【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」vol.55 ヴェネツィアのオーバーツーリズム対策
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.55 ヴェネツィアのオーバーツーリズム対策
水の都、ヴェネツィア。イタリアが誇る、今も昔も観光客に大人気のエリアです。訪れる観光客があまりに多く、久しく「オーバーツーリズム」問題を抱えていましたが、去る9月に入域料の徴収を試験的にはじめる旨を発表していましたが、先週の会見でその委細が公開されました。
オーバーツーリズムに悩む「水の都」ベネチア 入域料の詳細を発表 https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/854923
僕も9月にヴェネツィアに行ってきたばかりなのですが、駅を降りてすぐに美しい光が水路にキラキラと降り注ぐ景色がさっそくに飛び込んできて、多くの人々が訪れたくなるのも納得の雰囲気を実感してきたところです。車の立ち入りもできず昔ながらの雰囲気が守られていて、入り組んだ小道に水路が交差したりの町並みを満喫しました。
入域料の徴収は来年からとのことで僕は支払ってはいませんが、まず驚いたのが水上バスの運賃の高さです。1回券が9.5ユーロ(約1,530円)、24時間券が25ユーロ(約4,030円)と、公共交通機関としては異例ともいえる値段の設定で、これもある種オーバーツーリズムへの対策というか、おそらくオーバーツーリズムという言葉が生まれる前から、需給を鑑みて収益性を求めたことであることはもちろん、数多くの観光客が訪れた結果の価格設定になっていました。日帰り観光だった僕はちと高いなと思いながら24時間パスを購入しました。
ちなみに世界的な人気の観光都市として、同じくオーバーツーリズム問題を抱える京都では、700円で販売されていた市営バスの1日パスはこの9月にすでに廃止になり、1,100円の地下鉄・バスの1日パスに統一されました。市の増収が想定されることはもちろん、バスから地下鉄への乗車を促して、交通渋滞の緩和を図るとのことです。
京都は頻繁に行っているのでなんとなくの空気感はわかるのですが、観光客で賑わう両都市を訪れての実感としては、この規模の都市でのオーバーツーリズム問題というのは、ある種、嬉しい悲鳴という側面もあり、ただその都市に住まわれている人にしたら実際に大変なことがあるのは間違いない話で実際に「問題」ではあるとは思います。とはいえ、すでに一定のインフラも整ってる街のUXの構造から、課金するポイントも随所にあり、入域税だけにとどまらず、街の交通インフラの価格、宿泊税など、需要にあわせて課金のポイントをうまく設計していけば解決の余地があり、解決にとどまらず、さらなる街の発展に繋げていける可能性も大いにあるでしょう。
少し話は変わりますが、先週、富士吉田市で始まった「FUJI TEXTILE WEEK」という布の芸術祭のプレビューに伺ってきました。富士山麓に位置する富士吉田市は水がきれいなエリアで昔から織物が盛んです。その産業と地域の活性化を目的にはじまった今年三回目を迎えるイベントで、森美術館の前館長の南條史生氏がアートの展示のディレクターを務めていて、気鋭のアーティストがテキスタイルを活用した作品が、街中の歴史ある建築に展示されています。
富士山のふもとに位置するこの街、街中のいたるところから富士山がきれいに見えるのですが、商店街越しの富士山の写真がソーシャルメディアを通じて世界中で拡散されて、富士山の登山シーズンに関わらず、一年中インバウンドのディスティネーションとしても怒涛の人気を博しています。大月駅からJRと接続し、富士急行が運行している富士吉田市につながる富士回遊の座席も早々に埋まり予約困難、信号が変わる度に車道から写真を撮ろうとする外国人観光客に地元の方は困惑し、宿泊施設の数も限られ、と、いわゆるオーバーツーリズム問題はこの街の方が随分と大変そうだな、と感じたのでした。ヴェネツィアや京都のように、そもそも観光地としての設計がしっかりとなされているわけではないので、完全にオーバーフローしてしまっている印象はありました。
ただ、やはり富士山の美しさ、空気の綺麗さを間近に体験できるこの街の大いなる魅力が世界に拡がった結果の事象で、商店街がシャッター街になってしまうことに比べたらやはり街にとってもありがたい話なのは間違いない話です。小さな街が世界のディスティネーションになり街が賑わい、ヴェネツィア・ビエンナーレとはまた別のスタイルとはいえ地元に根づいた芸術祭が開催され、とポテンシャルに溢れるこの街のここからの進化が同時に楽しみにもなりました。電車と宿の予約さえ事前にちゃんとすれば、観光客には大きな問題はないので、予定が合う方はこの期間にぜひとも一度訪れてみてください。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue