尾上右近×エリイ 対談。 アートと歌舞伎のコラボレーション
新宿歌舞伎町・王城ビルにて開催中のアーティスト・コレクティブChim↑Pom from Smappa!Groupの展覧会「ナラッキー」。大盛況につき会期が2023年10月15日(日)までに延長された。本展にてコラボレーションをしている歌舞伎俳優の尾上右近とエリイが展示を巡りながら、作品について、アート、歌舞伎、お互いのクリエイションへの思いを語り合う。
インスタレーション作品《奈落》誕生のエピソード
エリイ「8月に浅草公会堂で行われた右近さんの自主公演『研の會』で、『夏祭浪花鑑』と『京鹿子娘道成寺』の奈落の音を録らせていただきました。実際に聞いてみてどうですか。舞台の上で耳にするのとは違いますか」
尾上右近(以下、右近)「地下に染み込んでいく音ですよね。奈落という言葉は舞台の下の地下空間を指していて、同じ空間の中にありながら別世界に感じます。その奈落で人が自分の発する声や音を聞いているなんて想像して舞台に出たことは一度もないから、客観的な音になります。 だけど『オペラ座の怪人』のヒロイン、クリスティーヌが歌っているところに、ひび割れた隙間から雫が落ちて、その下に怪人がいるという演出のように、まさに奈落には不可解で不思議な魅力がありますね」
エリイ「王城ビルは喫茶店からカラオケ居酒屋へと変化しましたが、30年間ずっと閉ざされていた吹き抜けの空間を、今回、奈落に見立て、5階の天井をくり抜いて『セリ』を作り、上下に動くようにしました。屋上から見ると、セリに搭載したサーチライトの光が天井の穴から空に向かって突き刺さっているのがわかります。ちゃんと上空照射について東京航空局に申請を出しました」
右近「最初にお話を聞いたときは、まさかこういう作品になるとは思いもしませんでした。うまく言葉にできませんが、こそっとやることを大規模にやっている。そのアンバランス感がすごい。面白いことをやるためには、とことんやらないとダメなんだと納得させられます。どこからどこまでが作品の演出なのか、境界線のわからない感じが興味深い」
エリイ「1階にあるハシゴにのぼると、マンホールの穴から顔を出して2階にある《奈落》が見えるという設定です。奈落の底にあるこのマンホールの穴が街に繋がっている外界への入口なんです」
──アートと歌舞伎に接点を感じたり、アートからインスパイアされることはありますか?
右近「思いつきやひらめきですね。その瞬間に光輝くというか、伝わるというか、自分が伝えたいことを放出するエネルギーや爆発的な発信力がアートやアーティストさんにはあります。エネルギーがなければ伝わらないし、このぐらいで届くと思っていても、自分が思ってる以上にもっと超えていくつもりでいかないと、届かないものだと思うんです。そのためには何を伝えたいかを明確にする、それが準備だと思います。舞台に立った瞬間が勝負ではありますが、発表するまでのそこに向けた、決して面白いとは思えない準備が重要だということは、30代になってちょっとわかるようになりました。それまでは当然やらなければいけないけど、なるようになるでしょみたいな甘えがどこかにあったかもしれません」
──ジタバタしたって始まらないみたいな感覚ですか?
右近「いざ舞台に立ったら、あとはいろいろ考えないほうがいいと思っていたんです。別にぬるいと感じていたわけではありませんが、それでうまくいかなかったら、次にやる時にその足りなかったことを補えば大丈夫だろうと。自分は緻密にコツコツと準備するのが得意ではないと決めつけていましたが、準備をしっかりやってみたら、迷いなくその瞬間にパンとできるということが最近わかってきた気がします」
──舞台に臨む、取り組む姿勢が自分の中で変化してきたのでしょうか。
右近「ぶっ飛んだことをやっていても、やっぱり真面目というのは絶対条件です。人にちゃんと伝えるための準備は重要ですよね。その上で、人ぞれぞれ表現の仕方が違いますが、来るべきその瞬間にいかに離れられるのか、あえて離れないで真面目にいくのか、ということだと思うんです。
エリイさんに説明をしてもらいながら作品を見ると、好きという気持ちが真っ直ぐ伝わってくる。これが好きだから、見てほしいんだけど、どう!みたいな。まず好きという前提があって、芸術性は後からついてくるものだと思います。友人や兄弟に見せるのと同じような感覚で、お客さんにそのまま言っている感じがして、好きなものを見てほしいという熱量がすごい。僕はそこが好きだし、共感できます」
エリイ「歩いていたり、シャワーを浴びていたりすると面白いことを思いつくんですよ、私。まずはメンバー達にねえねえ超めっちゃうけること思いついたんだけど!と話すところから始まって、みんなで会議をして良ければ作品までもっていきます。その最初の心がワクッとする衝動を、めっちゃウケるでしょ!みてみて!というように友達に見せたいのがそのまま展覧会や制作に繋がって、間口が広がっていくんですね」
右近「迎合(ウケればいいと媚びること)と奉仕(見返りを求めず、尽くすこと)が違うという表現が好きなんですけど、何をするにおいても『自分があること』がとても大事だというのは、エリイさんにお会いして話すたびに感じます。何がしたいのか、はっきりしてるじゃないですか」
エリイ「そうですね。でも探求はしています。自分の知らない好きなものや人と出会いたいし、まだ見ぬものと出会ったときに、すぐに好きだとか好きじゃないとか決めつけないようにしたり、いつでも出会える準備をしていたいと心がけています。右近さんは、これはやらないと決めていることはありますか?」
右近「心が苦しくなることはやらないつもりです。なんかちょっと違うなって思う時はもちろんありますが、違うなという感覚のまま突き進まないようにはしています」
エリイ「心を大事にしたいんですよね。私も同じで、常に心がきれいな色でプリンと保たれている、というイメージをしながら生きていて心地いい状態にしたいので、そうじゃないことを自らはしないようにしています。逆に言うと、嫌じゃなければ、何でもするけどね(笑)」
右近「具体的にやらないようにしているものは今はないですが、例えば海外戯曲には畏れがあります。日本人である自分が劇中外国人の名で呼び合うことには違和感を覚えました。それは、きっと海外の方が歌舞伎をやる感覚に近いと思います。だとしたら僕がやってもいいのかと悩んでしまいました。出会う作品は毎回仲間も素晴らしかったし参加できたことを今でも幸せに思いますが、この違和感に関してはそのままでは良くないと思っています」
エリイ「それは心に丁寧に生きてるってことですよね。そのことに気づかない人も多いし、気づかないふりをする人もいると思います。客観性がないと分からないし、もしかしたら誰も思ってないけど、右近さんだけが気づいたり、それを紐解く作業をしているのかもしれない」
右近「そこに至るまでは気づかないふりをしていた時もあります。でも、やってみなければわからないから、基本的には求められることが好きなので、 必要とされて呼ばれた時には、呼んでよかったと思ってもらえるのが一番嬉しいです。だから役者で言えば、オファーをいただいた瞬間が一番幸せなんです。ただ、準備を進めていくうちに、しんどくなってきたり、好きという気持ちがわからくなったりもします。全てが終わった後、シャワーを浴びてからようやく気づくことってあるんです。自己犠牲の部分が強いかもしれません。自分のことがよくわからないから、その分、自分のことをわかってくれている周りを大切にしたいと思います」
人がいて、その先にアートがある
エリイ「右近さんはアーティストと対談されたり、アートに触れてきて、アートに対する理解力は変わりましたか?」
右近「アートに対しての理解力というと果たして変わったかは、ちょっとわかりません。でも最終的には人だと思います。やっぱり人がやっていることなので、その人が興味を持っていることが作品に繋がっていくと思うし、その人のおもろい状態っていうのは、やっぱり魅力だし、その先に作品があるから、僕はやっぱり先に人を感じます」
──芸の道のりはまだまだ先が長いと思いますが、30歳を迎えて今の自分はどの地点に立っていると思いますか?
右近「積み重ねたという感覚はないですね。種類が変わってるだけで、まだ何にもなっていない。終わった直後、祭りの後というのは人も大勢いて気が昂っているから、いい経験だったなんて言ってましたけど、いざ家で一人になって振り返ると、いきがっている雰囲気が出てるだけだと思うんです。過去の自分は常に恥ずかしいから、それこそ、みんなが言うように、本当に毎回振り出しです。当時は毎回振り出しとか言っちゃって、本当かよと思っていましたけど、その通りですね。あとは逆にお客さんが勝手に作ってくれる空気が力強く、質が上がっていっているのを感じましたけど、それが自分が作っている空気なのかはちょっとわかりません」
4階のカラオケルーム《神曲》。かつてカラオケ居酒屋だった王城の402号室をカラオケパーティールームにリノベーション。エリイが超好きだという曲、安全地帯「メロディー」を熱唱する尾上右近。
──例えば、展覧会にしても、オーディエンスがいて成立する参加型のパフォーマンスやインスタレーションのような作品もあったり、場の空気は人が作ると言いますが、舞台においてオーディエンスとの関係性はどうでしょう?
右近「観客というのは受け取りに来ているわけで、こちらが発信するものを受信している状態。受信した時にリアクションという再発信はありますけど、まずはこちらから発信しなければとは思っています。ただ先に発信されているように感じる時もあります。例えば、落語は顕著ですが、高座に上がって客席を見た時、今日のお客さんは柔らかいなとか、硬いな渋いなと感じて、話を変えると言いますよね。自分が登場する以前に、もうそこにある雰囲気が発生しているわけだから。そういう意味では、自分が空気を生み出すというよりは、その場の空気をどう扱うかっていうこともあるかもしれません。それも奉仕だと思うんですよね。ただ、お客さんの雰囲気をみて、どんどん行けるとこまで受け取ろうという感じになると、今度は迎合っぽくなってしまう。そうやって人はゆっくり間違えるんですよ」
──ゆっくり間違える、とは?
右近「ゆっくり間違えたって、自分がいいなら別にいいと思うんです。すぐ答えが出ることっていっぱいあるけど、人間との関わりとか、何かをやるということにおいて細かい選択がたくさんあるじゃないですか。これまで選択した中で、それが正解だった思うことも今のところ多いし、歌舞伎が好きでよかったと思うし、自己肯定はいっぱいあります。でも時にはいつどのタイミングで間違えたんだっけと思い返していくと、ちょっとずつゆっくり間違えていたかもしれないということがあります。人を見てても、ゆっくり間違えたことをどう扱っているかで、見え方が素敵か、しょうがない感じなのかが変わる。なんか気になるなと思いながらもやっていく、その実態がつかめないものを追い求めるのがどうやら自分は好きみたいです」
──今回の作品への参加は、ゆっくり間違ったわけでない?
右近「全く思ってないです。むしろ、歌舞伎を大きな隠しテーマのように扱っていただいて、参加できたことが純粋に嬉しかったんです」
エリイ「ゆっくりだからこそ、気付きにくさをはらんでいますよね。最初はたった一度の角度の間違えも、進むほどに開いていく。その時に違和感を感じれるかどうか、感じたらどういう行動をとれるか。その違和感は雨漏りと一緒で放っておいても、改良されることはない。でも挑戦しなければ間違えることもできない。峰を渡っていくような作業ですが、挑戦し続けたいですよね」
──奈落という作品は、華やかな表舞台の下に広がる地下空間から、さらにマンホールを抜けると外界に繋がっていく。日本を代表する伝統芸能の歌舞伎ももとは大衆の娯楽であり、一方、日本屈指の歓楽街である歌舞伎町の名前の由来は、戦後の都市計画として歌舞伎座誘致が頓挫した名残。その歌舞伎町で、時代の変化を見守ってきた王城ビルの中の奈落に浅草公会堂の奈落で収録した歌舞伎公演の音が響き渡るという、いろんな要素がクロスオーバーしながら繋がっていく感じがします。
エリイ「確かに。先ほどの右近さんのお話も今の話もそうですが、全てに人が介在しているんですよ」
右近「建物もある種の表現で人がどう思うかということを考えて作られてる。人が使わなくなった建物というのは結局、人がどう思うかを考えなくなった空間ですよね。なのに、後者の方がいろいろ考えさせられることがあるって不思議ですよね」
エリイ「それに建物は、人の出入りがなくなると途端に、天井が落ちたりする。人が生活している時には、10年、20年、天井のメンテナンスをしなくても落ちてくるなんてことはないのに、数ヶ月、人が居ないだけで屋根が落ちたりする。動物の行き来はあったとしても落ちるから、空気の流れがないわけでもない。その件については研究の答えがでてそうだけどね。作ったのも人間ですしね」
エリイがナビゲート! 尾上右近と鑑賞する展覧会「ナラッキー」の見どころ
「信じられない量のカレーを食べてカレーへの愛を確かめてますが、全然飽きません。王城カレーは47都道府県でいうと、大阪系。最初は甘くてとろみがあり、マイルドだけど攻めている。後からちゃんと辛味がやってきます。CoCo壱で言うなら2辛ぐらいの辛さ」(右近)
《にんげんレストラン》
2018年に、Chim↑Pomが歌舞伎町ブックセンター跡地に開店したパフォーマンスベースのレストランプロジェクト「にんげんレストラン」のポップアップ。
本家は旧ロボットレストランの向かいにあるSmappa!Groupの「人間レストラン」。アメリカの死刑囚が死刑執行前日に「ラストミール」として好きなものを頼んで実際に食べた料理を再現したメニューや、地下の水槽で養殖しているドクターフィッシュを使ったコキール。観客(人間)の足の角質を食べた魚を人間が食べるという、食ったり食われたりの循環を表現。他には、ほとんど黒い料理でできている奈落弁当、王城ゆかりのメニューとして、喫茶店時代のナポリタンやカレー、オーナー方山氏のお祖父さんが戦後翌日から、現在の思い出横丁で立ち飲み居酒屋を始めた時のメニュー、こぼし酒+イワシフライを復刻。
「歌舞伎超祭など特殊なキャスティングを手がけているOi-chanと私がしゃべっている会話から、Oi-chanの声を採取して、私の口元アップの映像に被せるという松田修との共作」(エリイ)
《The Making of The Naraku》
ドラァグクイーンやポールダンス、バーレスク、車椅子ダンサーなどをミックスした歌舞伎町独自のフェス「歌舞伎超祭」とのコラボレーション。
「車椅子ダンサーのかんばらけんたさんが車椅子を使ってくるくる回ってめちゃくちゃかっこいいので機会があったらぜひ生で見てほしい。
ダンサーのケロさん(平位蛙)に、特殊メイクアーティストのアメージングジローさんがネズミの特殊メイクをして、ネズミとして歌舞伎町中を踊りながら徘徊してもらいました。奈落での映像をネズミがいそうな会場の隅っこの至るところで流しています」(エリイ)
「ドラァグクイーンのMONDOさんの「顔拓」。パフォーマンス後にテープで自分の顔拓を取って香盤表の裏に貼っていくということを、誰に見せるでもなく、取りためていたものを展示しています。歌舞伎の押隈とかけています」 (エリイ)
《I(アイ)》
「ポールダンサーであるKUMIちゃんがなぜ弁財天を演じているのか。彼女は在日朝鮮人3世ですが、日本の代表として東京オリンピック2020の前夜祭に出演したり、東京ゲゲゲイの舞台で君が代で踊ったことがあり、自分がやっていいのかという葛藤が常にあったんだそうです。日本で生まれ育って、韓国語も話せないけど、パスポートの色は違う。海外で公演すると大和撫子と称されることもあったり、心の中でいつもアイデンティティのせめぎあいがあったという、弁財天KUMIと自身との葛藤を表現している映像です」(エリイ)
5階屋上 《光は新宿より》
終戦直後に、焼け野原と化した新宿を地ならしし、電柱を建て、戦後初の闇市「新宿マーケット」を立ち上げた関東尾津組による、物資買取のための新聞広告と市場に掲げたスローガンの文字から取った青写真の看板。街の光や自然光や紫外線が当たったり、風雨に晒されて青色が濃く変化する。
地下1階の展示会場へ
《Asshole of Tokyo》
地下に流れる水をテーマとし、東京のマンホールの下の下水道を撮影した映像作品。
《餌》
「地獄」を意味する「奈落」。喰う喰われるの関係から、ヒトの角質を食すドクターフィッシュを養殖し、1階の「にんげんレストラン」の食材とする。展覧会の観客とイベントの参加者は全員角質取り放題。
ナラッキー Chim↑Pom from Smappa!Group
会期/2023年9月2日(土)〜10月15日(日)
会場/王城ビル
住所/東京都新宿区歌舞伎町1−13−2
開館時間/15:00~21:00(最終入館 20:30)
※1Fレストラン、ショップは22:00まで営業
休館日/毎週火曜
料金/¥2,000(併設されるレストラン、ショップは入場無料)
※学生(要学生証提示)¥1,500
※障がい者の方(要手帳提示)¥1,500(付き添い1名まで)
※新宿区民は入館時証明書提示で100円引
※小学生以下無料、キッズルーム完備
URL/www.hellonaraku.com/
尾上右近出演舞台
舞伎座新開場十周年「吉例顔見世大歌舞伎」
(夜の部 顔見世季花姿繪 三社祭 に出演)
会場/歌舞伎座
日程/2023年11月2日(木)~25日(土)
開演/昼の部 11:00〜 夜の部 16:30~
10月14日(土)チケット発売予定
URL/www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/843
Photos:Anna Fujiwara Edit&Text:Masumi Sasaki