初心者にもおすすめ! アジアで盛り上がるSF小説を解説
シリーズ累計2100万部を超えるブームを巻き起こした『三体』をはじめ、いま世界でアジアのSF小説が注目を集めている。SF研究家、書評家の橋本輝幸がその背景をひもとくとともに初心者におすすめのアジアのSF小説を教えてくれた。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2023年1・2月合併号掲載)
中国SFの世界的ヒットの背景
──中国SFでいえば劉慈欣(リウ・ツーシン)の『三体』シリーズの世界的ヒットが記憶に新しいですが、『三体』をはじめ現代中国SFを英訳して英語圏に紹介したケン・リュウの活動によってアジアSFの受け取られ方はやはり大きく変わったのでしょうか。
「2010年以前は英米の文芸界もそれ以外のエンターテインメントも、あまりアジア系作品に開かれていなかった気がします。ケン・リュウは作家として活躍していて翻訳家ではなかったのですが、あるとき中国の若手SF作家の代表格である陳楸帆(チェン・チウファン)が、英訳してもらった短編を見てほしいとケン・リュウにお願いしたそうで。でもその英訳があまりにひどかったので、ケン・リュウは自分で一から翻訳し直し、雑誌社に持ち込むところまでしたんです」
──翻訳だけでなく持ち込みまで!
「めちゃくちゃ面倒見が良いと思いません(笑)? その他にも英米の中国系作家で、中国語は読めるけど書くのは英語のほうが得意という人に中国語作品の英訳を奨励するようなことも彼はやっていたんです。その活動の中で知られざる中国のSF作家をどんどん紹介していこうとなって、彼は劉慈欣『三体』の英訳、そして現代中国SFアンソロジーの第一弾となった『折りたたみ北京』の編纂を行います。集団として出すことで“中国には優秀なSF作家がたくさんいる”というイメージが強くなってムーブメントになったというのはあると思います。でも、それを可能にしたのは、やっぱりケン・リュウに参謀としての優秀さと作家やSFファンとしての実績があったからではないかと」
──日本では『82年生まれ、キム・ジヨン』のヒット以降、韓国SFも多く翻訳されるようになりましたが、海外の場合はどうでしょう?
「ケン・リュウの中華SFムーブメントが翻訳SFへの関心を深めたのも一因とは思うのですが、まず欧米でアジア文化自体に対する関心の強まりがあって。映画や音楽をきっかけに、韓国文化が好きな人が『小説もあるんだ!』みたいに手を伸ばすことが期待され、また、10 年代半ばから韓国でSF協会やSF作家連帯という作家協会が結成され、外国への発信に力が入れられた努力の成果もあったでしょう。韓国SFはこれまで日本SFよりも翻訳されていなかったのですが、近年に英語版の韓国SFアンソロジーが出版されたり、英語圏のSF雑誌が隔月くらいのペースで韓国SFを掲載する取り組みを行うなど、急に勢いを増しました。その中で、韓国SFを代表する作家の作品の英訳も徐々に出版されてきています」
──日本SFは近年、英語圏では話題になっていない印象があります。
「実は日本SFをコンスタントに出版する出版社がほぼ現存していないんですよ。韓国や中国では未来を考えて投資や試行錯誤が行われていて、韓国には翻訳者を養成したり、翻訳作品に助成金を出す公的機関の韓国文学翻訳院もあったりします。でもケン・リュウみたいな人物が現れれば、状況は変わると思いますね。文化の世界は、善くもわるくも力のある人が一人、二人いるだけで天秤が変わってきますから」
現在のSF、これからのSF
──今後、世界的なヒット作品を出すためには優れた翻訳家の存在も欠かせないですね。
「そうですね、翻訳家や作品を紹介する人が。ヒップホップは歌やダンスがあり、さらにDJという自分では制作をしないけれど楽曲を選んでミックスする存在がいるじゃないですか。翻訳家やアンソロジストには、DJポジションのかっこよさや重要性があると私は時々たとえていて。それを伝えるために私自身も試みています」
──橋本さんが企画・責任編集だけでなく作品によっては翻訳もされている、国内外のSFとファンタジー作品を集めた雑誌『Rikka Zine』は、まさにそれですよね。
「はい。編集なども含めて、つらさを味わいながら課題を知っていかないといけないなと思うところがあって。翻訳小説と日本語の小説が入り交じったものを作ったのですが、海外の作家のなかには日本のアニメを見ていたり、日本語を勉強していた人も日系の人もいます。あとコロナ前までは、歴史上で最も人々が気軽に海外に住んだり旅行していた時代だったと思うので、今のうちにその感覚を生かした作品が出せるといいのかなという気がします。韓国や中国のSFも、英語圏のSFとはまた違った近さというか、上の世代の古典SFとは少し違う読まれ方をされていると感じますし。海外作品に、違う点よりむしろ共通点を感じてほしいです」
──フェミニズムや社会的格差から生じる問題など、共通するテーマも実際には多いですよね。
「やっぱり現実をそのまま書くと、文化や歴史、文脈を知らないとわからない要素が多くなってしまうこともある。でもSFというレンズを通すことによって、『このままだったらヤバいぞ』と読むこともできれば、『よその国でも似たようなことがあるんだ』と普遍的なものとして読めるようになったりもする。そういったSFという表現を取ることによって広がるものはあると思いますし、最近の映画や小説でのSFの使われ方はこの方向なのかなという気がします」
──今後、どのようなSF作品が話題になると橋本さんは思いますか。
「代表する傑作があるわけではないですが、ここ5年くらいの話だとソーラーパンクやエコパンクと呼ばれている環境問題SFに対する関心がすごく高まってきています。アマゾンの森林破壊が深刻なブラジルでは環境問題SFアンソロジーが複数編まれていますし、米国でも言うに及ばずです。世界をましにするためにはどうしたらいいのかという関心は、やっぱり感じますね」
──SF作品に希望を見いだしたいという渇望を感じますね、それは。
「それは絶対あるでしょうね。現実逃避として希望にすがるのは当然良くないことですが、『こうだったらいいのにな』と夢を描ける部分や素敵な夢を未来に抱かせる役割がSFにはあってもいいと思います。ファッションやデザインにおけるSFには、今でもそういう部分がレトロフューチャーな意匠の中に残っているような気がしますしね」
Interview & Text:Miki Hayashi Edit:Mariko Kimbara