【連載】「ニュースから知る、世界の仕組み」 vol.4 LVMHが「オフ-ホワイト」の株式60%を取得した理由
Sumally Founder & CEOの山本憲資による連載「ニュースから知る、世界の仕組み」。アートや音楽、食への造詣が深い彼ならではの視点で、ニュースの裏側を解説します。
vol.4 LVMHが「オフ-ホワイト」の株式60%を取得した理由
第4回の今回は、ブランドへの出資・買収について書きます。
LVMHが「オフ-ホワイト」の株式60%を取得 ヴァージルと新ブランド立ち上げへ
https://www.wwdjapan.com/articles/1239451
つい先日、LVMHが「ルイ・ヴィトン」のメンズのアーティスティック・ディレクターを務めるヴァージル・アブローの個人会社であるオフ-ホワイト社の株式を60%取得したというニュースが発表されました。一般的に50%の割合を越える株式を保有する状態になると『買収』と呼ばれることが多いです。LVMHは以前からオフ-ホワイト社の株式の少数割合を保有していたものの、今回大幅に買い増した、ということになります。
ただし今回の案件は、年明けにLVMHが約1.6兆円超で買収したティファニー社など、LVMHのブランドポートフォリオを拡充し、売上の軸を増やしていくことを意図されたものとは異なり、ヴァージルの囲い込みの側面が大きい、と思われます。WWDが買収と表現してないのもそういった側面があるのかもしれません。
2013年までルイ・ヴィトンのクリエイティブ・ディレクターを務めていたマーク・ジェイコブスのブランドも、マークがクリエイティブ・ディレクターに就任した頃の90年代後半からLVMHの傘下となっており、当時の狙いは今回のオフ-ホワイトのケースに近かったと言えるかもしれません。とはいえ結果的に「マーク・ジェイコブス」は単体でのビジネスも巨大化し、1000億円の売上を超え、ブランドとしてただの囲い込みには留まらない成長を遂げました。
2010年代には当時売上がまだ一兆円台だったLVMHの売上の三分の一を担う規模にマーク・ジェイコブスは成長する可能性がある、ともベルナール・アルノー会長の発言にありましたが、残念ながらそれ以降そこまでの成長は(おそらく)遂げられておらず、グループ全体ではそこからさらに数倍の売上になっている中「マーク・ジェイコブス」の売上には不振が囁かれています。
マーク・ジェイコブスの話が長くなりましたが、経営者でないデザイナーがブランドを経営する負担というのはいつの時代も大きなものであり、様々なトラブルや問題がこれまでも起こってきました。そこのストレスでクリエイションに影響が出る、というのはデザイナー本人もそうですし、ましてや少なくとも向こう数年のルイ・ヴィトンの命運を相当な割合で握っているであろうヴァージルがそのようなストレスを抱えることはLVMHにとってもリスクであり、この時点でヴァージルが満足のいく条件で過半の株式を買収し、経営の部分のサポートにも注力していく、というのは適切な戦略であると思われます。
ただし、ヴァージルは当初からNGGとライセンス契約で「オフ-ホワイト」を展開しており、現時点でも経営まわりに携わるリスクから一定の距離を置いていることが伺い知れます。
買収価格はなかなか想像がつきませんが、(今後も契約は継続されるという)「オフ-ホワイト」のライセンサーのNGG(New Guards Group)のCEOがこの先の5〜10年で売上高10億ユーロ(約1300億円)を目指していくと発表しているのをみると、現在のブランドの年間売上はおそらく数百億円の前半、そこからオフ-ホワイト社に入るディレクション及びライセンスフィーを想定すると、多めにみて5〜10%と仮定しても年数十億円というところなので、今回の買収時の評価額としては高くても三桁億円に届くくらいなのではないかなと個人的に勝手に想像しました。
ひょっとすると同業他社への競業避止の条項などが買収の契約に盛り込まれているのではとも思いますが、ライフスタイル全般におけるクリエイティブディレクションの重要性が高まっている中、世界随一の精度で広範な守備範囲をこなしていくヴァージルのタレントをしっかり囲い込んでおくということだけが今回の目的だったとしても、LVMHにとっては決して高い投資ではないはずです。
またLVMHがNGGへの出資を検討しているというのも以前には報じられていましたが、そのオプションを取りに行くのか、オフ-ホワイトがNGGとの契約終了後にLVMH自身でやるのかまでは分かりませんが、最終的にブランドの運営すべてまで引取り、売上4桁規模のストリートブランドを自社ポートフォリオの一つに加えていく、ということももちろん想定に入っていると考えられます。
Text:Kensuke Yamamoto Edit:Chiho Inoue