別としても、人を殺す刃物を作った者も悪いのか、殺した者だけが悪いのかと言えば、答えは歴然としています。しかし、話が核兵器に至ってはどうでしょう。何とも答えに窮してしまうのです。
『オッペンハイマー』
監督・脚本・製作/クリストファー・ノーラン
出演:キリアン・ マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー
全国公開中
© Universal Pictures. All Rights Reserved.
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito