【インタビュー】アーティスト 大巻伸嗣:生命をつなぐアートの地平 | Numero TOKYO
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【インタビュー】大巻伸嗣:生命をつなぐアートの地平

この眺めを、どう言葉にできるだろう。形だけではない。響き合う感覚。連鎖する息吹。共鳴する魂──。世界各地の風土や記憶と向き合い、そこに去来する存在の痕跡に光を当ててきたアーティスト、大巻伸嗣(おおまき・しんじ)。極限の精神から紡がれる“生と死”の地平が、青森の地・弘前れんが倉庫美術館の空間に広がっていた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年7・8月合併号掲載)

Photo:木奥惠三
Photo:木奥惠三

展示風景より。 1.『Liminal Air Space-Time: 事象の地平線』2023年 大巻を代表する作品シリーズの新作インスタレーション。津軽で暮らす人々の声とともに、力強くも包み込むような波が満ち引きを繰り返す。 

Photo:木奥惠三
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展示風景より。 2.『Oak Leaf -the Given- (Right)』2023年 展覧会の始まりを告げる立体作品。鬼が腰掛けたという伝説にまつわる柏の木の葉に、自身の右手の血管網が重ねられている。

Photo:木奥惠三
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展示風景より。 3.『KODAMA』2023年 立ち並ぶ木々の間にキツツキを思わせる音がこだまする空間。根元に置かれた石や漂着物が何者かの痕跡を放つ。 

Photo:木奥惠三
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展示風景より。 4.『sink』2023年 暗闇に光の玉が現れ、落ちて煙となる様子が繰り返される。 

Photo:木奥惠三
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5. 展示室2階の風景。壁には巨大な壺が描かれた『Abyss』。床には再構成された世界地図が広がる『Flotage』、その上は津軽のシンボル・岩木山の稜線をかたどった二つの物体が近づき離れる『Liminal Air -core- 天 IWAKI』『Liminal Air -core- 地 IWAKI』。呼応する作品同士の力学が、移ろいゆく世界の様相を感じさせる。

大巻伸嗣インタビュー つくることは受け継ぐこと

「美しい」と感じた瞬間に、果てしない連鎖に引き込まれている。きれいごとでは済まされない。アートとはこういうことなのか。大巻が紡ぎ出す表現の力学、その覚悟と展望が明かされる。

生死を見つめ、受け継ぐこと
その覚悟が導く新境地

──今回の展示は、青森の風物や自然、文化や信仰などとも呼応する円環的な死生観によって貫かれています。ご自身にとって、何か転機となる体験があったのでしょうか。

「この数年、死を免れ得ない人間という存在に対して、“生きていくこと”をどうにか継承できないかと考えていました。一つは台湾・台北の関渡美術館での個展で、言葉と深く向き合ったこと。人生を『精神のリレー』と表現した台湾生まれの作家・埴谷雄高(はにや・ゆたか)の思想に触れたり、言語学の研究者と対話したり…。世代を超えて受け継がれていく点で、言葉は肉体以上に人間という生命体の本質なんじゃないかと考え始めました。

もう一つは、昨年の宇都宮美術館の開館25周年記念展の制作中に、右手が突然、激しく痛み始めたこと。診断結果は静脈瘤。『これで作家生命が終わってしまうなら、自分の意志をどうつないでいけばいいのか』という問いを突きつけられました。ましてやコロナ禍で、世界を変えることの難しさを痛感していたなかでのこと。たとえ誰に届くかわからなくても、叫び続けていかなければならない。そう覚悟を決めたんです」

──展覧会の始まりと終わりに展示された柏の葉の作品(写真2)にも、ご自身の右手の血管が重ねられていますね。また、この美術館は「記憶の継承」をテーマに築約100年の倉庫を再生した建物。大巻さんの姿勢と共通するものを感じます。

「ここで展示をするのは因果のようなものですよ(笑)。僕の作家人生は、美術予備校で奈良美智さんに『大巻はデザインじゃなくて彫刻をやれ』と言われたことから始まった。そして奈良さんは倉庫だったこの場所で展覧会を3回開催し、やがてそこが美術館になった。バトンを受け取った者として思いをつなぎ、円環を描き続けようとしたわけです」

──ご自身を代表するシリーズの最新作『Liminal Air Space-Time:事象の地平線』(写真1)も、青森の海のような力強さを放っています。

「津軽地方の海のイメージに加えて、この空間と対峙した結果でもあります。三角屋根でつながった建物全体の空気をかき回して、大きく高くうねる波を作り出すことができた。2階から俯瞰することもできるし、海の波が遠くで起こって押し寄せ、自分たちの立つ地平を揺るがすような振幅するホライゾンを感じられる。作品を通じてたどり着いた境地ですね」

“木霊”に耳を傾けて
新たな道筋を探し出す

──キツツキのような音が響く『KODAMA』(写真3)は、太古の森を思わせる空間と、各地で拾い集めた物との対比が印象的です。

「原風景的な場所に人の痕跡が流れ着いて、何かが起こる。石ころや木のかけらが素っ気なく置いてあるのは、縄文遺跡から得たイメージです。生き物の存在や行為の痕跡が影に隠れたり、日の光に見えたりする森──中央に立つ鉄骨柱をどう隠そうか悩んだけれど、それさえも含めて、記憶を再生しながら新しい何かを育んでいく森になりました」

Photo:木奥惠三
Photo:木奥惠三

Photo:木奥惠三
Photo:木奥惠三

(上2点)展示風景より。6.7 『Echoes Infinity -trail-』2023年 真っ白い床一面に植物などの文様が広がる、大巻の代表的シリーズの新作。青森の草木や風物も取り入れられた文様は新岩絵の具で描かれており、観客が中央を歩くことで次第にぼやけて消えていく。雪溶けの光まばゆい春に地元ボランティアとともに作り上げた光景が、人々の足跡とともに消滅し、記憶や息吹となって受け継がれる。

──『Echoes Infinity -trail-』(写真6、7)にも、青森で収集した文様が取り入れられています。観客に踏まれて消えていく一筋の道が「trail」という言葉に集約されていますね。

「作品タイトルはいつもギリギリまで決まらない(笑)。この作品もスタッフと『新雪の踏み跡』や『けもの道」などのイメージをやり取りするうち、踏み進む人間の行為の表れとして『trail(道、痕跡)』が出てきた。粘りに粘ることで、作品の意図が高い精度の言葉に集約されるんです。

面白かったのは、これまで僕とアシスタントの二人でやっていたリサーチにキュレーターチームも加わったこと。森や海岸で枝や漂着物を拾ったり、あの世の景色といわれる仏ヶ浦や六ヶ所村の核燃料サイクル施設を巡って写真を撮ったりするなかで『僕とみんなが心惹かれるものの違いは何だろう?』と、対話や思索が深まっていく(写真8〜11)。僕は一人で表現と向き合って、誰も到達できない領域を追求するタイプの作家じゃない。だからこそ、とことんまで付き合ってもらい、お互いの呼応のなかで発見を重ねていくことができたのは、本当に大きな体験でした」

展覧会に先駆け、青森県内各地で行われたリサーチで美術館スタッフが撮影した記録より。こうした風景の一部は、津軽弁の言葉や歌で綴られる映像作品『Before and After Horizon』にも登場する。 
(左上)8. 津軽地方に伝わる「鬼伝説」の一つ、鬼が腰掛けたという柏の木。 
(右上)9. 本州の最北部を成す下北半島の西岸、奇岩が連なる「仏ヶ浦」。死者があの世へ行く際に立ち寄る場所といわれる。 
(左下)10. 下北半島の海岸に打ち寄せる冬の波。
(右下)11. 津軽半島西部、七里長浜出来島海岸の埋没林。約2万8000年前の泥炭層に数千本もの木々が腐らないまま姿をとどめる。 

Photo:木奥惠三
Photo:木奥惠三

12. リサーチの記録やドローイングなどのアーカイブ展示。大巻自身の右手の血管網の3Dスキャン画像、書き留められた言葉や絵などから制作の生々しいプロセスが伝わってくる。 

美しいものにも怖さがある
極限の問いが向かう先

──「美しい」と形容されがちな大巻さんの作品ですが、周囲との深い関わり合いにこそ本質がある、と。

「そう思います。美しいという言葉にも怖さがある。落下する光の玉が煙になる作品『sink』(写真4)の下には、地元のリサイクル施設で出るガラス状の残留物「スラグ」が敷かれています。見た目は美しいけれど、そこへ至るあらゆる念が封じ込められている。自分たちは創造をしているのか、それとも破壊をしているのか……そんなことを考えさせられます。

『Echoes Infinity -trail-』にしても、ボランティアの皆さんとの共同作業はそうした認識や思いを受け継ぐ場になっていたと思います。かがみ込んで新岩絵の具の粉をまき続けて、毎日クタクタになって……そのプロセスそのものがアートになるんです」

──人を巻き込んで問いを突き詰めていく……なぜ、その大変な作業と向き合い続けているのでしょう。

「大変ですし、体もキツいです(笑)。その上、アーティストが作れるのはごく小さなものでしかない。でも僕はそこに、一つの世界を形作るのと同じ働きがあると考えています。花の文様は消えていくけれど、行為がやがて主体になり、つながっていく。その意味でも今回の個展は、今までやってきたことの総括になった。弘前れんが倉庫美術館という場が持つ力、青森の精神風土……受け継がれてきたものに全身全霊で挑んだ結果をぜひ、感じ取ってほしい。

今年の夏には中国・四川省の美術館、11月には東京・六本木の新国立美術館で個展を予定しています。この4月に新宿にオープンした「東急歌舞伎町タワー」にも作品が設置されましたし、コレオグラファーの鈴木竜さん、サウンドアーティストのevalaさんとともに僕が美術を手がけたダンス作品『Rain』も各地で上演されます。人間はいつ死ぬかわからない。だから命懸けで作るしかない。精神を受け取って、自分の中で湧き出るものを広げ、伝えていかなければならない。そう強く感じています」

Photo:ⓒNaoya Hatakeyama
Photo:ⓒNaoya Hatakeyama

「大巻伸嗣|地平線のゆくえ」
会期/4月15日(土)〜10月9日(月・祝) 
会場/弘前れんが倉庫美術館 青森県弘前市吉野町2-1 
TEL/0172-32-8950
URL/www.hirosaki-moca.jp
青森の人々や風土と呼応する新作をはじめ、円環的な死生観をテーマに構成される。最新情報はサイトを参照のこと。

弘前れんが倉庫美術館
明治・大正期のレンガ造りの建物を再生し、2020年に開館。建築家・田根剛が設計を行い、コールタールの黒い壁面など建物の記憶を残した空間が広がる。屋根はリンゴ酒のシードルを製造していた歴史にちなむ金色。00年代、地元出身アーティストである奈良美智の展覧会を3回開催したことが同館誕生の大きなきっかけとなった。

Interview & Text & Edit : Keita Fukasawa

Profile

大巻伸嗣Shinji Ohmaki アーティスト。1971年、岐阜県生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。同大学教授として教鞭を執る一方、国内外で「存在」とは何かをテーマに制作活動を展開。ちひろ美術館・東京、関渡美術館(台湾・台北)などでの個展開催に加え「あいちトリエンナーレ」「アジア・パシフィック・トリエンナーレ」など国際展にも多数参加。今年11〜12月には東京・六本木の国立新美術館でも個展を予定している。

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