写真家たちの冒険 vol.5 川内倫子 「豊かさと厳しさを求めて」
人生で経験できることは、残念だけど限られているだろう。世界中の町に行くことは難しいし、身の回りのことだって全てを知らない。でも、私たちには写真家の眼差しがある。彼らの世界に触れることが、自分で体験するよりも遥かに豊かな経験になり得るのだ。特集「写真家たちの冒険」vol.5は 川内倫子。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年6月号掲載)
豊かさと厳しさを求めて
アイスランドのヴィトナヨークトル氷河。また訪れたいと思っている場所です。この写真を撮影したのはコロナ前の2019年。雑誌『IMA』で自分の特集を組んでくださることになり、巻頭ページのために撮り下ろしに行きました。当時は3歳だった娘と夫、私の母の4人で行きました。ヴィトナヨークトル氷河まではアイスランドの首都レイキャビクから車で片道5時間ほどで、2日かけて移動しました。
氷河の下には火山が存在し、火山活動が発生する可能性もあるといわれ、この地球の持っている自然の豊かさと厳しさのどちらも感じられる場所です。豊かさと厳しさは表裏一体であるように思います。この世界にはそのような場所がたくさん存在しますが、なかでもヴィトナヨークトル氷河は私たちが住んでいる温暖な気候とは違い、夜に道で寝てしまうと死んでしまうような過酷な場所でもあります。そういった種類の厳しさの中に身を置くことでしか体験できないものがあり、当時の自分はそのような体験を求めていたようです。
出産は、私の体の中に起きた豊かさと厳しさを感じる、人生で一番大きな体験でした。妊娠、出産、授乳までずっと子どもとつながっていて、栄養を取られているので半分自分ではないような感覚。授乳が終わり、そろそろ自分に返ってきたかなというときに、前の自分のように撮影や仕事ができるのだろうかと感じました。
撮影はある種スポーツのようなところもあります。体を動かして撮影をする、その筋力も鈍っている感じがしたので、近所で撮影するよりも、まったく違う場所へ行って、大自然の中を自分の足で立ってみたいと思いました。その行為は「挑戦」というような言葉ではなく、一番しっくりとくるのは「ただ自分と向き合う」ということ。自分と向き合う=よくわからないものに向き合うことでもあります。自分なのにわからないことってたくさんありますから。その時間は基本的に苦しいです。自分のダメなところや弱いところに目を向けることはしんどいことですが、自分の現在地を確認するために必要なことです。私の場合は写真を撮る行為を通して自分と向き合いつつ、世界とも向き合える。そこが写真の面白さだなと思います。
旅は自分の体を移動させて手っ取り早く新しい刺激を受けられる手段としても有効です。刺激を欲することは進化するために必要な本能だと思っています。また旅をすることで自分が本当に地球の上にいるんだなという感覚、普段の生活をしていると味わえないような自分の小ささを感じることができます。もしもまたあの氷河を目の前にして立ったとき、何を感じて体はどんな反応を示すのか。あのときに行った感覚とは違う、新しい刺激を受けるのだろうか。それを確かめに再訪したいと思っています。
Interview & Text:Saki Shibata