【インタビュー】ユージーン・スタジオ/寒川裕人「余白から広がる想像の力」 | Numero TOKYO
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【インタビュー】ユージーン・スタジオ/寒川裕人「余白から広がる想像の力」

東京・天王洲のマキギャラリーにて2023年6月2日〜8月5日の期間、コレクション展「想像の力 Part1/3」が開催された。合わせて、特別限定公開されたユージーン・スタジオ/寒川裕人の創作の場である「Atelier iii」 を訪問。そこでのユニークな鑑賞体験を通じて、彼の創作への探求心と、無限に広がる想像の世界に足を踏み入れる。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年9月号掲載)

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ユージーン・スタジオ Atelier iii
【1】木工扉の工場だった施設を、過去の展覧会で使った廃材などをリユースして、ほぼ9割DIYでリノベーションした。空間には異なるシリーズを並べたり、展覧会とは違う自由な組み合わせで作品を展示。扉を開けると反対側の部屋の作品が見えるようにしたり、いろいろな角度から眺められるように、限定しすぎず自由な余白を作ったという。【2】、【3】アトリエのさまざまな角度から捉えた作品。【4】中央:ドローイング シリーズ《Everything reflects the shining light toward me》自宅の真鍮の机に映り込んだ風景から着想を得て、ゴールドの特殊加工をした真鍮に、目の前に見えるものでなく、映り込んだものをそのまま記録したスケッチのような作品。右:《Light and shadow inside me》2021 退色による翠色のグラデーションが美しい作品。【5】アトリエのエントランスドアの一部。

ユージーン・スタジオ/寒川裕人 インタビュー

作品へと昇華できるアイデアの法則


──創作活動におけるアイデアはどのように浮かび、どう掘り下げていくのでしょうか。

「何かを発見した瞬間と同時に思考が、どちらが先ともなく立ち上がるようなイメージですね。そこから作品として昇華させる手段は、発表までに大体4、5年ほど時間をかけて検証します。例えば《ライト アンド シャドウ インサイド ミー》という翠色のグラデーションの作品に関しては、もともと思いついた瞬間は、窓際にずっと置いてあった箱が退色していく様子を見て面白いと感じたのが始まりですが、そこから他のものを一切使わずに、そのものと光だけで、光と影を表現できないかなと考えた結果です。だから日本語タイトルは『私は存在するだけで光と影がある』。このときの『私』は、作品自体でもあるし、物事すべてで、存在している時点で光と影も存在しているということを示しています。その応用のかたちである、印画紙を用いて暗室で感光させたモノクロームのシリーズも作品から光を感じられると思います」



《Light and shadow inside me》2022
翠色の作品から派生したゼラチンシルバープリントの印画紙を用いたモノクロームの作品。紙を折り曲げた多角柱に、暗室で数秒の光を当てて直接感光させ、光の強弱による濃淡のグラデーションを映し出した。


──作品になるまでに足掛け数年かかるとしたら、着想時点からタイムラグがありますが、完成したものは古さを感じさせないものですか。

「美術史において、60年代、70年代、時代ごとにとても重要な作品が出てきたと思います。確かに物によっては古く見えることもありますが、面白い作品はそう簡単に出てくるものではありません。僕も膨大なアイデアのメモがありますが、作品となり得る要素があるかどうかをゆっくり判断するので、実現するのはごくわずかです」


──面白味の判断基準とは?

「かなり複雑ですが、現代性、社会性、美術史、その上で僕自身の中から出てきたものかどうか、内的な経験によるものか。あるいは、実現可能かどうか、実現が叶ったとしても持続性があるかどうか、それらすべてが揃わないと、作品にはなかなか結びついていきません。美術史を踏まえた上で、微細な違いでもいいのですが、誰もやっていないことがそこにあるかどうか。表面が似ているかどうかは本質的には重要ではない。そのような思考のなかで、確信を持てたものだけが作品になります」


──成り立ちは違うのに、例えば抽象的なペイントは、似たように見えてしまうかもしれません。

「現代美術にかかわらず現代において全く誰も見たことのないような新しいものなどほぼなく、基本的にはもうやり尽くされている。その上で、重要なのは、ディテールを観察し、更新していく、ヒストリーを紡いでいくということなんです」



《Rainbow Painting》series 2021
「よく見ると少しずつ下から上へ赤みを帯びたレインボーのグラデーションになっています。一筆一筆は群衆の中の一人一人で、抽象化された『群像のポートレート』。集団の中では個は一要素でしかなく、その境界も曖昧。コロナ禍で制作したこともあり、見えない社会も表現しています」(寒川)


──プロセスの解説とともに鑑賞することで本来のメッセージが際立つように思います。もともとコンセプチュアルアートに興味があったのでしょうか。

「大学時代に母を亡くしてから、大きくそういう方向に変わりました。高校生の頃はよりヴィジュアルインパクトのあるものが好きでしたが、それまで自分が好きだった作品が全くいいと思えなくなり、コンセプチュアルな作品がよく見えた瞬間がありました。例えば、フェリックス・ゴンザレス・トレスのキャンディが山積みになっている作品がありますが、説明がなければ、ただキャンディが積まれているだけです。でもそこには実際の時間の経過が介在している。その時間が大事で、すぐ見てわかることは、アートの役割ではなくてもよくて。エンターテインメントがそれを担ってくれている。アートというものは、即時性のものではなく、むしろ時間を遅らせるものだと思うんです」


──時間を遅らせるとは?

「同じ作品でも、10年後、20年後に見ると違う感覚になる。見ている自分自身が変化するから。ファッションや映画は、時代を映し出す鏡で時代性が明確ですが、アートというのは、ある意味、ほぼ変化しない。息が長く、すごくシンプルだけど、ずっと同じ状態でいられる」

アーティストという未来を見据えた選択


──アーティストを目指したきっかけは?

「僕が高校生の頃、10数年前には、既にシンギュラリティ(AIが人間の知能を超える転換点)という言葉はあって、これは人工知能が人間の知能を一回超えると、人間を超えるものを作ることができるというシステムで、AIがどんどん上回っていき、とうてい人間の理解も力も及ばなくなり、完全にAIが超えていくという考え方でした。もし自分が生きている間にそういうことが起きたとしても、AIにはおそらく理解できないようなことをやっておきたいと思い、当時自分にとって一番よくわからない領域が現代美術でした。現代美術なら少なくとも僕が生きているうちは、追いつかれないかもしれないなと思ったのが、きっかけの一つです」


──ようやくAIも一般的に耳にするようになってきましたが、変わらず追いつかれない自信はありますか。

「追いつかれないと思います。空間やものは、思いのほか複雑なので」


──フィジカルな要素が伴うものは大丈夫だと?

「空間が出てくると、非常に複雑で、きっとAIだけでは対処できないと思います。仮に高性能のプリンターが出てきて、空間を再現することができたとしても、そのものが実際に積み重ねた時間は再現できない。再現が難しいのは、表現に伴った事実と時間。例えば、《ホワイトペインティング》という作品は、不特定多数の人の接吻によって完成した作品で、まさにそれを体現しています。時間が作品を構成しているとすると、AIが最後まで再現できないことの一つだと思います。どんなに複雑なタッチだとか、素晴らしいテクニック、誰が見てもゴッホのような絵というものは、比較的早い段階で再現できるかもしれない。当時からそんなことを考えていました」

想像する力が社会を変える


──空間を伴う作品といえば、《想像》は真っ暗な部屋に置かれた決して見ることのできない彫刻です。どのように生まれたのですか。

「2013年頃、東北地方のある雪山に夜いたとき、新月だったのかわかりませんが、ほとんど真っ暗闇で何も見えず危なかったので10分程度その場に立ち止まったんです。風や木の音だけが聞こえている状態。その体験から生まれました。後に地域の博物館の学芸員さんに話を聞くと、日本には古くから、道祖神のように何でもない山に神が祀られていて、そういう作品を思いついたのは、ある意味で必然的だったかもしれない。おそらく、日本で暮らしていなければ生まれてこないアイデンティティやヒストリーの背景があります。そこから彫刻の歴史を見返し、過去に誰もやっていないか、作品として残すべきかという判断をします」


──自然の中での体験が現代性、社会性とどう結びついたのですか。

「この作品はヴィジュアルの話ではないですよね。例えば、ルッキズムのような、ヴィジュアルで判断することへの社会問題とつながっていくように思いました。視覚だけで判断することに対して、僕はずっと疑問を感じていました。アートは基本的にはそうなりがちで、美術にとって視覚を優先することは今後ネックになってくるだろうし、社会的にもその概念は変わってくるだろうと思います。ヴィジュアルを優先する時代が終焉を迎えつつあるとすれば、ヴィジュアルが存在しないという点でそれに応えたかたちになっているのかなと」


──まさに想像するしかない作品ですが、鑑賞した方の反応は?

「さまざまですが、なかには涙を流した人もいるようです。僕も母を亡くしたときの記憶、感触とか温度とか亡くなった人に触る感覚に近いと思いました。もしかすると5年、10年後にそういう経験をした後に体験すると全く違う感じ方になり、作品は何も変わらないけれど、また別の作品になる気がします。今回の展覧会のタイトルも『想像の力』で、彫刻のタイトルは、日本語で言うと《想像》。つまり像を想うことで、頭の中で像を考えること、すなわち想像の余地がある、想像することができることが、社会にとって必要な力だと考えています」


──創作の根底には、常に余白、想像させる余地がありますね。

「想像力があれば、極端な話、もっと平和になるかもしれないとも思います。想像力が欠如しているから、さまざまな問題が浮き上がってくる。多様性やルッキズム、SNS、サステナブルや環境のことも、少し想像すれば事前にわかったはずなのに、些細なレベルからでも、社会や人々が想像することができるようになればと思います。僕も社会に生きている一人なので、僕から生まれる作品も社会とは切り離せません」




《Goldrain》2019
「連綿と続くこと。循環のスピードを制御しているわけではなく、金色の微粒子が重力のままに自然に延々と落ち続けている状態で、光の当たっているところだけ見え、空気の流れが見える。川や石、砂ができるプロセスに近い自然現象のような状態。同時に、映像分野には、パーティクルシステムというコンピューター上で粒子を制御する表現手法があり、ディスプレイの中でしか存在しなかった状態が、現実になるという面白さもあります」(寒川)

アジアの物語が世界の中心になるとき


──では今の社会、世の中を見渡して関心のあることは何ですか?

「最近は、ざっくりと言うと、アジアに関心があります。現在、僕らが知るさまざまな領域は、まだまだ欧米が強いと思うんです。政治的な話ではなく、美術史も、エンターテインメントも、有名な物語も大多数は欧米で誕生したものですが、それが大きく変わり、アジアが世界の中心になる瞬間が、近い将来、生きてる間に訪れる気がします。逆に欧米の文化がカウンターになっていく。その中心が中国なのかインドなのかはわかりませんが、期待も込めて、アジアの物語とは何かということを考えています」


──そう思ったきっかけは?

「K-Popに代表されるように、これまでのエンターテインメントの常識が変わり始めました。単純に曲がいい、かっこいいとは違ってシステムとして、アジアの物語を築けたという視点でK-Popを見てみると面白いし、例えば、BTSがあそこまでの存在になったことも興味深い。特に、無国籍的に表現できている点。どこの国の音楽とも思えないような広がりになっていて、余白を感じます。作品とちょっと近いですね。ガイドははっきりあるので、抽象的ではないのに、境界はぼんやりしている。そのためメッセージが分散し、受け手側がそれを自主的に見いだしていける余白が生まれている。そこが重要な気がします」


──K-Popをそういう視点で捉えているのも独特ですね。そして、余白がある=想像させるということにつながっていく。

「異なる言語で歌詞がわからないことも大きいのかもしれません。文字の印象はとても強いので、わからないほうが受け入れられることがあるかもしれない。例えば映画だと主人公の顔や絵面で、その時点で受け入れるか否か、物語とは全く関係ないにもかかわらず、好き嫌いで判断するから、作る側も見る側もお互いに損をしているかもしれませんね。アジアの物語と抽象性の共存が、K-Popだったら可能だった。ある程度のガイドがありながらも、余白があって抽象性の高いものが、今後は広がる可能性を秘めていると思います」

Photos:Kohei Omachi Edit&Interview:Masumi Sasaki

Profile

かんがわ・ゆうじんEugene Kangawa 1989年生まれ。現代美術家。ユージーン・スタジオは日本を拠点とするアーティストスタジオ。2017年『THE EUGENE Studio 1/2 Century later.』(資生堂ギャラリー)、19年『漆黒能』(国立新美術館)、21-22年、東京都現代美術館 個展「EUGENE STUDIO 新しい海 After the Rainbow」などを発表。そのほかスタジオとして「Play Earth Park」(2022 東京 富山) のコンセプト設計のほか、過去に人工知能や農業、バイオテクノロジー領域といった研究開発への参加など多方面で活躍。

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