THE 1975のジャパンツアーが開幕! 彼らの“ベスト”ライブ初日をLuby SparksのNatsukiが熱狂レポート
サマーソニックのヘッドライナーとして観客を熱狂の渦に包んだことも記憶に新しい、イギリスはマンチェスター発のバンド「THE 1975」。その待望のジャパンツアーが幕を開けた。2023年4月24日に東京ガーデンシアターで行われた初日公演の様子を、インディーロックバンドLuby Suparks(ルビー・スパークス)のブレーンとしてはもちろん、音楽への愛と知識に溢れた“音楽オタク”としても知られるNatsuki Katoが熱狂レポート!
至福の体験を約束する彼らの“ベスト”ライブ
“At their very best”と題され、黒いスーツに身を包んだメンバー4人のシンプルな写真が載るポスターには全5公演ソールドアウトの文字。往年の大御所バンドがベストヒットライブをしに来日したわけではない、紛れもなく2023年を生きる現代のロック・バンド、THE 1975の約7年ぶりの単独公演である。
今回のツアーに先駆ける形で追加された本公演の舞台は東京ガーデンシアター、まさに現在彼らが行っているショーのテーマにぴったりな最新音響が設備されたシアター型の会場である。おそらくメンバー選曲による、マジー・スターやロキシー・ミュージック、ジーザス・アンド・メリーチェインといった80年代以降のアーティストから、チェット・アトキンス、エヴァリー・ブラザーズ、横田進までを含んだ、ニューウェーブ、ジャズ、映画音楽などこれまでの彼らの影響源を辿るようなプレイリストが優しく響き渡り、性別や年齢も幅広い各々のファッションを楽しむファンが集う。
彼らのマーチャンダイズを着用する人はもちろん、近年のCelineを彷彿とさせるようなスキニーなパンツにシャツとジャケットできめた男女や、一方で古着に身を包みテックなスニーカーにルーズなシルエットのストリートな装いの若者など、まるでTHE 1975のステージ衣装とヴィンテージ好きとしても知られるフロントマン、マシュー・ヒーリーの私服それぞれを表現したようなファンの姿に、彼のファッション・アイコンとしての影響力も感じ取れる。
ステージ上にはシンプルで無骨な照明機材と、白い幕で覆われた雛壇。暗転と共にエルヴィス・プレスリーの「Love Me Tender」が流れる中、ステージ後方とサイドのスクリーンにジム・ジャームッシュさながらのモノクロの映像で、舞台裏に一人佇むマシューの姿が映し出される。
その上に大きく浮かび上がる“Atpoaim”(A theatrical performance of an intimate moment)の文字、まさにこれから彼らが披露するライブはこの会場に集まった観客のための演劇であり、観客には特別な時間が約束されています、という旨のオープニングタイトルにデヴィッド・バーンの2021年のライブ・ショー映画『アメリカン・ユートピア』の謳い文句、“一生に一度の、至福の体験(Once in a Lifetime)”を思い出す。
綺麗なオープンカラーシャツとスラックスに身を包んだマシューは真っ赤なストラトキャスター片手にステージに登場、ライブメンバーのジェイミーと二人で「Oh Caroline」「I Couldn’t Be More In Love」などをピアノとギターによる弾き語りでメドレー式に演奏、マイクや声の調子を探るようなミニマルなイントロダクションを経て、マシューの呼びかけでメンバーが登場し一斉にバンドが演奏開始。
演奏中にマシューの周りにはペルシャ絨毯とアンティーク調のローテーブル、チェア、フロアランプなどが設置され、欧米公演での大規模なハウスセットではないものの今回も家をモチーフにした新しいモードのショーから地続きであることが明かされる。
観客を多幸感で包み込む、ヒット曲の数々
「コンニチハ!ハロー、ウェルカム!」とマシューが声をかけ、観客が迎え入れられた会場は一気にTHE 1975の“劇場”と化した。新作アルバムよりロスの印象的なベースラインがリードする「Looking For Somebody (To Love)」、続く「Happiness」ではアダムの真骨頂でもあるリズミカルなギターにサックスソロ、そして誰もが歌いやすいコーラスとのコール&レスポンスがふんだんに含まれており、その名の通り今までになくハピネスなオープニングが完成。前回の来日では含まれなかった「UGH!」では今回新たに加わったパーカッショニストのアクティブな演奏によってより肉体的なグルーヴが生み出される。
「Me & You Together Song」、「Oh Caroline」と新旧の人気曲が続き、「If You’re Too Shy (Let Me Know)」ではピアノとサックスによる80年代風味なイントロがアレンジされており、そこへギターのリフが切り込まれると同時に叫び声のような歓声が会場から上がる。サビでは最上階のオーディエンスまでシンガロング、まだほんの3年前に発表された楽曲がまるで80年代のヒットソングのようにファンに染みついており、彼らがもう十分にベストヒットライブを行えるようなバンドであると改めて思い知らされる。「I’m in Love With You」にいたっては去年リリースされたばかりだが、そのストレートでキャッチーなメロディーには聴く人を多幸感で包み込むような力があった。
新メンバーの女性ギタリスト/バックコーラスと掛け合う「About You」、2010年代を代表するバラード「Robbers」、このバンドの核でもあるジョージのテクニカルなドラムに圧倒される「She’s American」など、別の国の一人のアーティストが書いたラブソングがパフォーマンスを経て会場にいるみんなのものになっていく。これはMCでマシューが「THE 1975の楽曲はもちろんマンチェスターの景色に合うんだけど、ここ東京、日本にもとてもマッチすると思ってる」と言っていたが、まさに遠く離れた土地でこれほど多くのファンの心を掴んで離さないのは、彼らの世界が持つ景色が東京ともリンクするからではないだろうか。
ロック・バンドへ回帰し、大団円
終始おちょこでお酒を口にしながら演奏していたマシューだが、「タバコ吸ってもいい?」と問うとファンから全力で「No!!」と答えられ、それに従う姿には発言などで不安定さを孕む彼をファンダムが支える、という単独公演でしか見られないような構図が誕生しており、ホームがここ日本にもあるんだと彼にとっても安心させられる瞬間だったはずだ。
「Sincerity Is Scary」ではフロアランプをつけ、椅子に腰掛けてまさにホーム=家にいるかのようにリラックスして歌う。ミュージック・ビデオでもオマージュを捧げたトーキング・ヘッズの『ストップ・メイキング・センス』を彷彿とさせ、今回のテーマもTHE 1975の先にいつもいるデヴィッド・バーンの掲げた演劇のようなライブからヒントを得ているのかもしれない。
その後、「Paris」に合わせて丁寧なメンバー及びこの劇のキャスト紹介を挟み、久々に演奏するという「Chocolate」へ。「I Always Wanna Die (Sometimes)」の前にはアコースティックギターでセットリストにはなかった「Guys」の一節、“The first time we went to Japan was the best thing that ever happened”を披露し、日本への思いを表現した本公演のハイライトとなった。「Sex」では、ライブメンバーが減りマシューもあの頃のように歪んだギターをかき鳴らす。
そしてフィナーレとなる「Give Yourself A Try」はついにTHE 1975のメンバー4人だけとなり、このバンドが始まったときと同じ本来のロック・バンドへと回帰した。4年前までは定番だった“Rock & Roll is Dead, God Bless”という皮肉めいたエンドロールはもう出ない、再び“Atpoaim”のタイトル。彼らは見事にロック・バンドというエンターテインメントを演じ切った、そしてこれからもこの演劇を続けていく覚悟を決めているのだ。
自ら“At their very best”(彼らのベストライブ)と俯瞰して表現するこのショーは、今のTHE 1975というパッケージを演劇のように完璧にこなすことでより大きなバンドへと成長させていく。そんな今回の1公演の中だけでもマシューはファンの掲げるメッセージを一つ一つ読み上げたり、演奏を中断してファンの体調を気にかけたりと、演者やアーティストとしてだけではなく、一人間としての魅力も垣間見えるバランス感覚の持ち主であり、きっと世界中から愛されるに値する人物なのだと思わせてくれた。このツアーを経てファンとより強固になっている彼らなら、 “Rock & Roll”を本当に蘇らせることができるのかもしれない。
Text:Natsuki Kato Photos:Jordan Curtis Hughes Edit:Mariko Kimbara