西山美なコ インタビュー “嫌いな色”から見えてきたピンクの魅力
むせ返るようなキッチュさから、はかなく繊細な表情まで。ピンクの奥深さに魅せられて、制作を続ける西山美なコ。少女文化の表象、性的な意味、社会的文脈、科学の視点……人はなぜ、ピンクに惹かれるのか?大いなる謎がここにある。 (『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』9月号掲載)
インタビュー:ピンクをめぐる表現の行方
美しいバラにはトゲがある。夢の世界にも裏がある。
作品を彩るピンク色、その意味するところを聞いた。
“嫌いな色”から見えてきた、複雑で奥深いピンクの魅力
──『ザ・ピんくはうす』(図1)など、西山さんの作品はピンクの色使いが象徴的ですが、なぜこの色の表現に行き着いたのでしょうか。
「実は、子どもの頃からピンクは好きではない色でした。ラブリー好きな姉がいたので、反対に自分はボーイッシュなものを好んでいて。大学時代、カメラを持って山や海によく出かけていたんですが、圧倒的に青系の色が多い大自然の中で、ほんのりとしたピンクに惹かれている自分を感じました。そのうちにこの色の持つ色気とかが、自分の中で反応を起こすようになったんです。
もう一つは『キッチュ』という言葉を知ったこと。セルフポートレイト作品で知られる現代美術家の森村泰昌さんが参加していた『デテステなオブジェ』展(1987年)を訪れて、『キッチュ』や『悪趣味』という言葉が妙に自分のしてきたことにフィットしたんです。ちょっとしたイタズラのような……関西の言葉でいうと『おもろい』もの。自然から見いだした色と、とことん猥雑なものが、この存在は一体何なんだろうとという疑問のなかで徐々につながっていったんです。ピンク色は自分に関係ないものだと思っていたけど…。
その後に制作した作品『ザ・ピんくはうす』は、トランク型をした初代『リカちゃんハウス』に想を得た実寸大の作品です。ベッドが真ん中にあると女の子の憧れの部屋のようで、どこかラブホテルっぽくもあるんですよね」
──日本の場合、ピンク色は女性向けの“かわいい色”として使われることが多い一方で、「ピンク映画」など性風俗をほのめかす色でもあり、複数の意味を持ちます。『♡ときめきエリカのテレポンクラブ♡』(図2)も、ピンクが持つ複雑性を表現した作品のように感じます。
「はい、この作品では“テレクラ”を模して、ギャラリーにつながる電話番号を書いたチラシやポケットティッシュを街中に配りました。当時、繁華街の電柱や電話ボックスには『ピンクチラシ』と呼ばれる風俗店の勧誘チラシがたくさん貼られていて。展示空間はラブリーな部屋に設えて、電話がかかってきたら来場者に受話器を取ってもらっていました。
『TELEPHONE PROJECT ’95 もしもしピんク〜でんわのむこう側〜』(図4)では、ピンクチラシを幼稚園児用の桜バッジに入れて展示しました。大人の男性の欲望のために作られた風俗サービスと、子どものために作られたデザインが、ピンクという記号を介してつながっているなと思ったんですよね」
バラ色の痕跡、宴の跡……はかなく消えゆく無常の色
──色の反射による「レフ・ワーク」シリーズや、壁画作品(図5、6)は、装飾的な色使いではなく、柔らかなピンク色が印象的です。
「『レフ・ワーク』は、切り取った形の裏側に塗ったピンクを壁に反射させた作品です。ホワイトキューブでピンク色のインスタレーションを多く発表するなかで、空間全体がピンク色に染まる経験をしてきたんですね。いろんな色で試してみたところ、赤系の色が反射しやすくて。また壁画シリーズは、壁に描いた絵に白のペンキを重ねて消そうとしたときに生まれました。白の中にほんのりピンクが透けて見えて、たまらなく惹き付けられたんです。霧の中とか、お風呂に乳白色の入浴剤を入れたときのように、自分が浮遊しているような感じ。その見えるか見えないかの色合いを作品にしたいと思ったんです」
──砂糖や卵白のアイシングでできた『〜melting dream〜』(図7)は、阪神淡路大震災後に生まれた作品だそうですね。
「震災で建物や価値観が崩れるなか、触ると壊れてしまうはかないバラや王冠を作りました。時間とともに崩れていく姿も美しかったので、写真に収めたりして。当時は『メルティング』という言葉に、ほわんとした夢のようなイメージを重ねていました。その後、東日本大震災が発生して原発でメルトダウンが起きた。『メルトダウン』という言葉が、原発を推進してきた男性社会の欲望のなれの果てを示しているように感じたんです。私自身、原発について何も知らずにいたことに怒りを覚えて。だからマイナスのイメージも含んだ作品でもあります。『六甲ミーツ・アート芸術散歩2014』の展示では、植物園のガラスハウスを会場に、欲望にまみれたお祭り騒ぎの跡のような時間が止まった空間を表現しました」
社会問題にとどまらない、ピンクをめぐる大いなる謎
──時代とともに社会におけるピンクのあり方は変化しています。ピンクを用いて制作し続けるなかで、感じることはありますか。
「『“惹き付けられる”ってなんだろう』という問いが、私の中にずっとあるように思います。周りの誰かが惹き付けられているものや、男性が女性に惹き付けられたり、あるいはその逆があったりなど、いろんな現象の中に私たちは生きていますよね。そうした反応によってプロダクトが生まれたり、行動につながるエネルギーになったりすると思うのですが、そのときに頭の中で何が起こっているのか。
惹き付けられるものの一つとして、ピンクをはじめとする色があると思います。色って、要するに波長じゃないですか。どうしてその波長が私たち人間の心理に影響を及ぼしているんだろう、どうして人間は色を選んだり使ったりしているんだろうって考えるんです。赤みの強い色ほど波長が短いので、科学的に考えてもピンクは注目を集める色なんですよね。例えば、果物は赤く染まると実が熟したとわかるし、サルのお尻がピンクに色づいているのは、生殖のタイミングを見計らうため。私は科学者ではないけれど、進化の過程で人間がどうピンクを位置付け、使ってきたのかということに興味があります。
だからジェンダー論だけで『女の子は社会的にピンクを押し付けられてきた』と語るのは、ちょっと違うんじゃないかと思うんです。いろいろ社会的な問題がある一方で、“女の子=ピンク色”とされてきたのには、何か科学的な理由もあるように思います。私自身、宇宙や素粒子にも興味があって、もしかすると宇宙の仕組みと関係があるのかもしれない。そこを知りたいという気持ちが大きいですね」
Interview&Text:Akane Naniwa Edit:Keita Fukasawa