アートでたどる“型破り×日本”の系譜【case 2】日本美術×「奇想の系譜」 | Numero TOKYO
Art / Feature

アートでたどる“型破り×日本”の系譜【case 2】日本美術×「奇想の系譜」

「日本文化」と聞いて「わび・さび」と答える大人たちへ告ぐ。良識ぶるのはそこまでだ! それは日本の一側面、あっと驚くこの奇抜さをなんとする。“呪力の美”を発見した岡本太郎、「奇想の系譜」の巨匠まで。目にも過激な“型破り”の美学、知らざあ証拠を見せやしょう…!!(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2022年12月号掲載)

※「わび・さび」も本来は予定調和と真逆の破格な思想だが、その話は別の機会に。

【Case 2.】 日本美術×「奇想の系譜」

“日本の美=渋い”という思い込みに喝! あの巨匠も魅せられた「奇想の系譜」とは一体何だ!?

辻惟雄『新版 奇想の系譜』(小学館)表紙。
辻惟雄『新版 奇想の系譜』(小学館)表紙。

「奇想の系譜」とは?
日本美術の傍流とされていた岩佐又兵衛、伊藤若冲、曾我蕭白、歌川国芳ら6名の絵師の作風を、日本美術史家の辻惟雄が「因襲の殻を打ち破る、自由で斬新な発想」という観点から論じた著作。その後、伊藤若冲を発端として人気が急上昇。2019年には「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド」が東京都美術館で開催された。

検証インタビュー② 「奇想の系譜」に見る型破りの美学

美術史家の山下裕二が語る「奇想の系譜」の正体、人気爆発の背景とは。

日本文化の主流をなす「わび・さび」の境地。それとは真逆の型破りな表現が日本にはあった! 実は伊藤若冲(いとう・じゃくちゅう)もその一人。長らく忘れられていた「奇想の系譜」の正体を、美術史家の山下裕二が解説する。

Interview & Text : Hiroyasu Yamauchi

伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』(右隻)六曲一双 18世紀後半 出光美術館蔵 「奇想の系譜」を代表する人気絵師が「枡目描き」の技法で動植物の楽園を描いた傑作(記事末尾に展示情報あり)。
伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』(右隻)六曲一双 18世紀後半 出光美術館蔵 「奇想の系譜」を代表する人気絵師が「枡目描き」の技法で動植物の楽園を描いた傑作(記事末尾に展示情報あり)。

[左]曾我蕭白『雪山童子図』 明和元(1764)年頃 継松寺蔵(松阪市) Photo: Bridgeman Images/アフロ 我が道を行く破天荒な作風で知られる絵師。ブッダが前世で飢えた羅刹に我が身を差し出す場面を、型にとらわれず生々しく描いた。 [右]伊藤若冲『南天雄鶏図』(『動植綵絵』全30幅のうち) 宝暦7(1757)年〜明和3(66)年頃 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 Photo:アフロ 幻想的な生命感が光る代表作『動植綵絵』。2021年に国宝に指定された。
[左]曾我蕭白『雪山童子図』 明和元(1764)年頃 継松寺蔵(松阪市) Photo: Bridgeman Images/アフロ 我が道を行く破天荒な作風で知られる絵師。ブッダが前世で飢えた羅刹に我が身を差し出す場面を、型にとらわれず生々しく描いた。 [右]伊藤若冲『南天雄鶏図』(『動植綵絵』全30幅のうち) 宝暦7(1757)年〜明和3(66)年頃 宮内庁三の丸尚蔵館蔵 Photo:アフロ 幻想的な生命感が光る代表作『動植綵絵』。2021年に国宝に指定された。

日本美術の“時限爆弾”

──21世紀このかた、パワフルで華やかな「奇想」の日本美術が注目されるように。なぜそんな流れが?

「『奇想』とは美術史家・辻惟雄の著作タイトルをそのまま生かし、概念として定着させた言葉です。元となった『奇想の系譜』は1970年の刊行。静的で洗練された日本美術の“主流”とは異なる、動的で装飾的な美術の水脈もあると論じ、岩佐又兵衛(いわさ・またべえ)、狩野山雪(かのう・さんせつ)、伊藤若冲、曾我蕭白(そが・しょうはく)、歌川国芳(うたがわ・くによし)、長沢芦雪(ながさわ・ろせつ)をその例に挙げています。

このうち若冲が2000年にブレイクします。京都国立博物館での『特別展覧会 没後二〇〇年 若冲』が思いがけない人気を博したのです。思うに『奇想の系譜』は、いわば時限爆弾だったのでしょう。出版時に辻先生が導火線に火をつけ、後進の我々世代の研究者が火を絶やさぬよう扇ぎ続けた結果、00年になってようやく爆発した」

──なぜそのタイミングで爆発?

「世紀の変わり目で人心刷新の機運があったこと、それに、インターネットが一般に普及し始めたところだったのも大きい。たまたま若冲の作品を見た若い人が『これすごいよ』と図版をアップして、ネット上でイメージが拡散しました。

若冲の絵はリアルですが、ただ実物そっくりのリアルじゃない。凝視することで生まれる幻想性があります。保存状態も極めて良好で、まるで昨日描かれた作品のよう。形が明快で色も鮮やかなので“ディスプレイ映え”もする。ひと目で誰にも『わあすごい!』と思わせるイメージの強さがウケたのでしょうね」

 歌川国芳『相馬の古内裏』大判錦絵3枚続 19世紀 天保(1830-48年)後期 千葉市美術館蔵 現代のストリートアートシーンからも絶大な人気を誇る反骨の浮世絵師。妖怪退治の一場面を大胆な構図で表現した。
歌川国芳『相馬の古内裏』大判錦絵3枚続 19世紀 天保(1830-48年)後期 千葉市美術館蔵 現代のストリートアートシーンからも絶大な人気を誇る反骨の浮世絵師。妖怪退治の一場面を大胆な構図で表現した。

“縄文”由来の日本的感性

──日本の美の多様さを「奇想の系譜」が示してくれているのですね。

「そうです。『わび・さび』に代表される日本文化の基調が穏やかな“弥生的”なるものだとすれば、若冲をはじめ『奇想の系譜』は力強くて荒々しい“縄文的”なものと言っていいでしょう。日本文化は縄文的なものが基層にあり、その上に弥生的なものが覆いかぶさり、ところどころ間欠泉のように縄文的なものが噴出している、そんなハイブリッドな構造になっていると見なせばいいのです」

──その系譜は現在まで脈々と保たれているのでしょうか。

「もちろん。例えば横尾忠則は奇想を体現する表現者。曾我蕭白のことが大好きですしね。田名網敬一(たなあみ・けいいち)もそう。伊藤若冲を引用して作品を作っていますね」

横尾忠則『奇想の系譜』 2019年 曾我蕭白好きで知られる横尾に、東京都美術館「奇想の系譜展」の監修を務めた山下裕二が依頼し、同展のスペシャルヴィジュアルとして制作された作品。 
横尾忠則『奇想の系譜』 2019年 曾我蕭白好きで知られる横尾に、東京都美術館「奇想の系譜展」の監修を務めた山下裕二が依頼し、同展のスペシャルヴィジュアルとして制作された作品。 

田名網敬一『無限宇宙』 2017年 ©Keiichi Tanaami Courtesy of the artist and NANZUKA ポップアート×奇想のイマジネーション渦巻くTANAAMI宇宙にも若冲の雄鶏が登場!
田名網敬一『無限宇宙』 2017年 ©Keiichi Tanaami Courtesy of the artist and NANZUKA ポップアート×奇想のイマジネーション渦巻くTANAAMI宇宙にも若冲の雄鶏が登場!

──“奇想パワー”を私たちが活用するには、どうすればいいですか。

「『奇想の系譜』に連なる表現者はみな、文字通りの型破り。彼らはまず型を熟知し体得した後、それをどう壊せばいいか理知的に考え、型を破った。現代の私たちが倣うなら、まず型を徹底的に学ぶこと。型を知らずに破ることはできない。何よりもこれに尽きますね」

展覧会「江戸絵画の華」

2019年、日本美術コレクターのエツコ&ジョー・プライス(プライス財団)より約190点を新たに収蔵した出光美術館。伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』(本記事冒頭に掲載)を含む新収蔵品を2期構成で展示する。

会期(予定)/
〈第1部〉2023年1月7日(土)~2月12日(日) 若冲と江戸絵画
〈第2部〉2023年2月21日(火)~3月26日(日) 京都画壇と江戸琳派
会場/出光美術館
住所/東京都千代田区丸の内3-1-1
http://idemitsu-museum.or.jp/
※最新情報はサイトを参照のこと

Edit : Keita Fukasawa

Profile

山下裕二Yuji Yamashita 明治学院大学文学部芸術学科教授。1958年、広島県呉市生まれ。東京大学大学院修了。雪舟をはじめとする室町水墨画の研究を起点として、縄文から現代まで、幅広く日本美術史のアップデートを試みている。近年監修した展覧会として「コレクタ-・福富太郎の眼」(2021-22年/あべのハルカス美術館)、近著に『商業美術家の逆襲 もうひとつの日本美術史』(NHK出版新書)などがある。

Magazine

JANUARY / FEBRUARY 2025 N°183

2024.11.28 発売

Future Vision

25年未来予報

オンライン書店で購入する