【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.47 AIを活用したビートルズの“新曲”
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.47 AIを活用して作られるビートルズの「新曲」
ビートルズがAIを活用して「新曲」を制作する、というニュースがあり、驚くとともにどこにAIを使ったのだろうかと強く興味が湧きました。
ビートルズ最後の曲“AI使い完成”ポール・マッカートニーさん
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230614/k10014098931000.html
よくよく記事を読んでみると「AIを使って雑音が混じった過去の音源から、メンバーだったジョン・レノンさんの声だけを取り出すことに成功した」とポール・マッカトニーが発言していて、プロセスとしては1995、6年に発売されたビートルズのアンソロジーシリーズに収録された「フリー・アズ・ア・バード」や「リアル・ラヴ」の2曲と制作プロセスは変わらず、実は今回制作されている「ナウ・アンド・ゼン」もその時収録される予定もあったものの、30年近く前の当時の技術では雑音をうまく取り除けず、リリースを断念したという経緯があったらしいです。
このポールの説明を読むと少し安心したというか、たとえばポールが新たに作った曲にジョンの声をAIで作っていれた、みたいになると、興味はあるもののそれをビートルズの曲として発売するのには一ファンとしてはやはり抵抗があります。年内に発売予定とのことですが、ジョージ・ハリソンもすでに亡くなっているわけで、95年の時点でボーカル無しの音源を録っていたのだろうかとか、いろいろと想像が膨らみ、それはそれで愉しみになりました。
ただ、今後、物故アーティストの作風を再現した音源を高い精度でAIが制作していく可能性はもちろんあり、そういうコンテンツを世の中がどう扱っていくのか、そこに関しては楽しみよりも不安が大きかったりもしますよね。
少し関連するニュースで、先月エド・シーランがマーヴィン・ゲイの「Let’s Get It On」を盗作したのではと8年前に1億ドル(約140億円)の損害賠償を求められて訴えられていた裁判で最終的に勝訴したというニュースもありました。
エド・シーラン、“Thinking Out Loud”の盗作を巡る裁判で勝訴したことが明らかに
https://nme-jp.com/news/128918/
このニュースも興味深いニュースで、エド・シーランの「Thinking Out Loud」が「Let’s Get It On」とメロディは別物ながら同じコード進行で、それを盗作とみなすかどうか、ということが長い期間争われていたのですが、最終的に裁判所は盗作に当たらないという判断をしました。エド・シーランが実際に影響を受けていたのかどうかは結局のところ本人にしかわからないとは思いますが、この判決が今後の権利を侵したかどうかの判断の一つの基準になるものと思われます。
また、この判決時に裁判所ででAIが制作した「Let’s Get It On」が流されたとも報道されていましたが、それは「Thinking Out Loud」と似てもないし非なるものだったようであまり効果はなかったようです。ただ、既存の楽曲をAIに“Pre-trained”させて作った楽曲の著作権の扱いはさてどうなるのでしょうか?
文学やアートの世界でも同様の問題が発生する可能性がもちろんあるはずで、オリジナルのコンテンツの価値が揺るがないのは早々には変わらないでしょうが、過去の作品に影響を受けて制作された作品は当然これまでも存在し、AIの精度が向上するにつれて、作品のクオリティがあがっていき、影響の度合いまでを上手にコントロールすると、世の中に広く、または深く受けいれられる作品が当然生まれてくるものと考えられます。
そうやって全体のレベルがあがっていくことはマクロ的にはウェルカムでしょうし、日本のファッションシーンではアナログにそういう流れがこの20年ほどで起こってきてもいると思うのですが、その速度がますます加速していくことが間違いなさそうな今、新たなルール作りがおそらく世界中で必要になってくるんだろうなぁと、今回はビートルズの新曲のニュースから考えたことでした。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue