松尾高弘:エモーショナルな光のゆくえ
光には感情を揺さぶる力がある。その関係性に着目し、インスタレーション作品やラグジュアリーブランドのアートワークなど、独自の表現地平を切り開いてきた松尾高弘。自然の法則とテクノロジー、そして人間の想像力。まばゆい探求の軌跡を追った。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年4月号掲載)
「Takahiro Matsuo “Light Crystallized“」展
2022年11月〜今年1月、東京・京橋のBAG-Brillia Art Gallery-で開催された「Takahiro Matsuo “Light Crystallized“」展より。
新『WONDER MOMENTS』公開
NIFRELのアート空間インスタレーション(図9)がバージョンアップし、3月より公開。直径5メートルの球体とフロアの映像に新作が加わり、来場者のライトに反応する体験型アートエリアも誕生した。
NIFREL:www.nifrel.jp
松尾高弘インタビュー|光と人間の美しきヴィジョン
最新技術を駆使したインスタレーションやオブジェなど、さまざまな角度から光の持つ可能性を探究してきた表現者。エモーショナルなアートが照らし出す、新たな光の境地とは。
光と感情の関係を技術を超えて表現する
──アーティスト、ルーセントデザイン代表、アートスタジオEMISSIONのディレクターと三つの肩書をお持ちですが、それぞれの活動について教えてください。
「光を大きなテーマとしてアート表現を行うという点は、どの名義でも同じです。大きな違いとしては、個人名義とルーセントデザインでは映像や照明、インタラクションなどデジタルな手法が主体となりますが、EMISSIONではアナログの手仕事が中心となっています。それ以外には、自分の作品として表現するのか、企業やブランドのために落とし込むのかという違いもありますね」
──デザイン見本市「ミラノサローネ」で発表したキヤノンのインスタレーションが話題となるなど、デザインとアートをまたいだ領域で作品を発表されています。
「2009年のミラノサローネ展示作品は今でいうプロジェクションマッピングによるもので、水中を浮遊する発光クラゲをCGやインタラクティブな技術で表現したものです(図3)。この頃は映像作品が中心でしたが、どうやら自分は光の強弱や明滅感、明暗の対比などに心惹かれるようだと感じていました。その後、11年にポーラ・ミュージアム・アネックスで個展を開催するにあたり、光と感情の関係について重要な気づきを得たのです。人間の感情にはポジティブとネガティブの両面がありますが、光にはそのどちらにも幅広くアプローチできる特徴がある。例えば、ライブの照明で楽しさや興奮を演出する一方、太陽の光によって癒やしをもたらし、柔らかな明かりで気持ちを支えるというように。そこで、人が作り出す光の可能性と徹底的に向き合っていこうと決めたのです」
──今の技術の進歩には目を見張るばかりですが、光を表現する上でのメリットは何でしょう。
「確かに技術の進歩には目覚ましいものがありますが、追い求める光の美しさは普遍的なもので、変わるのはあくまで手段にすぎません。11年の個展で発表した『White Rain』(図10)では細いパイプに光源を並べて降り注ぐ光を表現しましたが、20年に同じくポーラ・ミュージアム・アネックスで発表した『SPECTRA』(図4)では、拡散せず太陽光のように直行する光(平行光)によって流れ落ちる水の輝きを変化させています。太陽光と同じ放射角を実現した世界初の技術によって実現した作品ですが、追い求めたのは技術ではなく、自然が作り出した水の美しさを究極的に引き出すことでした。作品に触れた方の感想にしても「きれいだった」「癒やされる」「昔のことを思い出して号泣した」などさまざまです。光と人の関係性は決して一概には切り取れない。だからこそ、作品にはあえて強いメッセージ性を持たせないようにしています」
はかなく消える現象に永遠の形を与える試み
──ブランドの展示会やホテル、空港など、空間を演出するケースではどんなことを心がけていますか。
「例えばコンラッド大阪では、3つの常設作品を制作しました。エントランスには映像表現の極限に挑んだ発光する粒子の映像インスタレーション作品を、他にシャンデリアとプリズム光学樹脂を使ったインスタレーションを設置しています。このうち『Prism Chandelier』(図1)は、星をモチーフに“輝く光の集合体”を表現したもの。『AURA』(図2)はダイヤモンドダストや霧をイメージし、約3万ものプリズム光学樹脂が太陽の光で虹色に輝き、存在感を放つ。いずれも空間デザイナーの橋本夕紀夫さんのご依頼で、作る内容もコンセプトも全部任せていただいたのですが、空間ごとに光が及ぼすダイナミズムを最大限に引き出そうとした結果がこうした形に結実しました」
──先日、BAG-Brilla Art Gallery-で開催された展覧会(図5〜8)でも“光の結晶化”をテーマに、ガラスや光学樹脂を用いた作品を発表されています。
「『Prism Chandelier』の制作をきっかけに、光を物質の中にとどめたいと思うようになりました。人によって感じ方が異なるなど非常にあやふやな現象である光を、人の手で物体化できるという確信を得たのです。でもそれは今まで培ってきたデジタル技術が通用しない、完全にアナログとマテリアルの世界でした。例えば『Quartz Wall』(図5)は、非常に硬く気泡などの不純物をまったく含まないクオーツガラスを用いた作品。熱で溶かすことができず、加工するにはひたすら研磨するしかない。でも完全に透明で無垢だからこそ、普通のガラスのような造形表現にとどまらず、光が半分、物体が半分という関係が成立するはずだと考えました。また『VEIL』(図7)は光学ガラスを用いた作品で、炉の中で素材同士が合わさって白濁し、その後1カ月ほど時間をかけて結晶化する際にドレープなどの模様が現れるというものです」
光の表現を音楽のようにあらゆる人へ届けたい
──自然現象が介在することで、予測や再現が不可能な一点限りの表情が生まれる。ここがデジタル表現との最大の違いですね。
「すべてを人の手でコントロールするデジタル技術に関しては、支配的な側面が強すぎると感じてきました。逆に自然現象に近づくほど、作品に不可逆な要素が入ってくる。例えば『AURA』は、天候や時間によって虹が出たり出なかったりします。これからの時代、完全にデジタルな仮想世界が広がっていく一方で、僕は自然と人工を融合させる方向を選んだというわけです」
──人間の心身に大きな影響を与える光を通して、人々に何を投げかけたいと考えていますか。
「コロナ禍をはじめ大きく時代が浮き沈みするなかで、光の表現を音楽のように人々の生活や感情に溶け込ませたいと思うようになりました。でも光の作品は音楽とは違い、世界中の人の目に触れるには空間や時間などの面で限界がある。そう考え、より小さく届けやすい花のオブジェやジュエリーを作り始めました(図11、12)。例えば日常で身に着けるピアスなら、着けた人の動きによってきらめきを作り出すことができます。方法を問わず、国境や分野の壁を超え、あらゆる人に光の美しさを届けたい。それが究極的な目標ですね」
Edit, Interview & Text : Keita Fukasawa
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