自分らしい新時代の働き方 vol.4 田中康寛氏に聞く、よりよく働くためのヒント | Numero TOKYO
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自分らしい新時代の働き方 vol.4 田中康寛氏に聞く、よりよく働くためのヒント

仕事に没頭するもよし、よりプライベートを充実させるもよし。さまざまな選択肢が見えてきたポストコロナの今だからこそ、働き方の理想を追い求めたい。まずは新しい働き方を実践&研究中の5人から学んでみよう。自分らしい働き方にもきっと近づけるはず。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年10月号掲載)

出社かリモートか!? ポストパンデミックの働き⽅を考えよう!

リモートワークが定着しつつも、出社率はパンデミック以前の約7割に戻っているという現在。私たちがこれからよりよく働くためのヒントを、コクヨ株式会社で働き方や未来社会の研究・コンサルティング活動に従事する田中康寛氏に聞く。


ポストコロナの出社とオフィス

──コロナ禍以降、リモートワークの定着とともに働く形態はどう変化するのでしょうか。

「リモートワークが一般化したパンデミック以降の働き方において『1.孤立や孤独感の助長 2.バーンアウト(燃え尽き症候群) 3.タスクを淡々とこなす"静かな退職"』などが課題視されています。3はプライベートの充足のために会社ではタスクだけをこなす消極的な働き方で、アメリカのミレニアル世代やZ世代に見られる傾向です。現在、日本における出社率は約7割と、パンデミック前と同水準に戻っています。会社側が生産性の管理のために社員の出社を望む一方で、社員側は100%フルタイムの出社を求められたら転職を検討するという人が、若い世代を中心に多く見られ、企業側とワーカーの意識のギャップが生まれているのが現状です。そこでワーカーの『はたらきがい』を高める働き方について調査したところ、最も『はたらきがい』を感じるのは、出社とリモートワークを併用したハイブリッドワークという結果でした」


──「はたらきがい」を感じる適正な出社の日数とは?

「ワーカー側の意見では、週2、3日程度、しかも会社から強制されない自発的な出社がいちばん満足度が高いという結果が出ました。集中した作業はリモートワークでも十分に可能だとわかった今、会社側は出社の目的をあらためて設定することが必要です。例えば、中小規模の会社で、社員全員が顔を合わせることによって一体感を図る目的であれば、規定された日に全員出社というのも有効です。ニューヨークのとあるオフィスでは、週1日だけ出社し、社員が一緒に社内ランチをする機会を設け、交流を育むというケースがありました。そのために屋上で家庭菜園をしたり、ヴィーガンの社員には特別なメニューを用意したりするなど、社員が楽しみながら自発的に出社する動きにつながっています。また、適正な出社日は、社員の熟練度によっても異なるのではないかと思います。入社したばかりで経験の浅いワーカーは入社から一定期間は出社し、経歴の長いワーカーは週に1回など、その人の適正によって設定することも必要です」


──働く場としての「オフィス」はどう変わっていくと思いますか?

「現状、パンデミック以前のような全員出社を前提としたオフィスは減少し、規模は縮小傾向です。リモートやハイブリッドワークを採用する企業が増える中、オフィスは今後、ワーカー同士の関係性や人間性をケア(CARE)する場になるのではないでしょうか。具体的に『はたらきがい』を高めるオフィス体験を分析したところ、大きく分けて4つの要素(CAREする対象)が見えてきました」

C…Culture
「一つめは、会社、チームのヴィジョンの共有です。以前は出社によって自然と共有できた会社やチームのCultureも、出社の機会が減ることで薄れてしまいます。そこで組織のヴィジョンや企業としてのナラティブ性をシェアする機会が必要になります」

A…Advance
「成長のために学ぶことも、リモートワーク中心では個人化してしまい、社内で学び合う機会も減少しました。学ぶことで成長を実感し、同僚との連帯を感じることも『はたらきがい』を高める一つの要素です。そこで、社内または社外の人たちと一緒に学ぶイベント開催などの工夫がより一層求められていくでしょう」

R…Relationship
「三つめは、関係性、コミュニティの構築です。リモートワークでは孤独を感じやすく、成果へのプレッシャーに襲われやすいという課題が浮上しました。これを解消するには、仲間がお互いに助け合い、相互でフィードバックしたり、アイデアや意見を気楽に交換できる関係性づくりと、社内イベントなどコミュニティ内で活動できる環境設計が魅力的なオフィスにつながります」

E…Encounter
「最後は雑談の重要性です。今すぐ必要ではないけれど、いつか役立つ情報を仕入れるには雑談が大いに役立ちます。休憩時間や飲み会などで行われていたような、社内の誰がどんな趣味や特技があるのかなどの、一見どうでもいい雑談や噂話などの情報が、実は働きがいを高めることもわかってきました。これらの点を含め、会社側には、自発的に出社したくなる魅力的な環境づくりが必要です。また、埼玉や横浜など東京近郊に自宅がある人は居住エリアにあるシェアオフィスに出勤し、会社が勤務時間をアプリで管理したり、一つのオフィス空間を複数の会社でシェアするということも増えるのではないかと思います」

キャリアを諦めない働き方

──病気、介護、出産、育児など、ライフステージが変化しても働き続けるには?

「それぞれの事情を抱えながら、いかに働きやすさを担保するか、また、その中でどのように『はたらきがい』を高めるかという2つの観点から考えてみましょう。まず、『働きやすさ』はリモートワークやハイブリッドワークなどを応用し、働き方の柔軟性を高めることで可能になります。重要なのは働き方の選択権が個人に委ねられていることです。コロナ以前の在宅勤務は、育児や介護などの事情がある人に限られていました。一部の人が在宅勤務を選択することで、働き方の不公平が生まれ、事情を抱えながら働くことに『後ろめたさ』を感じやすく、それが離職につながることがありました。リモートワークが一般化したパンデミック以降は、それが解消された部分もありますが、やはり育児休暇などで長期間、在宅勤務を継続することで社会的な孤立が生まれ離職に至ったり、精神的な疾患を抱えてしまうケースもあります。そこで、働き方の選択に加えて、社会や組織とつながるような仕組みづくりによって、個人の『はたらきがい』を保持することができるのではないかと考えます」

今、求められる会社・上司像

──ポストパンデミックの時代に、求められる会社・上司像とは?

「今後、会社は働き方の選択において、“チーム”への権限委譲が重要になってくると思います。コロナ禍では、大規模な製造業などで工場と事務職の間に不平等が生じるため、全員出社を義務付けるというケースがありました。このように組織全体で制度設計をすると、柔軟な働き方の実現が難しくなってしまいます。近年、チームプロジェクトという働き方が増えています。少人数のチームなら、個人の働く背景もシェアしやすくなりますし、チームで働き方を設計できるなら、その人に合った働き方も選択しやすくなります。『はたらきがい』は仕事観によっても変わります。個人の創造性が周囲に共感される体験が『はたらきがい』につながる人もいれば、外部とのコミュニケーションで難題を解決することに達成感を感じる人などさまざまです。それを吸い上げてチーム運営に反映できる会社が、ワーカーに求められる会社になっていくでしょう」


──組織がワーカーの働き方に耳を傾けることで「はたらきがい」が高まるということですね。

「仕事に対するスタンスは個人で異なります。興味深い例として、2016年にフランスで『エル・コムリ法』が制定されました。これは、ワーカーが週末にオフラインになることや、職場の同僚との飲み会やパーティを拒否してもいいという『つながらない権利』を保障するものです。誰もが、チームみんなで同じTシャツを着て、仲間をアピールしたいわけではありません。個人の働く姿勢に対して、上司はより耳を傾け、チーム単位で働き方を設計することがより一層重要になるのではないかと思います」


──上司に必要なこととは?

「第一に誠実さです。調査をすると、上司や経営層の誠実さを感じると部下の『はたらきがい』が高まるという結果が得られました。どのように誠実さをアピールするかというと、チームのヴィジョンを部下と一緒に共創する奉仕型の「サーバントリーダーシップ型」が誠実さの証しの一つになるでしょう。部下の相談に乗ったりサポートしたり、部下に共感する上司像が求められています」


正社員? フリーランス?

──ポストパンデミックにおいて、注目される雇用形態とは?

「価値観が分散し、働き方に自由度が求められる中で、フリーランスに対する政府のサポートも進み、正社員としての働き方も多様化しています。弊社コクヨは通常の業務のほかに、会社の利益や個人の成長につながるようなことに20%の時間を割いてもいいという『20%ルール』を採用しています。また株式会社ディスコでは、社内市場を設けて、社内通貨で業務を委託する仕組みをつくり、人気のない作業は、買い手がつかないとどんどん値上がりするそうです。このように正社員であっても、職務を選択できる余白が広がっていくでしょう。人材の流動性が高まり、転職やフリーランスを選択する人も増えていく中で、『アルムナイ』のようなOGOBが集められる場も増えています。過去に一緒に働いていた方との仕事は、現在の社員への刺激になりますし、会社としても別の視点が入り、イノベーションの観点からも注目されています。そうなると、雇用形態とは関係なく、プロジェクトごとに一つの集団のようなものが出来上がっていくのではないかと思っています」

『WORKSHIGHT』

コクヨが黒鳥社と共につくるオウンドメディア。ニュースレター、イベントなど様々な形でコンテンツを展開中。年4回刊行のプリント版、最新号は『WORKSIGHT[ワークサイト]20号 記憶と認知 Memory / Dementia』
URL/https://www.worksight.jp/



Illustrations:Manami Abe Interview & Text:Miho Matsuda Edit:Sayaka Ito

Profile

田中康寛Yasuhiro Tanaka コクヨ株式会社ヨコク研究所/ワークスタイル研究所研究員・WORKSIGHT編集員。働き方や未来社会の研究・コンサルティング活動に従事。国内外のワークスタイルリサーチ、ワーカーの価値観調査などに携わる。はたらきがいの構成要素をまとめた統計レポート「WORK VIEW 2023 ポストパンデミックのはたらきがい —内向化するワーカーのゆくえ—」を担当。

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