北極冒険家で冒険研究所書店店主の荻田泰永が紹介。冒険にいざなう本6選
危険とわかっていて、どうして人は冒険に駆られてしまうのだろう。まだ見ぬ世界へ連れ出してくれる、冒険家たちの物語をご紹介。今回は、北極冒険家で冒険研究所書店店主の荻田泰永が、冒険にまつわる本6選をおすすめしてくれた。( 『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年6月号掲載)
1. 『CHRONICLE クロニクル 山野井泰史 全記録』
山に向かう求道者の生き様
日本を代表する登山家、山野井泰史の半生を振り返り、主要な登攀記録や取材での発言をまとめた一冊。人は、自らの信念を貫きその道を極めようとするとき、狂気を孕む。山野井泰史は世界中の誰よりも山登りが好きで、そして山登りに真摯に取り組む。研ぎ続けられた刃物のように、その登攀は鋭さと美しさを帯びる。そして同時に、山野井の存在は同じ道を極めようとする者に対して、格の違いという深い傷をも与えるのだ。
山野井泰史/著(山と渓谷社)
2.『北極探検隊の謎を追って』
気球で北極点を目指した探検隊の死の真相とは
1897年、まだ人類が到達していなかった北極点に、気球での到達を目指した探検家サロモン・アンドレー。他2名を乗せた気球は北極海に向けて離陸するが、彼らは帰ってこなかった。しかしそれから33年後、北極海に面する無人島で3人の白骨遺体が発見される。今もなお謎に包まれる、彼らの最終的な死因に対して、医師である著者が現代医療の知見を動員して真実に迫る。彼らが残した日記は、未知に挑む探検精神と北極に散る悲哀に満ちる。
ベア・ウースマ/著 ヘレンハルメ美穂/訳(青土社)
3.『人類初の南極越冬船 ベルジカ号の記録』
極限の環境に追い込まれた人間たち
極地探検史を語る中で、必ず挙げられる探検というものがいくつかある。その一つが、本書で語られる「ベルジカ号」の南極探検。19世紀末、ベルギーの探検家が組織した遠征には、若き日の重要な探検家たちが乗船していた。期せずして南極での越冬を余儀なくされ、精神を病んでいく隊員たち。船が海氷にとらわれ、自由な海への脱出を図るその行方は読みながら手に汗を握る。まるでサスペンス映画を見ているような、南極探検の歴史。
ジュリアン・サンクトン/著 越智正子/訳(パンローリング)
4.『空をゆく巨人』
信頼で結ばれた二人の男の打算なき友情
「アートも冒険も、一見すれば人生には必要がないものかもしれない。しかし、アートも冒険もない世界は何とつまらないことだろう」
東日本大震災後の福島県いわき市。250年かけて9万9000本の桜を植樹する「いわき万本桜プロジェクト」。震災への祈りと怒りを抱えた実業家・志賀忠重と、世界的な現代芸術家・蔡國強の友情が、前代未聞のアートプロジェクトを生み出す。志賀は、冒険家・大場満郎の北極海横断のサポートのために北極へ向かう。その大場こそ、私を北極に導いた人物であり、彼らの冒険精神は連綿と私にもつながっている。最高の読後感を得られる作品。
川内有緒/著(集英社文庫)
5.『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』
冬季のみ現れる幻の道をゆく
「これから、チャダルは、ザンスカールは、どうなっていくのだろう」
インド北部、ザンスカールと呼ばれる地域が雪に覆われると、冬の間は外界との道が寸断される。しかし、冬季のみ通行できるのが「チャダル」と呼ばれる凍結した川、幻の道である。著者は長年この地に通い、今なお深い祈りの中に住む人々との交流を重ねる。近年、この地にも物流道路の開発が進み、外界からの物質的人的な流入と流出が激しくなったという。一つの文化を見つめ続け、その変化を追いかけた旅の記録。
山本高樹/著(雷鳥社)
6.『旅をひとさじ てくてくラーハ日記』
どこにでもある日常
小さなフィルムカメラを片手に、イスラム圏を中心に旅をしたフォトエッセイ。「ラーハ」とは、アラビア語で「労働」「遊ぶ」のどちらにも属さない第三の時間。友人としゃべったり、ぼーっとしたり、そんな時間がイスラムにはあふれているという。松本智秋は内戦下のシリアを2018年に訪れた。破壊された建物が街を覆う。瓦礫だらけの街で見つけたジューススタンド。搾りたてのオレンジジュースが、灰色の街に映えていた。
松本智秋/著(みずき書林)
Text:Yasunaga Ogita