【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.20 アカデミー賞授賞式 ウィル・スミスの平手打ち騒動
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.20 アカデミー賞授賞式 ウィル・スミスの平手打ちから広がる波紋
先日のアカデミー賞の授賞式で、脱毛症を気にして頭を剃り上げて出席した妻ジェイダ・ピンケット・スミスのことを司会のクリス・ロックにジョークのネタにされ、侮辱されたと感じたウィル・スミスが壇上に向かい、クリスに強烈な平手打ちを浴びせました。ウィルはその直後『ドリームプラン』での主演男優賞を受賞しましたが、その行動自体アメリカでは日本以上に批難され、アカデミーの会員を辞すると自ら表明し、賞自体が取り消される可能性もあると言われていて、引き続き物議を醸しています。ウィル・スミスさん、米アカデミー会員を辞任
https://www.cnn.co.jp/showbiz/35185779.htmlどんな状況においても暴力が許されるものではない、という意見は米国でも日本でもあまり変わらないとは思います。その上で日本では家族のために怒りを表明したウィルに対して一定の支持がある印象ながら、アメリカではウィルへの批判が日本以上に大きいと言われており、それにはいくつか要因があります。
まずこのジョークが、強い立場の存在が弱い立場を揶揄したものではなかったことです。ウィルとジェイダはハリウッド随一のパワーカップルであり、クリスよりも強い立場(とはいえクリスも超一流のコメディアンではありますが)で、下の立場からより強い立場に向けてのジョークで、そこは一定許容するべき、という考え方もアメリカにはあるようです。無理やり日本に置き換えて考えてみると、爆笑問題の太田光が渡辺謙に絡んでいく、みたいなシチュエーションでしょうか。
このへんの温度感は僕も含めて日本人にはなかなか分かりにくいところもありますが、たとえば白人が黒人に向けて、といった強い立場から弱い立場への発言だったのであれば、世論の風向きは今とは変わっていたかもしれないという意見もあるようです。
また、アンガーマネジメントの重要性に関して、これはアメリカでは日本以上にはるかに高いです。これはビジネスの世界でも同様で、怒りをコントロールする能力が責任ある立場になればなるほど求められます。
オスカー受賞をするレベルの世界を代表する俳優が怒りのままに暴力で対応するというのは、この観点からみると最悪のアクションで、さらにクリスが脱毛症のことを知らなかったのでは、と言われているのをみると、あのような世界に中継された場で感情を顕に手を上げてしまったことはやはりまったく褒められたことではなかったのでしょう。
僕個人としては、立場はともかくとして、家族が侮辱されたことに対して自分のことのように怒りを覚える、というところにはまず共感します。日本では夫が妻を守るべき、という考えが根強く、対してアメリカにおいては妻は自立していて夫に守られる立場ではないので批判が起こっているという記事も見かけましたが、その内容には日本、アメリカともどもあまり共感できませんでした。
家族へのアクションに怒りを覚えるのは守るということ以前にそこを自分ごとのように捉えたからなのではと思いますし、逆に妻が、自分の夫が揶揄されたタイミングで同じように怒りを覚えるというシチュエーションのほうがバンドの強い家族(スミス家のオープンマリッジ的な特殊な夫婦関係については、アメリカの世論に影響を与えている可能性はありそうだなと思いつつも今回は一旦忘れましょう)としては自然なことなのではないかと思いました。
アンガーマネジメントの部分には学びがあります。ウィルはあのタイミングでは一旦こらえて、CM中なり少なくとも中継のない環境においてクリスと直接話すなりで、自分たちに向けて、そしてパブリックにお詫びをさせるべきだったのでしょう。
ここまでつらつら書いてはきたものの、これらはある種の理想論でもあります。そもそも人間は完璧な生き物ではありません。だからこそ戦争なんてものが起こるわけで、調子に乗って触れてはいけない部分を揶揄してしまうこともあれば、家族を侮辱した相手を殴りたくもなる生き物です。
このピンからキリまで世界や日本の不安定な様子に日々触れていると、ミスをした人を表舞台から退場させて問題を終わりにするのではなく、よりその前提を踏まえて、起こりうる問題をどう最小化していくかを仕組みとして設計していくこともまた大事なのではという気がしています。それが具体的にどんなものかはなかなかイメージできずで、何かもやもやもしながら、ではあるのですが。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue