フードの力と生き様を追い続ける表現者 | Numero TOKYO
Culture / Feature

フードの力と生き様を追い続ける表現者

フードディレクターでアーティストのKAORUはフード本来の力や色彩、フォルムに着目しレシピ本の枠を超えた、独自の世界観でフードを表現する。フードに魅了された経験と、一つとして同じものがない食材を観察する彼女の追求心について迫った。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年12月号掲載)

──フードでヴィジュアル表現を始めたきっかけは?

母が料理好きで、幼い頃から食べることも、お菓子や料理を作ることも身近でした。祖母はよく音楽会や美術館に連れていってくれたので、いつか文化事業に携われたらと思っていたんですが、普通に就職をして数年たったとき、大きな病気が見つかったんです。一日中病室の白い壁に囲まれていたので、母にお願いしてニューヨークのファーマーズマーケットの写真を持ってきてもらい、コラージュして壁に飾ったんです。野菜の鮮やかな色が部屋にあふれて、元気になれるような気がしました。フードで創作してみようと思ったのは、その頃過ごした時間があったからだと思います。

──そのとき、重要だったのは食材の色だったんですね。

もう一つ、鮮烈な体験になったのは母の手料理です。病院食ばかりだったんですが、あるとき、1時間以内に調理したものなら病室に運んでもいいという許可が出て、母が自宅から離れた病院まで急いで料理を運んでくれたんです。母の得意料理に色彩豊かな野菜のグリルをトッピングしてくれたのですが、母の料理はこんなにおいしかったんだと愛情を感じました。血液検査では、食事をおいしく食べられたりうれしいことがあった日は、免疫力の数値が上がるんです。不思議ですよね。その後、自宅療養になっても外出に制限があったので、料理でテーブルの上に空想の世界を作り、お見舞いに来てくれた友達に振る舞っていました。そのSNSの投稿を見た編集者が声をかけてくださって、そこからフードスタイリストとして仕事をいただくようになりました。

LAのブランド「carrots」のフードディレクションをしている様子。
LAのブランド「carrots」のフードディレクションをしている様子。

NYで作品制作中。「この街でのセッションはいつも刺激をいただきます」
NYで作品制作中。「この街でのセッションはいつも刺激をいただきます」

ニューヨークで向き合った自分のクリエイション

──今のようにヴィジュアル表現を追求するようになった理由は?

2つの段階があったと思います。フードスタイリストの基本的な仕事は、食べ物をおいしそうにきれいに見せることですが、食材そのものがこんなに美しいのに切り刻んで使うなんてもったいないと感じたときがあったんです。それで、モノクロのポートレイトの上に食材をコラージュしたら、食材の美しさを残すことができるのではないかと始めたのが「Food On A Photograph」です。これをインスタに投稿したら、尊敬するニューヨークのフードスタイリストがリポストしてくれて。それがうれしくて、ZINEにして配布しようと、ニューヨークの老舗料理書専門店「Kitchen Arts & Letters」に持ち込んだら、店主が「ニューヨークのクリエイターは無料の作品には価値を感じない。値段を付けなさい」と助言してくれました。それから、私は自分のクリエイションについて真剣に考えるようになりました。

──それが一つ目の段階だったんですね。二つ目は?

コロナ禍のステイホームの時期に、毎日の料理の手順を映像や写真に収めて、インスタのストーリーにアップしていたんです。レシピ本を出してほしい。と多くの反響がありましたが、理想の形での出版は難航し、自費出版のフードアート本/雑誌にしようと『shichimi magazine』の制作を始めました。実は、コロナ前からアートディレクターの鳴尾仁希さんとフードのアートレシピ本を作りたいと考えていたのですが、コロナもあったし、もうこれはやろうと。「Kitchen Arts & Letters」のスタッフがうちでローンチしようと提案してくれて、7人のフォトグラファーとのコラボレーションによりそれぞれの視点でフードを捉え、全ページをアートピースとして額装することもできるものに仕上がりました。次の号は来年には出せるように、いま動いています。

(左)オードリーにりんごの皮を載せた「Food On A Photograph」 の作品。(右)編集長を務める『shichimi magazine』。創刊号は「The Framing Issue」。

フードは自由だから面白い

──「Food On A Photograph」と『shichimi magazine』を経て、新しく見えてきたことは?

いま、フードを使ったストーリーテリングを追求しています。例えば、人物像によって、料理のあり方も器のあり方も全て変わります。その場面の背景や人間の感情を食材を通して表現したり、そこから物語を想起させるフードを作りたいと思っています。特に映画やPV、CMなどの映像の仕事にもっと携わってこういったことを実現していきたいですね。それから、リファレンスに出てこないような文字だけで残されている古いレシピや、地方のおばあちゃまたちに受け継がれている郷土料理を、現代にアップデートするというプロジェクトも進行中です。郷土料理は土地の歴史が反映されていたり、家庭ごとに作り方が違ったり。本来、料理に正解はなく、解釈の仕方が無限にあるのが面白さの一つですよね。

『The Fashion Post』で文・写真を担当していた連載「DRESS THE FOOD」より。
『The Fashion Post』で文・写真を担当していた連載「DRESS THE FOOD」より。

──追求するほど魅了されるフードの魅力とは?
普段、料理をしている途中でも、見慣れた食材が光の当たり方で新しく見える瞬間があって。簡単なサラダを作っていたのに、この角度がきれいだなと思うと撮影を始めてしまってできあがるまで3時間もかかったなんてこともよくあるんです(笑)。さまざまなクリエイターとセッションすると、新しい視点に気づき、どんどん世界が広がっていきます。フードにはまだ私がたどり着いていない魅力があると実感しています。

Photo:Ayumu Yoshida(Portrait)Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Saki Shibata

Profile

かおるKAORU フードディレクター、アーティスト。「Dress the Food」主宰。広告や雑誌、CMなどで幅広く活躍。2018年、NYと東京で開催した個展「Food On A Photograph」で注目を集める。19年には、「Food On A Model」展を開催。22年『shichimi magazine』をローンチ。

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