ファンタジーな世界観を表現する、新時代の若手デザイナーたち
自分のスタイルを追い求める思想に移り変わり、より「個性」が尊重される時代へ突入している。それによってビッグメゾンが発表するトレンドだけではなく、ファンタジーな世界観を表現する若手デザイナーたちが著しく成長を遂げ、注目を集めるようになった。彼らがクローズアップされる背景には一体どのような変化があったのだろうか、その動向と背景に迫る。(『Numero TOKYO(ヌメロ・トウキョウ)』2021年11月号掲載)
新時代に求められるコミュニティ
ここ数年で、若手デザイナーたちがファンの心を摑むアプローチは変化しつつある。彼らにとってSNSは、業界の垣根を越えて共感をダイレクトに響かせ、「対話」することで急速にファンベースを広げられる新たな武器となった。そしてここで紹介する6組のデザイナーたちも自身のバックグラウンドやメッセージを伝えることで、一般のオーディエンスから世界的に活躍するアーティストまで幅広く絆を紡いでいるのだ。
八木華|やぎ・はな
2019年に欧州最大のファッションコンペInternational Talent Supportファッション部門に最年少の19歳でノミネート。廃棄されたドレスや日常的な素材をもとに新しいオートクチュールを発表。「映像制作を行う高校生の妹と共作した映像作品を来年発表する予定で、ストップモーションアニメーションとファッションを繋げる試みです。表現と並行してビジネスもより拡張させたいので、今後は国際的なコンペやコラボレーション、展示など意欲的に取り組みたいです」
Instagram:@hannah.yagi
ダイレクトにメッセージを伝える潮流は、ビジュアル表現とも呼応する。2000年代にティム・ウォーカーやニック・ナイトが描いたファンタジーなムードから、2010年代にはジェイミー・ホークスワースやハーリー・ウィアーを筆頭としたフィルムによるドキュメンタリーフォトへと移行した。「理想の美」を追求したモデルではなく、ストリートキャスティングが流行ったのも同時期。そこから2020年代に突入し、いま求められている表現はファンタジーとドキュメンタリー両方を兼ね備えたテイストではないだろうか。
Paula Canovas Del Vas|ポーラ・カノヴァス・デル・ヴァス
2018年にセントラル・セント・マーチンズ卒業後、ブランド設立。ニューヨーク・タイムズ紙で注目すべき新進デザイナーの一人に選ばれ、HTCとWeWorkとのパートナーシップにより開発されたアイウェア「See, Saw, Seen」で20S/Sコレクションを発表。「17年に奨学金で日本へ研究旅行した際に、吹きガラスや絞りなど日本独自の技術に驚きの連続だったので、また来日したいです。いまは、22S/Sコレクションに取り組んでいて、新しくコラボレーションのニュースも発表できるので僕自身も楽しみにしています」
Instagram:@paulacanovasdelvas
24時間365日メディアから情報を受け取る一方で「SNSデトックス」を求める人々も増えている。地球温暖化や社会問題などあらゆる現実を無視できないなかで、やはりわたしたちはどこかでファンタジーに癒しを求めたいのだ。
そうしたときに、モデルやコンセプトでリアリティを感じさせつつも、ファンタジーな世界観に昇華するビジュアル表現は、デザイナーのメッセージをよりオーディエンスに伝わりやすくしているように思う。SNSすらも情報過多になったいま、新たなアプローチで「個」の力をより発揮させようとしている。
Yueqi Qi|ユェチ・チ
2018年にセントラル・セント・マーチンズ卒業後、シャネルの刺繍アトリエで経験を積む。グッチ主催のデジタルフェスティバル「GucciFest」で映像作品を上映、著名なモード誌が主宰するパネルメンバーなどにも選ばれる。「競争が激しい業界において、グッチなどが注目してくれる機会は貴重です。今後はあらゆる面でサステナブルであることを目指したいと思います。環境問題に限定せずに、ひとりのデザイナーとして、ビジネスウーマンとしても持続的に成長していきたいです」
Instagram:@_yueqiqi
Johannes Warnke|ヨハネス・ヴァルンケ
ヴィクター&ロルフのクチュール部門でインターンシップとして経験を積み、2020年にセントラル・セント・マーチンズ卒業後、すぐにレディー・ガガのPV「911」で着用され話題に。「最近は、購入可能なプロダクトを含む新たなプロジェクトに取り組んでいます。音楽やパフォーマンスとのコラボレーションも引き続きたくさんあるし、今後はアートプロジェクトにも参加する予定です」
Instagram:@johanneswarnke
例えば、今年2月パリにオープンしたばかりのドーバー ストリート リトルマーケットは、2016年にスタートしたメキシコ発のリベラル・ユース・ミニストリーを含む7つの若手ブランドを取り扱い、今後も近いエリアに「Strucure 35-37」という名前でショップやイベントスペースなどを通して文化を育む試みを行っていく。
Antonio Zaragoza|アントニオ・サラゴサ
メキシコの社会や若者文化などを表現したブランドLiberal Youth Ministry(リベラル・ユース・ミニストリー)を2016年に設立。ジャスティン・ビーバーやカニエ・ウエストなども愛用し注目を集めている。ドーバー ストリート マーケット パリのインキュベーターとの継続的なパートナーシップにより、ますます活動の場を広げている。「いま、まさにStructure 35-37で開催するポップ アップのために、買い出しに行っているところです。そのプロジェクトが終わった頃には22A/Wコレクションの発表に向けて準備し始めないと!」
Instagram:@liberal_youth_ministry
ほかにも、2020年にグッチは短編映画形式のコレクション発表とともにデジタルフェスティバル「GucciFest」を開催。同イベントにて、アレッサンドロ・ミケーレが選んだユェチ・チを含む新進気鋭の15ブランドの短編映像も上映した。ここ数年の経済成長とともに盛り上がりを見せる中国・上海では、デジタルネイティブな世代が主催するプラットフォーム「LABELHOOD」にて自国ブランドのショー発表をサポート。Netflix「Next in Fashion」に出演したエンジェル・チェンやLVMHプライズ ショートリストにノミネートしたスーザン・ファング、そしてユェチ・チも輩出している。
Louis Chen|ルイス・チェン
セントラル・セント・マーチンズ卒業後、キコ コスタディノフやロエベなどで経験を積み、2021年にLouis Shengtao Chen (ルイス・シェンタオ・チェン)を設立。21年春に上海・プラットフォーム「LABELHOOD」にてショーデビューを果たす。「前回のデビューコレクションから今までと違った学びがたくさんありました。それらをベースにしながら、10月に開催される上海ファッションウィークに向けて現在進行中です」
Instagram:@louisshengtaochen
いま若手ブランドは大手プラットフォームからの支援により表現の場が拡大し、企業も彼らの若い感性に新しい刺激を受けることで相乗効果をもたらしている。穏やかではない社会情勢が続くが、このようなプロジェクトが活性化することで自身のメッセージを信じて真剣にクリエイションすれば、夢は大きく膨らむということを教えてくれた。どのように時代が変化しようと、若い才能のさらなる飛躍を願うばかりだ。
Text : Yoshiko Kurata Edit : Risa Yamaguchi