最新作『キリエのうた』岩井俊二×吉田ユニに聞く、クリエイションの裏側
岩井俊二監督による待望の“音楽”映画最新作『キリエのうた』。アイナ・ジ・エンドが初めて映画の主演を務めることや吉田ユニが手がける鮮烈なプロモーションヴィジュアルなど、公開前から気になって仕方がないこの映画の魅力を徹底取材!『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年11月号掲載)
>主演アイナ・ジ・エンドのインタビュー記事はこちら
岩井俊二×吉田ユニ クリエイションの裏側
唯一無二の映像世界をつくり上げる、映画監督の岩井俊二。その最新作『キリエのうた』のポスターデザインを手がけたのが一癖あるデザインで人々の足を必ず止めさせると評判のアートディレクター、吉田ユニだ。日本を代表するトップクリエイター二人の表現の秘密に迫った。
映画という舞台に多彩な才能が集まった
──今回『キリエのうた』に吉田ユニさんが参加した経緯は?
岩井「宣伝チームがぜひユニさんにお願いしたいということになって、こちらからお声をかけたんです」
吉田「お話をいただいたのは、クランクイン前だったんですよね。ヴィジュアルの撮影も兼ねて現場にもお邪魔したのですが、学生時代から何度も観ていた岩井監督の映像の美しさ、特に光のつくり方を間近で見ることができて、とても光栄でした」
──映画ポスターやフライヤーのインスピレーションは脚本から?
吉田「脚本からイメージを膨らませました。ティザーは、物語のキーである歌や声を連想させる唇にフォーカスして。指と髪で可愛さだけでなく強さも表現しました」
岩井「ティザーを見たとき、『こうきたか!』と驚きましたよ」
──本ポスターは劇中の海辺のシーンがモチーフに?
吉田「あのシーンはとても印象的でしたし、海がひとつの鍵になるんじゃないかと。日常的なものを組み合わせてひとつのものを表現することで、登場人物同士の関係性が絡み合い、支え合って生きているという意味合いを込めました」
岩井「撮影に立ち会ったんですが、セットを横から見ると完全に立体なんです。でも、正面からはギターに見える。さすがだと思いました」
──ヴィジュアルに関して、監督から吉田さんにお願いしたことは?
岩井「ユニさんも(音楽プロデューサーの)小林武史さんもそうですが、最近は、脚本や物語の構成以外のことはみなさんにお任せしているんです。自分ひとりで考えるよりも、それぞれが持つ世界とアイデアを集積していったら、すごい作品になるだろうと思うので。映画はたくさんの人が関わって出来上がりますが、僕は脚本を書き、映画という“ステージ”を用意するので、そこに才能のある人たちに集まってもらって、フェスのようになったらいいと思っているんです。それを一番楽しんでいるのが僕なんですが」
──スタッフだけでなく、俳優陣からも「自由に演じられた」という声があったそうですが。
岩井「役者さんたちは、撮影までに脚本を読み込んでいろいろ考えてきてくれるので、こちらから指示することはそんなに多くありません。助監督から動線の指示はあるんですが、それは最終確認みたいなものです。アイナさんにしても、彼女の動きや表情はこちらから指示して生まれるものではないので、ほとんど自由に演じてもらいました。海のシーンでも、脚本にはセリフだけが書いてあるので、二人が感じたまま動いたり踊ったりしてもらいました」
昔つくった話がつながり広がってゆく
──今作の物語の着想はどこから?
岩井「『ラストレター』(2020年)に『未咲』という小説が登場するんですが、役者さんたちは小説の内容を把握していたほうが演じやすいだろうと思って、2週間ほどで書き上げたんです。その小説の主人公が大学時代に出会う女性のひとりに、映画をつくっている人がいるんですが、その映画の内容は、田舎から上京した子とマネージャーの珍道中。この設定が気に入って、小さな映画にするつもりで書き始めたのが始まりです。その後、アイナさんが主演に決まり、彼女の歌声にこぢんまりした物語は釣り合わないだろうと書き足していったら、どんどん奥行きが生まれていきました。夏彦の話は、震災のあとに書いていた話がもとになっています。イッコさんのエピソードは、北川悦吏子さんの『ハルフウェイ』で、北乃きいさんと仲里依紗さんがおしゃべりするシーンのために、即興でつくった話から。そんなふうに、昔、つくった話がどんどんつながっていきました」
制約が自分を自由にしてくれる
──岩井監督が制作において流れを大切にするようになったきっかけは?
岩井「例えば、準備万端で臨んだ仕事と、どうしてもやらなくちゃいけない仕事があるとして、後者のほうが意外と面白いものができたということが過去に何度もあったんです。『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』もそうでした。アイデアは時間と場所を選ばず生まれてくるので、偶然のタイミングや流れには従ったほうがいい結果になると経験から学びました。ユニさんもそういうことはありますか?」
吉田「私はクライアントワークが多いので、作品に自分の思いだけを乗せることはなく、クライアントの意向とのバランスを取らなくてはいけないんですが、やっぱりそれがいい結果を生むことがあります」
岩井「制約が、自分を自由にしてくれることがあるんですよね」
吉田「そうですね。自分だけだったら、ここにたどり着かなかっただろうという作品はたくさんあります。納期が決まっているからこそ出てくるアイデアもありますし」
岩井「締め切りがなかったら、スイッチが入らないですよ」
リアリティを追い求めて
──創作のモチベーションを維持するために大切にしていることは?
吉田「もともとつくることが好きなので、仕事じゃなくても何かしらつくっていると思います。それに、ひとつの仕事が終わったら、すぐに新しいものをつくりたくなるんです」
岩井「僕も映像制作が楽しくてしょうがないですね。今日は、音響の最終段階の調整をしています。よく若い映画人にも伝えているんですが、映画の音響効果は『100点満点で0点』。違和感なく、誰も気がつかなくて正解です。登場人物が道を歩いていたら、葉っぱを1枚ぐらい踏みますよね。だから、葉っぱの音を録音して加える。映像と音がぴったりハマったときのカタルシスが忘れられなくて、音響の演出は自分で担当しているんです」
吉田「先日、そのお話を聞いて驚きました。音にまでリアルさを求めているんだなと。私も作品には本物を使うようにしています。CGがうまくいっていないと自分が醒めてしまったりするので」
映画監督、アートディレクター。
二人のインスピレーションの源
──創作の着想は、どこから得ることが多いですか。
吉田「身近なものをモチーフにすることがあるので、日常生活から着想することが多いかもしれません。小さな頃から、ひとつのことをじっと観察するクセがあるんです。子どもの頃は、近所の駄菓子屋さんのおじさんが履いている靴下の柄が気になって、家でその柄をスケッチしたりしていました」
岩井「面白いですね。僕は最近、『ラストレター』から『キリエのうた』につながったようなことを試しています。物語の結末をつくらないでいると、登場人物がひとりでに面白い動きを始めたり、別の物語につながっていったりするんです」
吉田「私の場合は、物語のように広げられないので、アイデアの鮮度を大切にしています。一度試したものは私の中で鮮度を失ってしまうので、そのまま捨ててしまうことも」
岩井「鮮度は大事ですね。僕も学生時代から『瑞々しさ』を課題にしていました。昔、衝撃を受けた名作には、共通して瑞々しさを感じたけれど、同じ作家でも毎回つくり出せるものではなくて、どうしたらそれが得られるのかを追求し続けています。ユニさんは一瞬のヴィジュアルで訴えないといけないから、特に重要なんでしょうね」
吉田「そうなんです。時代の流れや、出演者とのバランスを取りながら、フレッシュなものをつくりたいといつも考えています」
岩井「こういう感覚的なことは、僕の世代は『直感』として一括りにしていたけれど、今の世代はひとつの『世界線』として捉え、それが共通認識になっています。だから、本質をすぐに把握できる。面白い時代になりました。『キリエのうた』でも、世代を超えて現代の猛者たちと一緒に、感性と感性でものをつくる喜びを感じました。この時代に映画をつくることは本当に面白いです」
『キリエのうた』
歌うことでしか“声”を出せない路上ミュージシャン、キリエ。姿を消したフィアンセを捜し続ける青年、夏彦。傷ついた人々に寄り添う教師、フミ。過去を捨て、名前を捨て、キリエのマネージャーを買って出る謎めいた女性、イッコ。13年間におよぶ幾度の出会いと別れを経て、キリエの歌が4人の物語をつないでいく。
原作・脚本・監督:岩井俊二
音楽:小林武史
出演:アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すず
10月13日(金)より全国で公開
https://kyrie-movie.com/