LEMAIREのサラ=リン・トランが語る、服作りとアート、新しいショップのこと
LEMAIREでクリストフ・ルメールとともに、アーティスティックディレクターを務めるサラ=リン・トランが単独で来日。8月にLEMAIREのスペースがオープンしたDOVER STREET MARKET GINZAを見て、その後はソウルの新規店舗のオープンなどに向けてアジアの主要都市を回るという。LEMAIREの人気は、20年以上培われてきたブランドの世界観、揺るぎない哲学により年々注目を集めている。この機会に、彼女へのインタビューを敢行した。
「アールブリュットの作家に魔法のような魅力を感じています」
──DOVER STREET MARKET GINZAのショップの内装について教えてください。
「DSMGは止めどなく生まれ変わる場所です。表参道にあったSKWATでの3年間は顧客をより深く理解するための素晴らしい経験でした。SKWATは、デザイン・設計事務所ダイケイ・ミルズとの取り組みとして2020年にオープンしました。釘を一切使用しない木組みという技術で作られた大阪の古民家屋を解体し木材を再利用して、店内のディスプレイ、什器を製作しました。今回の移転にあたって、再び木組みを丁寧に解体し、DSMGの新しいスペースで再構築しました。皆さんにはコマーシャルなスペースで、私たちが大切に考えている、自然の一部である木の経年する美しさを感じていただけたらと思っています」
──移転にあたって、新たに取り組んでいることはありますか。
「親交がある、東京・羽根木にあるアトリエ兼ギャラリーショップout of museumの小林 眞さんにオブジェや工芸品の設置をお願いしました。彼は、長年にわたる我々のコラボレーターであり、クリストフル・ルメールのショップが東京にオープンした当初から常に彼の存在がありました。彼が収集するオブジェは多種多様で国籍不明、作られた年代や作家もわからない、識別ができないものばかり。非常にミステリアスでストレンジであり、あたたかみのようなものある。イマジネーションを刺激する彼のチョイスにとても魅了されました」
──置くオブジェについて、何かリクエストはしたのでしょうか。
「いいえ、私もクリストフも小林さんには何も言いませんでした。まったくの白紙の状態です(笑)。きっと皆さんはオブジェを家にこっそり持って帰ってずっと眺めていたいと思うはず。それほど、イマジネーションをかきたてる美しいスペースに仕上がっています」
──out of museumのオブジェと毎回ルメールがコラボレーションしているアーティストは、共通するムードがあるように思います。どのような点に着目して、コラボレーターを選んでいますか。
「確かにそうかもしれません。小林さんのオブジェは、特定することも、名前をつけることもできないようなユニークなフォークアートの一種が多いと思っています。私たちはアールブリュット(素朴芸術)の作家に魅力を感じています。彼らの作品には共通して魔法のような魅力があります。アウトサイダーのアーティストたちは自身の内側からわきあがる衝動のままに製作し、既存の美術の潮流や文化にとらわれずに、美しさと醜さ、善と悪など認識に対する挑戦ともいえる創作を行っており、考えや作品にパッション、魅力を感じるようなアーティストを迎えています。私たちが提案するワードローブは穏やかで静かな雰囲気なものが多いので、スパイスのような彼らの作品と相性がいいのです」
──アールブリュットに、興味を持ったのはいつでしょう?
「18歳か19歳のころ、企業研修生としてアートギャラリーで働いていました。そのころにNYにあるアメリカン・フォーク・アート美術館で大々的なアールブリュットの展覧会をしていて出合いました。衝撃的でしたね。LEMAIREでコラボレーションしたマーティン・ラミュロスもそこで知りました。その後、パリ、モンマルトルにあるアル・サン・ピエール(マックス・フルニー素朴派美術館)では日本人のアールブリュットの作家のスペースも大きく設けられていたのですが、とても興味深かったです」
──アールブリュットをファッションの世界に呼び込むことで、実現したいことがあるのでしょうか。
「アーティストが絵画に命を吹き込むようにファッションにおいても同じことを実現したいと考えていて、ルメールとしてその方法を探っている途中なんです。日々創作に取り組んでいる芸術家たちに深い愛情を感じるとともに、世の中に知られる機会が限られているシーンを活気づける一端でありたいという思いもあります」
「ショーのスタイリングではモデルに共感できるかを考え、キャラクター作りをします」
──春夏2024年のコレクションについて教えてください。
「私はボーイフレンドと昨年の12月はベトナムを訪れました。目を引いたのが、現地の人々が太陽の日差しから、いかに身体を守っていたか。湿度が高く雨も多いので、軽いファブリックで身体を覆うなどして、服装にたくさんの工夫が見られました。現地の気候からヒントを得て、コレクションの素材は濡れたように見えるワックスコットン、カラーのサテンなどの素材を使っています。ベトナムならではのダークパープル、ダークネイビーなどの色を使いました。スカートやワンピースでスクーターに乗っている女性たちの姿も、デザインに反映されています。クリストフも東南アジアのトロピカルな天候のイメージにいつも敏感です」
──西洋的でありながらととても東洋的。この調和と多様性はどのように生まれるのですか。
「私たちもわからないんのですが、東洋人にはパリジャンシックに見えると言われ、西洋人には東洋的に見えると言われます。東洋の伝統的なワードローブのボリューム感のような東洋の伝統的な服装や生活習慣にインスパイアされているのですが、色使いにも理由があるかもしれません。日本のパントーンカラーや日本の墨のようなマットなカラー、中国画の木炭、ヴェトナムの伝統色、陶器、絵画、独特なパープル、グリーンなど。自然界の影響を受けているアジアの配色を用いています」
──一方、西洋的なエッセンスについては?
「また、パリジャンの文化、ノンシャランであること。つまり簡素だけど心地が良く、エレガントであることを意識しています。また、西洋のクラシックなワードローブの原型も多用して服作りをしています。秋冬ならヨーロッパのダッフルコートや英国風のブルゾン、シープスキンのアウターなど、既存のプロトタイプが登場しています。袖が長めになっていたり、丈が長かったりと、どこかアジアのムードが漂っていると思います。ショーのスタイリングをするとき、私たちはいつも着せるモデルに共感できるかを考えます。映画のようにキャラクターを作り上げることでそれは実現できると考えています。“この人はどこへ行こうとしているのか” “好きな音楽はなんだろうか” “今日は幸せに過ごしているのだろうか”」
──特に好きな映画作品、俳優を教えてください。
「たくさんあります。私たちはさまざまな女優に魅了されています。オーロール・クレマン、ドミニク・サンダー、それから私たちの友人であり、ショーにも出演してくれたメキシコ人女優のナタリア・アセべド。彼女は芯が強くマニッシュな存在感があり、同時に柔らかさも持ち合わせています。さらには多くキャラクターを解釈して表現していると思います。それから、加瀬亮さんもショーに出演している俳優のひとりです。彼らは皆、個性的なスタイルを持っていて、ユニークな雰囲気を感じさせます」
──モデルキャスティグについても、独自性を発揮しています。どのようにモデル選びをしていますか。
「たくさんの時間をかけて培ってきた家族のような存在です。彼らはみな、異なるバックグラウンドを持っていて、LEMAIREがシンパシーを覚える人たち。どんなに完璧に美しい人でも、私たちが語りかけたくなるような人でないと一緒に働くのは難しいでしょう。何か自然と惹きつけられるものを持っている人を選んでいます」
──理想とするショーの形式は?
「表現したいのは、シンプルにリアルなライフ。街の通りやカフェには、いつも異なるキャラクターの人々が交差しています。そこで見られる、異なるシェイプやサイズ、色などの調和をランウェイで再現したいと考えています。モデルたちにはパーソナリティがあり、歩き方もそれぞれ違う。毎シーズン、そういった要素が結合してできています」
──出演者には、何か具体的な指示は出すのでしょうか。
「コレグラファー(振付け師)がいます。個々のモデルに歩く方向をアドバイスをしてくれます。それからショーが始まる一時間前に一度だけ、リハーサルを行います。それまではどんなショーになるか把握できないので、リスクはつきもの。でも、即興性がある面白い瞬間に立ちあえるのでこの方法をとっています。使っている音楽はアトモスフェア(環境音)を作ることに挑戦していて、フィルムレコーディングを行い、より観る人に自然に感じてもらえるよう工夫しています。いわゆるファッションショーの躍動感溢れる音楽とは対極にあって、瞑想の感覚に近いかもしれませんね(笑)。静寂にフォーカスするのも、LEMAIREらしさだと思っています」
──クロワッサンバッグ、カメラバッグ、ランドセルなど、キャッチーなバッグを展開しています。モチーフ選びについて教えてください。
「正直なところ、以前はあまりバッグありきのスタイルが好きではなかったのですが、さまざまなバッグを提案してきました。パッと見のひらめきからモチーフを選ぶことが多く、遊び心のあるバッグは着こなしにいいアクセントを与えていると考えています。クロワッサンバッグはヒッピーバッグから着想を得て、生まれたバッグです。肩にかけると自然と体に沿い両手が自由になるので、とても気持ちがよく持てるんです。アイコニックなモチーフのバッグ以外に異なるアイデンティティのバッグも作ってきました。古い職人技術を用いたカートリッジバッグやエッグバッグ。今季登場したランセルバッグは、日本の百貨店でランドセルを見たことから始まりました。美しい完璧な仕上がりと色に私とクリストフはいつも魅了されてきました。と同時に小津安二郎の映画作品の映像も、頭に思い浮かびました。もともとはオランダのもので、日本に伝わったんですよね。きっと、日本の皆さんはそれぞれにランドセルへの思いがあると思います。私の友人の一人は、クールに見えるようにシワや傷をつけて風合いを出していたと語ってくれました。また、ある人は子どものときは早く卒業したくてたまらなかったランドセルが、また大人になって戻って来たことに新鮮な驚きがあるとも。長年コラボレーターであるフォトグラファー、エステル・ハナニアが撮影したランセルバッグの写真は、日常品に命が宿り浮遊している不思議な写真です」
──ご自身がファッション界に入ったきっかけは?
「アートギャラリーから始まり、出版社や写真のインターンシップも経験し、多くのことに挑戦しました。その後、クリストフと出会い、クリエーションに関してそれぞれの視点やイメージを交換しフュージョンできることに気づきました。当時は、ピンタレストもインスタグラムもない時代で、図書館や本で見つけるイメージは大変貴重で、意味深いものでした。彼と美学をシェアできるのは、素晴らしい体験で、資料のリサーチ係として、デザインスタジオで働き始めました。とても小さい組織だったので、皆がいろんな業務に携わる必要があり、ウェブサイトのディレクション、イメージのプロダクションなども手がけるように。そして、クリストフからドローイング、ファブリックの選び方、物事の観察の仕方、デザインなどを学びました」
──アート的な感性はどのように育まれたのでしょうか。子どものときに好きだったものを教えてください。
「母に尋ねたら“勿論よ、私がその一部です”と答えるかもしれません(笑)。確かに、母は幼い頃からアートの展覧会やワークショップへ参加すること、映画や観劇を推奨してくれたと思います。また、ティーンエイジャーのころは、ベッドルームにたくさんの本がありました。母は児童書のコレクターで、中でも70年代に出版された本が多く、少しダークで不思議な世界観のものでした。この時代に多くの英才教育用の本が出版されたようで、物事を理解することを学ぶのに役立ったと思います。クレイジーで美しい絵にとても感化されたと思います」
──サラ=リンさん自身のアウトフィットにもファンが多いのですが、何かこだわりはありますか。
「フランスには“靴職人は、最も悪い靴を履いている(Les cordonniers sont les plus mal chaussés.)”という諺があるのですが(笑)。自分自身にことは、少しおざなりになりがちで…。小柄なアジア人ですがヨーロッパ人でもあることで、日本や中国、韓国の人たちに共感してもらえるのはとても嬉しいことです。自分自身への良きプレッシャーでありつつ、デザインした洋服を心から喜んでもらえるのは作り手としてはとても幸せなことだと思っています」
ドーバー ストリート マーケット ギンザ
住所/中央区銀座6-9-5 ギンザコマツ西館
TEL/03-6228-5080
営業時間/11:00~20:00
不定休
Photos: Osma Harvilahti(portrait), Anna Miyoshi(shop) Edit & Text: Aika Kawada