松尾貴史が選ぶ今月の映画 『ほかげ』 | Numero TOKYO
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松尾貴史が選ぶ今月の映画 『ほかげ』

半焼けになった小さな居酒屋で1人暮らしている女(趣里)は体を売って、戦争の絶望から抗うこともできずにその日を過ごしていた。空襲で家族をなくし、闇市で食べ物を盗んで暮らしていた子ども(塚尾桜雅)がある日、盗みに入った居酒屋で女を目にし、入り浸るようになる…。映画『ほかげ』の見どころを松尾貴史が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2024年1・2月合併号掲載)

戦争が実際に引き起こすもの

ご承知の方も多いと思いますが、終戦直後は日本社会全体が衣類や食糧など、物という物に困窮していました。昭和20年頃は、「闇市」という非正規のルートでの物の売り買いを行う場所がありました。私の祖母も、まだ幼い頃の母と叔母を伴って、神戸の三宮あたりの闇市に物を運んでいたそうです。食料品を隠し持って列車に乗っていると、駅で停車したら警察が車内に乗り込み、通路を通りながら闇物資を運んでいる者をどんどん摘発していくのです。祖母はすかさず窓からホームに荷物を放り出し、検閲が通り過ぎると母を窓から出し、荷物と母を車内に戻すという綱渡りをしていたと聞きます。

戦争とは、国民が飢えるものです。もちろん兵士も飢えます。第二次世界大戦で戦死した230万人の日本軍人・軍属の死因の第一位は餓死で、総数の6割を占めるといいます。もちろん、戦後には一般市民のほとんどが飢えました。生き残った復員兵や外地からの引揚者が都市部に増え、杜撰な価格統制令のせいで闇市がなければさらにどうしようもなかった時代だったのです。今、軍備を増強して戦争の準備を始める愚かな政治家が実権を握っていますが、食料自給率の低い日本で一度ことが起きれば、戦ではなく飢え死にで国が滅びるという簡単なこともわかっていないようです。

今回の作品『ほかげ』は、闇の世界に見えた微かな炎の光を指しているのでしょうか。舞台の大半が、ある焼け残ったのであろう居酒屋風のあばら家の中です。趣里さん演じる女は、退廃の中、その店で売春をすることでなんとか生き延びています。たくましく生きるという表現からは程遠い、絶望と背中合わせのような状態です。そこに、戦争孤児が現れます。彼もまた、生きていくために手段を選んでいる余裕などありません。お互いに、その存在が「火影」となるのか、それとも……。

戦争が題材になっていますが、直接的な戦闘の場面は出てきません。しかし、戦争というものの悪質さ、虚しさが強烈に突き刺さって感じるのです。

趣里さんの存在感と眼の力に最後まで釘付けになりました。加えて、戦争孤児役の塚尾桜雅くんの眼差しの印象が強烈に残ります。そして森山未來さんの謎めいた「確信」が、物語の後半に力強くしなやかに引きつけていきます。

塚本晋也監督は、このご時世にある使命感を持ってこの作品を撮ったのではないかと想像します。できるだけ多くの人に見てほしい作品が、またここにもありました。強くお薦めします。

『ほかげ』

監督・脚本・撮影・編集・製作/塚本晋也 
出演/趣里、森山未來、塚尾桜雅、河野宏紀、利重剛、大森立嗣
11月25日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開中
https://hokage-movie.com/

配給:新日本映画社
©2023 SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER

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Text:Takashi Matsuo Edit:Sayaka Ito

Profile

神戸市生まれ。俳優、タレント、創作折り紙「折り顔」作家などさまざまな分野で活躍中。著書に『人は違和感が9割』『違和感ワンダーランド』『ニッポンの違和感』など。東京・下北沢のカレー店「パンニャ」店主。

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