海に砂漠、宇宙まで。“世界の果て”のアート探訪
私たちがアートに求めるもの。もしかしたらそれは冒険かもしれない。常識を揺さぶり、視野を広げたい。日常を離れ、予想外の何かを感じたい。新たな世界の扉を開き、圧倒的な体験に身を委ねたい──。ならば、こんな作品はどうだろう? 海に砂漠、宇宙まで。極限の場所で輝く“世界の果て”のアートたち。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年6月号掲載)
エルムグリーン&ドラッグセット
『Prada Marfa』
テキサスの荒野にプラダがオープン!?
デンマーク出身のアーティストコンビ、エルムグリーン&ドラッグセットの作品はいつも、現代社会の歪みを捉えつつ絶妙な軽みをたたえる。なかでも『Prada Marfa』は“彼ららしさ”が全開の作品。周囲をチワワ砂漠に囲まれた町マルファから37マイル離れた地に、突如プラダのブティックそのままの擬似店舗を出現させたのだ。プラダ側もコンセプトに理解を示し、ブランドの使用許可とともに店舗内に並べるアイテムを提供した。
Elmgreen & Dragset『Prada Marfa』(2005年) 住所:14880 US-90, Valentine, Texas 79854 USA アメリカ・テキサス州の荒野にただ一軒、ポツンと現れたプラダの実店舗を模した建物。発表とともに話題を呼び、ビヨンセをはじめセレブたちがこぞってSNSに投稿。時間とともにひび割れや退色などが生じても修復されず、朽ちていくに任せるという。
東信
『EXOBIOTANICA 2 -Botanical space flight-』
高度3万メートルの成層圏に花を生ける
小誌でも連載中のフラワーアーティスト東信が手がけた、植物を地球外の未知なる領域へ“進入”させるプロジェクト。アメリカ・ネバダ州のブラックロック砂漠から植物をバルーンで成層圏まで飛ばし、大地から解き放たれて「地球に生けられた」植物の姿を記録する作品だ。上空3万メートル、気温マイナス50度という過酷な環境に置かれた植物は、地球外生命体(Exobiota)へと進化を遂げたかと思うほどの神々しさを纏うこととなった。
東信『EXOBIOTANICA 2 -Botanical space flight-』(2017年8月12日) 成層圏(アメリカ・ネバダ州ブラックロック砂漠上空) 写真は14年の『EXOBIOTANICA 1』に続くプロジェクト第2弾として実施されたもの。特殊装置を備えた高高度気球で成層圏へ到達、帰還するまでの様子を連続写真で記録した。
ジェイソン・デカイレス・テイラー
『Cannes Underwater Eco-museum』
海の底に沈む神秘的な彫刻たち
カリブ海をはじめ世界各地の海に彫刻作品を“収蔵”してきたイギリスのアーティストが2021年、フランス・カンヌ沖のサント・マルグリット島近くに作品群を設置。海岸から約100メートル離れた海底に、高さ2メートル、重さ10トンに及ぶ巨大な頭部像を点在させた。造形は地元市民の肖像画をもとにしたもの。彫像には環境になじむ素材が使われており、人間の鑑賞用のみならず、海の生物の拠り所になるよう配慮されている。
Jason deCaires Taylor『Cannes Underwater Eco-Museum』(2021年) 住所:Plage, Île Sainte-Marguerite, 06400 Cannes, France メキシコ・カンクンの海底彫刻美術館などで知られるアーティストが、地中海へ“初進出”。海底のゴミを取り除き、魚や海草などの生態系を守る目的のもとに計画を立て、4年の歳月をかけて完成した。
アントニー・ゴームリー
『ANOTHER TIME XX』
「神仏習合」発祥の地に立つある男性の彫像
人型の彫像で知られるアントニー・ゴームリーの作品が、大分県国東(くにさき)半島の山中に恒久設置されている。神道と仏教が融合した日本特有の精神文化「神仏習合」の原点といわれ、渡来文化と土着文化が独自の融合を遂げてきた地。2014年の「国東半島芸術祭」に招かれたゴームリーは、たたら製鉄が盛んだった土地の歴史を踏まえ、鉄製の像を立てた。古来の“山中他界(さんちゅうたかい)”を象徴する場所に立てられた像は、風雨にさらされ少しずつ溶け、やがて土へ還る。
Antony Gormley『ANOTHER TIME XX』(2013年) 住所:大分県国東市国見町千燈 インドやスリランカで仏教を学んだゴームリーが、自身の体をかたどって制作した等身大の像。眼下に広がるのは瀬戸内海。「六郷満山」の修験者(山伏)が霊場巡りを行う峯入りの道を自らたどり、千燈岳の山頂近くに位置するこの場所を選んだという。
マイケル・ハイザー
『CITY』
砂漠に出現した無人の“巨大都市”
土地全体を作品化する「ランドアート」を手がけてきたマイケル・ハイザーが2022年、アメリカ・ネバダ州の砂漠に超大作を完成させた。全長2.4キロという壮大な規模は、まさに一つの都市を思わせる。ただし居住用にはなっておらず、出来たてなのに古代からあった遺跡のよう。最小限のコンクリートに、あとは土と岩で造形されていることが、一層“遺跡っぽさ”を醸し出す。今後は国定公園の一部として保存・公開がなされる予定。
Michael Heizer『CITY』(2022年) 住所:Garden Valley, Lincoln County, Nevada USA 50年以上もの間、秘密裏に建設工事が行われてきた超巨大アートプロジェクトがついに一般公開。縁石で囲まれた土の山やコンクリート製のピラミッドなど、古代遺跡にインスパイアされたという構造物が圧倒的スケールで立ち並ぶ。
森万里子
『Ring: One With Nature』
ジャングルの滝に燦然(さんぜん)と輝く光の円環
壮大なインスタレーションを多数手がけてきた森万里子(もり・まりこ)はある時、夢を見た。滝の落ち口にある巨大なリングが太陽光を浴びて輝きを放っていたのだ。夢の光景を現実化しようと綿密なリサーチを重ねた末、森はイメージぴったりの滝をブラジル・リオデジャネイロ州に探し当てた。落差58メートルを誇る滝に設置されたリングは、太陽光を浴びて時間により青から金色へ変化する。「自然と人間の融和」を象徴する作品は日々輝き続けている。
森万里子『Ring: One With Nature』(2016年) 住所:Muriqui, Mangaratiba, State of Rio de Janeiro 23860-990 Brazil 「自然と人間の融和」のもと6大陸に設置される作品の一つとして、クナムベベ州立公園内の滝「the Véu de Noiva(花嫁のヴェール)」の上に恒久設置。リオ五輪の公式文化プログラムにも認定されている。
「Don’t Follow the Wind」
小泉明郎『Home Drama』
帰還困難区域で開催中の“見に行くことができない展覧会”
東京電力福島第一原子力発電所事故によって生じた帰還困難区域。この地で2015年から国際展「Don’t Follow the Wind」が開催されている。Chim↑Pom from Smappa!Groupや艾未未(アイ・ウェイウェイ)ら12組が区域内に作品を展示。そのうち小泉明郎(こいずみ・めいろう)作品『Home Drama』が22年8月の避難指示一部解除に伴い、10〜11月に双葉町で公開された。すぐ近くにありながら、足を踏み入れられない不可視な土地がある。そのことにあらためて思いを馳せたい。
「Don’t Follow the Wind」(2015年〜) 会場:福島県、東京電力福島第一原子力発電所周辺の帰還困難区域 立ち入り制限下で開催中の“見に行くことができない展覧会”。昨秋公開された小泉明郎の作品(写真)は、数年前に設置家屋もろとも撤去された作品を再構成したもの。避難者の声をヘッドホンで聴きながら周辺を歩いて作品を体験する。
Text : Hiroyasu Yamauchi Edit : Keita Fukasawa