混沌とするモード界の行く先は? ライター栗山愛以さんと復習するトレンドトピック
「若さ」をたたえ、「アーカイブ」を再構築し、コラボレーションが乱発。パンデミックと戦争の影響で混乱するモード界。ニュース多き2022年を振り返り、次なるトレンドの行方を占ってみよう。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年12月号掲載)
コロナ禍から戦時下へ
モード界に与えた影響と変化
ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めたわずか4日後にパリで開催された、2022-23秋冬ファッションウィーク。
「コロナ禍のインパクトで、各ブランドがコレクションを発表する時期、開催する都市、ファッションウィークへの参加、不参加などを各々で判断し、自由に動けるようになったのではないかと思います。表現方法もランウェイにこだわらず、映像作品や写真など多様に。パリコレに人が戻り始めた前シーズンからは、ショーをエンターテインメントとして見せつつ、定番品やシグネチャーモデルを堅実に売るブランドが増えた気がします。戦争で感じたことは、ブランドやデザイナーがより顕著に社会的なメッセージを発信したり、アクションを起こすようになったこと。次のシーズンには、ブランドがまったく違うムードになっていることがほんとんどなので、切り替えの早さには驚きます(笑)。もちろん、それがファッションの良さでもあるのですが」(栗山)
話題をさらったのはバレンシアガのデムナ。ショー会場では、旧ソビエト時代のジョージアで自らが難民となった経験を記したレターを配り、猛吹雪の中、モデルが歩を進めるランウェイは、戦火の中で逃げる難民の姿と重なったことで、大きな反響があった。ブランドのSNSでもタイムラインの投稿をすべて消してまでウクライナへの連帯を呼びかけた。さらに、ウクライナ政府が開設したクラウドファンディング特設サイト「UNITED24」で、チャリティTシャツを展開するなど、支援を続けている(1)。
「戦地と地続きなパリで目に留まったトレンドは、シュールレアリズムのアーティストたちが着想源になったロエベやアライア。サンローランやマークジェイコブスでは、ブリーチした眉毛に囲みアイラインをしたメイクアップが気になりました。怖さで圧倒するような目元は、不安定な世の中に負けない強さを打ち出しているかのよう(2)。セレブリティたちも取り入れ始めているので、新たなメイクのトレンドとして広まっていきそう」(栗山)
不況になると細くなる傾向があるといわれる、女性の眉毛。シュールレアリズムが誕生した1920年代に流行した細い一本眉や眉なしメイクも、第一次世界大戦後の厳しい世相を映し出していたのかもしれない。
ファンダムを刺激する
キャスティングと驚きの新人起用
そんなパリコレで、人々の心を奪ったのはランウェイやフロントロウで姿を見せるセレブリティたち。
「ハリウッド女優やK-POPのアイドルたちに加えて、いまはストリーミング系海外ドラマの出演俳優たちが人気。ルイ・ヴィトンのファーストルックを飾ったのは、『イカゲーム』のチョン・ホヨン。ミュウミュウは『ユーフォリア/EUPHORIA』のシドニー・スウィーニーを広告に起用し、zineまで制作したことにはびっくり(3)。バレンアガのクチュールのプレゼンテーションで、キム・カーダシアンたちと並んで『セリング・サンセット~ハリウッド、夢の豪華物件~』のクリスティン・クインが出演したのも衝撃的でした」(栗山)
それから注目したいのは年々サプライズ度を増している“びっくり人事”。歴史あるメゾンが、自身のブランドを始めて間もない超新人をいきなりクリエイティブディレクターに起用することが珍しくなくなっているのだ。
「フェラガモのZ世代のデザイナー、マクシミリアン・デイヴィス起用には驚きました(4)。メンズでは、ディオールが90年生まれのイーライ・ラッセル・リネッツ率いる『ERL』をゲストデザイナーに(5)。経歴もルーツもさまざまなクリエイターとともに、メゾンブランドが若い世代へアプローチし、話題作りとしてキャッチーな戦略をしてるのではないでしょうか。何が飛び出すのかが気になるので、つい追ってしまいます」(栗山)
アディダスコラボ旋風とテニスブーム。
ファッション界を救う新素材
「コラボレーションについては、アディダスに注目が集まっていたように思います。バレンシアガ、グッチ(6)それぞれまったく異なる表現方法でしたが、盛り上がりを見せていました。そして、いまモード界でよく耳にするのがテニス。アディダス×グッチ、22春夏のボッテガ・ヴェネタのスリーブレスドレス、シャネルのクルーズコレクションとテニスずくめ(7)。Y2Kブームの余波として、00年代の海外ドラマのヒロインのようなスクールユニフォームは、23年秋冬のトレンドのひとつ。メゾンのクリエイティブディレクターの多くの年齢が、40〜50代なので、00年代の感覚は彼らには懐かしく、若い世代には新鮮に映るのだと思います。テニスブームも、制服やトラッド人気の延長にあるのかもしれません」(栗山)
テニス界はクイーン、セリーナ・ウィリアムズ、テニス界のビッグ3(フェデラー、ナダル、ジョコビッチ)といった輝かしい時代を作ったスター選手の引退やその噂により、注目が集まっているのも事実。スポーツ界の盛り上がりにファッションが一役買っているのかもしれない。
最後に、いまやファッション界が避けられない課題、環境負荷や動物搾取、衣服ロスといった、サステナビリティにまつわる動向について。
「問題意識が浸透して、どこのブランドも何かしら取り組んでいる印象です。正直、“サステナブル”という言葉を使ったポーズだけなのかと疑わしいところも。そんな中、『ガニー』と日本のアパレル企業で初めて『CFCL』がB Corp認証を取得しました」(栗山)
この認証は、SDGsに代表される17の目標に基づいた意義や目的のもと、バランスを取りながら利益を生み出すことができると評価された企業に対して送られる国際的な基準。ラグジュアリーブランドだと、昨年クロエが取得しており、サステナビリティについて企業が真摯に取り組んでいるかを判断する材料になる。
もうひとつグッドニュースが。自然界で分解される人工タンパク質のBrewed Protein™繊維を使い、デザインやサインエンス、アートを兼ねた服作りを行う「Goldwin 0」がデビューした(8)。英国のデザインスタジオOK-RMとラグジュアリーブランドでニットウェアの経験を積んだジュリア・ロドヴィッチが携わっている。技術の革新や新素材が、モード界の問題を解決する糸口として広まり、より製品化しやすく改良され、“ギルティフリー”でファッションを心の底から楽しめる日が来るのを願うばかりだ。
Realization & Text:Aika Kawada Edit:Chiho Inoue