クワイエットラグジュアリーがいま、人々を魅了する理由
ぱっと見の印象こそ控えめだが、超高級品をシックに着こなすクワイエットラグジュアリーが、富裕層に好まれるスタイルとして注目されている。なぜいま“静かなる贅沢” “隠れた高級品”なのか。竹田ダニエルと高野公三子の異なる世代の2人が語る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年12月号掲載)
竹田ダニエル(以下D)「米国のポップカルチャーを象徴するのは、カーダシアン家のようなニューマニー(注1)。ここ数年の主流となるトレンドも、彼らのロゴだらけで派手な、わかりやすいインパクトがあるストリート系を中心としたファッションで、若者もそれがラグジュアリーたるものと認知していました。ただ、人気の彼らも追随してくる格下のインフルエンサーに真似されると、唯一無二の存在でなくなってしまう。差をつけないと生き残れないので、ニューマニーのインフルエンサーたちも、これまでのラウドファッション(注2)に対するカウンターとして、オールドマニー(注3)を真似たのがクワイエットラグジュアリーというフレーズが一般的に認知されるようになった始まりだと思います。経済不安もあって、プライベートジェットの前で撮った写真など、富をひけらかすSNS投稿は非難され、ロゴがある服も「派手すぎて下品」と不人気。レッドカーペットでハイジュエリーをしないセレブも増えています」
高野公三子(以下T)「日本はパンデミック前からボッテガ・ヴェネタ、ジルサンダーが人気で、クワイエットラグジュアリー的なムードはすでに存在していたと思います。が、いきなりトレンドワードとして浮上し、20代後半〜50代はザロウ、20代前半はメゾンマルジェラやユニクロ×マメクロゴウチを着る層が当てはまった。国内アパレル企業とも好相性で、Z世代以上をターゲットにした新ブランドのマーケティングのキーワードになる傾向も。中間層が強く、上質なものを好む日本人にハマる流行ですね」
D「最近話題になったソフィア・リッチーの結婚式はいい例。センスのいいクラシックな式に加え、本人が結婚相手に合わせてか、シックな装いになっていったんです。“彼女みたいになるには、どんな相手と結婚したらいいか”がネットで議論に。でも、ソフィア自身がすでに超裕福な二世なので、皮肉にも一般人と決定的に違うことが浮き彫りになったという」
T「米国は経済状況や格差が、憧れの対象も影響しているんですね。日本は海外留学してファッションを学んだ日本人デザイナーによるブランドやひねりのある凝った服にお金をかけることも、いえば余裕がある側の文化。米国ほどでなくても、10、20年前に比べて、日本も消費行動に経済格差の影響があると思います」
D「米国の若者はセレブやドラマの影響で高級品に憧れても、本物は高くて買えない。ファストファッションで、クワイエットラグジュアリー的なものを揃えても、ロゴのない服で質も悪く、ただ地味になる矛盾が起きる。また、デュープ(注4)を身につけても、本質的なラグジュアリーではないから本末転倒になってしまうわけで。それでもピンタレストで、乗馬するブロンドの女性や東部のレンガ造りの家、古い図書館での読書などの画像を見て、オールドマニーを美化しているんだと思います。バーバリーの古着のコートやスカートをコスプレ的に楽しむ人もいますね」
T「東京もその風潮が。5、6年前から古着が若い層に一般化して、下北沢が古着の街に。客層もレアなアイテムを好むヴィンテージ好きより、ラルフローレンを求める大学生が多い。後付けで知った昔の芸能人の着用アイテムを、当時のエモーションやストーリーとともに消費する傾向があるんです。無意識に古き良き時代への憧れとリンクしているのでは」
D「イメージできます。髪形がセンター分けでシャツをデニムにタックインしている姿が(笑)。ソウルでも多くの若者が、韓国ドラマの御曹司スタイル。ニューマニーの『お金で手に入れられるもの』ではなく、オールドマニーの『生まれ持った育ちの良さや財産』に憧れるんでしょうね」
T「オールドマニーの物語で人気のドラマ『メディア王 〜華麗なる一族〜』。主役がロロ・ピアーナやブルネロ クチネリを着ていても、ファッション文脈では地味すぎてピンとこない。尖ったセンスではなく、高級品だから買って着る感覚なのだと思います」 D「シヴの誰もが持っているような地味めのジャケットが、実はマックスマーラだったり。ブランドバッグひとつとっても、登場人物の価値観が見えて面白い。ドラマの設定や裏ストーリーを分析してSNSで情報交換したいファン心理を刺激します。オールドマニーの人たちは、すでに裕福で着飾って目立ったり、主張する必要もない。作中では、本当のお金持ちの微妙なセンスをリアルに再現しています」 T「日本ではビットバレー以降のIT社長をニューマニーと仮定すると、VネックのTシャツにジャケット、スリムパンツに尖ったシューズという装い。ファッションのルールやコードをあまり知らないから、センスがいいとは言えないことが多々ある。それが隠れた洋服のルール性を熟知し、歴史やデザイン、素材などの知識がある品性を纏いたいというフェーズになってきている。日本の若い男性で、上質なレザーシューズを購入し、大切に手入れして履く人は少なくないです」 D「グウィネス・パルトロウの法廷ファッションは、裁判より話題になりました。セクシーな腹筋を見せるようなスポーティな格好でなく、古風な服装をするセレブが減ったからこそ、新鮮に見えたのかもしれません」
D「深掘りしすぎな気もしますが、米国では“アンチ ブラックファッション”だという議論も。ロゴやモノグラムのバッグ、色のコントラストが強いカラフルなものなど、視覚的に刺激がある装いはポップカルチャーで富を築いた黒人の、ストリートスタイル的な美学。それが「下品なもの」と揶揄するのは、潜在的なレイシズムが漂います。白人のカーダシアン一家がラウドラグジュアリーからクワイエットラグジュアリーへと真逆の方向へ移行し、トレンドアイテムかのように黒人文化を消費していることを指摘する声も聞きます」
T「現在ラグジュアリーでフィーバーしているのはファレル・ウィリアムス。藤原ヒロシやNIGO®に影響を受け、90年代の東京のストリートに繋がっている。クワイエットラグジュアリーは、ストリートとハイプが近づいたことへのアンチテーゼでもありそう」
D「クワイエットラグジュアリーの大本はヨーロピアン文化。今夏SNSで見られた流行に、イタリアのアマルフィ海岸やギリシャの高級リゾート地で、白いワンピースを着るようなスタイルの優雅なヴァカンスがありました。ステレオタイプなイタリア人女性に憧れる“トマトガールサマー”というマイクロトレンドもあったくらい」
T「日本は経済成長した80年代に、ラグジュアリーブランドを輸入できるようになり、日本発のブランドが生まれました。ハワイでの爆買いや内外価格差も含め、日本人が国内外で活発に消費する時代の始まりだったんです。その歴史が、不況の今でも中古品が潤沢にある土壌を生み、ハンドバッグの値段が高騰するなか、若者を中心にセカンドハンドが流通する状況が成立するのは面白いです」
D「日本人は同調圧力もあってか『Aではなく絶対Bがいい』というこだわりが随所にあると思います。若い者が、二次流通で売って買ってを繰り返すのも、大切なディテールのため」
T「今どきの若者の親や祖父母らは、普通の家庭でもブランドバッグを手に入れた世代。彼らが“ブランド品を一所懸命に消費した”ことが、日本の市場の規模や人々のファッションに対する素養に繋がっていると思います」
D「米国の一般家庭なら、あってもロンシャンのバッグかも。日本は同じ黒いノースリーブのワンピースでも、細分化されている。米国は分類が雑で、細部より全体を重視するので、日本人の解像度の高さには驚きます」
T「コロナが落ち着いたとき人気だったクリーンな白から、いまは黒が主流。常に一定数黒好きはいるものの、モードっぽい雰囲気への移行は、ザロウの影響が大きいですね」
D「ジェニファー・ローレンスの私服が全身ザロウだったりして、米国でも注目されているブランドです。その理由にクリエイティブディレクターの変更やシーズンごとに大きくムードが変わらず、一貫して作るものが変わらないことがある。クワイエットラグジュアリーを体現するオルセン姉妹が「主張しないからこそのステータスシンボル」という、ある種のジャンルを示すためにブランドが存在するのは、大きな意味があるのでは。あとは、元祖クワイエットラグジュアリーのフィービー・ファイロが9月にローンチする新ブランドがどうなるか楽しみです」
注1.ニューマニー:起業などで成功を収めて、一世代で富を築いた人。
注2.ラウドファッション:柄や色が派手で、見た目がうるさいファッション。
注3.オールドマニー:18世紀頃に欧州から米国に移住し、何世代も富を継承する一族。
注4.デュープ:オリジナルのデザインを模倣した、安価で購入できる他社商品。
Photos:Aflo, Getty Images Interview & Text:Aika Kawada Edit:Chiho Inoue