写真家たちの冒険 vol.1 石川直樹「未知の世界を自分の身体で知りたい」
人生で経験できることは、残念だけど限られているだろう。世界中の町に行くことは難しいし、身の回りのことだって全てを知らない。でも、私たちには写真家の眼差しがある。彼らの世界に触れることが、自分で体験するよりも遥かに豊かな経験になり得るのだ。特集「写真家たちの冒険」vol.1は石川直樹。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年6月号掲載)
未知の世界を自分の身体で知りたい
人間の生活圏から遠く離れた極地から、人々が密集する都市の路地まで、あらゆる場所を歩きながら写真を撮り、写真集や写真展にまとめていきつつ、自分なりにその地の歴史や地勢を咀嚼するという試みを続けてきました。インターネットに頼らず、自分の目で見て、耳で聞いて、身体で触れながら理解する、それが僕の世界を体験する方法です。こうした過程で重要なのが自分にとっては写真を撮ること。自分の反応に従って、言葉になる前の出会いや偶然を見逃さずに撮影しているつもりです。
山頂を目指してベースキャンプを出発するとき、カメラはバックパックに入れていきます。首や肩にぶら下げていると危ないので。写真を撮ることが主目的ですから、苦しくて億劫になるときもどうにかカメラを取り出しますが、それはいわゆる「絶景」を撮るためではありません。例えばヒマラヤで、僕はヒマラヤそのものを撮っているのではなく、自分とヒマラヤとの関わりを撮っている。写真というのは何を撮るかよりも「なぜ」それを撮るかのほうが大切だと考えています。SNS上にはきれいな写真とたくさんのいいねが氾濫していますが、そういう写真よりも被写体がテレビだろうが、冷蔵庫だろうが、撮影者の「なぜ」が写っている写真、自分と世界との関わり方が写った写真のほうが圧倒的におもしろいと思っています。
僕のカメラには標準レンズしか付いていません。望遠やズームレンズなどは付けられない。だから遠いものは遠くに写るし、近いものは近くに写る。例えば崖っぷちに立ってそれ以上寄れなかったら、遠いものは遠いまま、つまり自分と目の前の世界との距離が正確に写っている。旅を後ろから見ているような感覚になるという感想をいただいたりするのは、そうした撮り方ゆえかもしれません。大したことじゃないとも思うんですが、それが自分の写真を他と少し違うものにしている気がします。
今は世界に14座ある8000m以上の山々に登りながら、その旅の過程を撮影しています。できれば、そのすべてに登頂したい。今は10座目となるネパールのアンナプルナに来ています(取材時)。8000mという標高は特殊な環境です。普段は寒かったり暑かったりしたらエアコンをつけて自分の周りの温度を変えることができますが、高所に行くと周りを変えることができないので自分自身を変えていくしかない。高所順応といって、酸素の薄い高所に体を慣らし、6000〜7000mの環境でも動ける体に変えていきます。自分自身を変えていくなかで、 こんなにも自分は弱かったのか、こういうところでは強かったのか、という自分自身についての発見もあれば、 文化や自然や人との出会いもあります。いろんな気づきや驚き、学びにあふれているのが僕にとっての旅、冒険です。自分の想定の範囲内から一歩踏み出すことで恐怖や不安という感情も芽生えますが、未知のものに出合うというのはそういったネガティヴな感情やリスクと常にイコールでしょう。だからこそ、より濃密で強い経験になります。それは世界を広げ、人生をもっと楽しくしてくれるきっかけにもなるんじゃないかと思っています。日本にいないことも多いですが、雨風をしのげてちゃんと眠ることができれば、もうそこがホームという感覚です。
Interview & Text:Sayaka Ito